71 情報交換
ユリストさんのおかげで安心して話せる環境だと分かった私達は、互いに知っている事を話し合い――。
「しろめむきそう」
「それな」
情報共有を終えた頃には、対して時間をかけていないはずなのに、互いにげっそりとした表情をしていた。
新たに仕入れた情報としては、大きく分けて三つ。
一つは、本来主人公が見つけるはずだった「方舟」と呼ばれる被空挺を所持しているという事実。主人公の活躍を自分の物にしようとしているのかと邪推してしまってもおかしくない状況だ。
これに関しては、つい先日行われた夜会で、聖女自身が取り巻き達に自慢げに語っていたとユリストさんは言っていた。まだ正式発表はされていない辺り、方舟起動には成功していないのだろう。
二つ目に、聖女に関する印象について。一口に言えば、性格は「悪い」の一言に尽きるのだが、何故かカルト的人気を誇っているのだという。
ユリストさんは彼女の外見や立ち振る舞いを見てすぐに、良く言えばウサギ系女子、悪く言えば地雷女だと思ったらしく、義務程度の挨拶で交流を終わらせていた。しかし、虎の威を借りたい人や、見た目の愛らしさ彼女とお近づきになろうとした人々は、まるでカルト宗教の信者のように盲目的に彼女を持ち上げるようになったのだとか。
フィクションでもないのにあの性格でこの人気はありえんだろ、と思って何かしらの影響かと思ってひっそりと探知のスペルで調べたらしいが、ユリストさんの見解としては「何も無い」とのことだ。
それだけ話術が優れているのか、それとも探知のスペルで引っかからないような「何か」――いわゆる、チート能力があるのかもしれない。
そして三つ目に――とにかく顔の良い男に色目を使うということ。
貴族であるユリストさんは、ARK TALEに登場するキャラクターであるルーカスや、その師匠とはそれなりに交流があるのだという。というのも、ビジネス関係で交友があるのだそうだ。
彼らから世間話として聞いた所によると、やたらと聖女に言い寄られたらしく、性的な誘いを仄めかすような事も言っていたようだ。
はいビッチ確定です本当にありがとうございました聖女としての自覚を持て。
また、見目の良い男の知り合いは、現在ほぼ全員が聖女の信者になっているらしく、まるでレンタル彼女にガチ恋した勘違い男のように貢いでいるとか何とか。
師匠はともかく、ルーカスは顔が良い事は私も知っているし、まあ、男好きに言い寄られるのはさもありなん、と言ったところか。
ユリストさんが気になっていた点があるとすれば、「ルーカスはしつこく誘われていたにも関わらず、嫌がる素振りを見せていなかった」という点か。
ルーカスは非常に自由奔放というか、フリーダムというか、天才特有の、とにかく形に囚われない性格をしている。束縛されるのが嫌いで、興味の無い事に関してはとことん興味を持たない。そんな彼がしつこく誘われたとしたら、多少なり不機嫌になってもおかしくはないのだ。
とはいえ、ユリストさんは「まあ聖女様も顔は可愛いですからね、性格はアレでもワンナイトなら良いかって思ってもおかしくはないかと。男心的に」と男性目線の推察を言っていたので、これが天才故に何を考えているか分からないルーカスの気まぐれなのかもしれない。
うん……ルーカスなら軽い気持ちでセフレになってもおかしくはないかな……。興味があるなら火遊びしてもおかしくないからな、あいつ……。他人に対する感情も、余程気が合う相手じゃないと水くらい薄いし……。
これらの情報に頭を抱えていた私同様に、ユリストさんも、私側の事情や持っている情報に何かしらの地雷があったのか、ブチギレた柴犬のような顔をして――そして、息を大きく吸い込んだと思うと、淑女らしかぬ声で叫んだ。
「れいちーを男とくっつけるんじゃない!!」
「あ、そこですか」
「トワさんもれいちーは百合だと思いますよね!?」
「地雷になる前はヴァイオレットちゃんとの百合めっちゃ好きでしたね」
「僕もレイヴァめちゃすこですけどこの話やめましょうか」
「助かります」
ちなみにヴァイオレットちゃんというのは世間知らずの箱入り娘系術師の女の子のことである。言うなれば魔女っ子だ。新しい物好きでミーハーな所があり、本編でもレイシーのゴーレムに興味津々なシーンがあった。
好きだったんだけどなぁ、レイヴァ。オタク陰キャ×ミーハー陽キャの百合からでしか得られない栄養素が多分に含まれていて健康に良かったはずだし、公式でもペア組んだり、グッズも同じシリーズに出たりしていたから供給も多かった。
好きなままで居たかったなぁ。
ユリストさんはしばらくぐぬぬと唸っていたが、ふう、とため息を一つつく。
「……今までは原作と違う現状を『そんなもんか』程度にしか考えていなかったけど、もし今の状態が続いたら」
「世界は崩壊して消えるんじゃないかな。予測に過ぎないけれどね」
ヘーゼルの返答を聞いて、何かを決意したように、閉じていた目を開く。
「この世界が消えてしまうのは、嫌だなぁ」
そう呟き、握手を求めるように、私に手を差し出した。
「それに、僕にとってウォルレイとヨダレイは地雷、トワさんにとってもウォルレイとヨダレイが地雷。抱える物は同じです。一緒にれいちー男女カプフラグをへし折り……じゃなくて、軌道修正頑張りましょう!」
「いやユリストさんは単なる百合厨で私はレイシーという存在が地雷っていうのが原因なので、根本が大分違いますけどね。けど、協力していただけるのは有り難い限りです!」
差し出された手を握り返し、固く握手を交わす。
しかし動機が不純である。私もそんな大義名分や正義を掲げている訳では無いが、行動原理がとことん私欲にまみれていてちょっぴり不安だ。
一応釘を刺しておこうと、私は口を開く。
「でもこれは推しカプを成立させるため、あるいは地雷カプ成立を阻止するためにやるんじゃないですからね? あくまで勇者は世界を救うものに繋がるよう、シナリオを軌道修正するのが目的ですからね?」
「わ、わかってますって」
「ほんとぉ?」
「本当ですぅー!」
一瞬図星を突かれたかのように目を逸らしていたが、本当に大丈夫なんだろうかこの人。案外私以上に自カプ過激派なんじゃないかこの人。
「……でも、もしもの話ですけど、ウォルレイとかヨダレイが成立したらどうするんです?」
「元の世界に帰った時にゲーム本編に反映されない限り、IFストーリーとして記憶の彼方に封印するだけですね。それはそれで、これはこれなので。私達みたいな異世界人とか転生者が居る時点で本編とは別物ですからね、現状」
「心が強い。僕だったら絶対心折れる……」
「まあ目の前で生ウォルレイがイチャついてたら病んで鬱になると思う」
「ですよね」
そりゃそうよ。流石に地雷カプが公式認定されたような状況になったら心が死ぬ。
公式がやったことならば理性では受け入れるが、心が受け入れられるかは別問題である。
「そういえば思ったんですけど、ユイカって名前、本名っぽくないです? 僕らみたいな、明らかなハンドルネーム感は無いですよね」
「ツツミは堤防の堤、ユイカは唯一の唯とか結ぶに花、もしくは香るとか書けば、普通に現実にあり得る名前ですしね。言うてハンドルネームでもよく使われてそうな感じしますけどね」
「言われてみれば確かに……僕の思い過ごしかぁ」
そういえば本名で思い出したが、ルイカプの民への誹謗中傷で暴れ回ってたクソ野郎の実名が同じ名前だった。あいつの実名は「唯一神」と書いてユイカと読むキラキラネームだったが。
一瞬「もしかして同一人物か?」なんて思ったが、流石にあり得ないだろう。あの人とは名字が違う。
なんにせよ、よくある名前だし、よくある名字だ。本名らしくも、ハンドルネームらしくもある。あまり深く考えなくても良いだろう。とりあえず日本人だと判別出来るという一点があれば情報としては問題無い。
「しっかし聖女様、言動からしてバイトしないで援交で小遣い稼いでて、オフイベ参加したらオフパコ誘ってくるタイプの女だ~ってずーっと思っていたんですよ。僕そういう子好きくない! 関わらなくて良かった!」
「私より偏見すごいよこの百合絵師」
「でもトワさんもそう思いません!?」
「まあ確かにフリーセックス的なアレソレの気配を感じますけども」
「ですよねぇ!」
男の時には無かった豊かなおむねをばるんと揺らし、噛みつかんばかりの勢いで両手を掴み邪居を寄せてきた。距離感近っ。
流石に距離が近すぎたためか、嫉妬したらしいモズに脛を蹴られたユリストさんは、「きゃいんっ」と小さな悲鳴を上げて離れてくれたが、エキサイトした感情は冷静にならなかったようで、一瞬怯んだだけでそのまま続ける。
「不特定多数と体の関係を持つのは! いくない! 僕はねぇ、ビッチが地雷なんですよ!!」
「日本における貞操観念的にもアウトオブアウトですし、性病の感染リスク的にもちょっとね。……描いてるもの的に処女厨的な感じはしてましたけど、やっぱそうなんです?」
「そこは別にこだわって無くて、浮気とか援交をしなさそうなキャラが好きなんですよ。僕、婚約までした彼女に浮気されて破局したことがあるんで……その元カノがパパ活もしてて……そういうのはちょっと……」
「あっだからカップリングでも相手固定気味な所があったのか……トラウマ思い出させてしまって申し訳無いです」
「いえ、前世の話ですから……ハハ……」
意図せず前世のトラウマを掘り起こしてしまったのは悪いと思うが、ようやく落ち着いてくれたようで良かった。萎えたとも言う。
カップリングには複数人カプも存在するが、理由があって三角関係的なカップリングになるようなものが大体を占める。
探偵パロ軸のルイちゃん、ヨダカ、ルーカスの三人が、幼馴染みという関係性からの延長でヨダカとルーカスの両方がルイちゃんと恋人関係となり、全員がそれを許容しているという設定のものがこれに当たる。探偵トリオはいいぞ。
他にも「総受け」という、いわゆる逆ハーレム的なジャンルが存在するが、こちらは受けが複数人、それも登場人物のほぼ全員から好意や恋愛感情を向けられているものがあるが、意外にもポリアモリー的な「全員と恋人」というパターンは少ない。あるとしたらエロ特化のアホエロ系作品で登場人物全員とアーンなことをするタイプのものが該当するかもしれない。受けがラノベの主人公ばりに鈍感で好意に気付いていないか、好意には気付いているが誰とも恋人関係にはなっていないという設定が一般的だと思う。後者は総受けの中でも「愛され」に分類されるだろう。
とはいえ、これらは作品内で、登場人物達が他の人物との関係を許容しているからこそ成り立つもので、それを秘匿していたら当然不貞行為となる。浮気と総受けは別ジャンルなのだ。
リアルでの浮気、駄目、絶対。
ご清覧いただきありがとうございました!
昨日は更新出来ずに申し訳ありませんでした。
大変ぐっすりすやすや寝落ちてました。
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※2024/05/22 お知らせ
めっちゃ熱出しちゃって寝込んでしまったため、今日の更新はお休みとなります。
申し訳ございません。早く直します……(X3[▓▓]




