70 転生と言ったらチート能力
翌日、昼過ぎのおやつ時。
午前中にルイちゃんとジュリアにデッサンモデルを頼み、満足いくまで推し及び推しカプを描いたらむねさんは、精も根も尽き果てたように、あるいは真っ白に燃え尽きたかのように、しかし心の底から幸せそうにアトリエにある机に突っ伏していた。
まるで相当良く効く麻薬でもキメたか、血糖値スパイクで至ったかの様な顔をしばらく晒した後、「フォンッ」と小さく奇声を上げて意識を現実に戻し、再度口角を上げて口を半開きにし、お嬢様とは思えない緩みきった顔で生ジュリルイの記憶を反芻する。
お付きのメイドさんさんが居たら叱責を食らってるに違いない様子に、どれだけ彼が推しカプに飢えていたのかを察した。
まあ仕方ないよね。久しぶりに摂取した推しカプが原液なんだもの。刺激が強すぎたんだ、きっと。私だってこの世界に来た当初はこんな感じだっただろう。
まだしばらく余韻から抜け出せなさそうな彼を見て、つい独り言が漏れる。
「幸せそうな顔しちゃってまぁ……」
ちなみルイちゃんはダニエル女公爵の診察に、ジュリアはネッカーマ伯爵に話があるらしく今は退室している。
……どちらかが帰ってくるまでに戻るのだろうか、これ。
「らむねさ、いやユリストさん……?」
「ユリストの方が可愛いのでそっちでお願いします」
「じゃあ今後ユリストさんで」
話しかけてみると、案外ハキハキと答える。大丈夫そうだ。
「……実は百合間男欲あったりする?」
「百合間男は絶許だけど百合間女はウェルカム。女の子はなんぼでも増えてヨシッ!」
「でもユリストさん中身おっさんじゃん」
「僕、百合至上主義党の中でも、TS百合は広義の百合だから許せる派なんで」
「雄っぱい爆盛りなガタイの良い男キャラやくたびれやさぐれたおっさんキャラの事を『エッチなお姉さん』って言う腐女子と似たようなもんか〜」
「違うが? てか腐女子って何でああ言うんだろうね。男じゃろがい! ってなるんだけど」
「BL百合男女カプ全部美味しくいただける身としては、雄っぱい爆盛りなガタイの良い男はデカパイデカケツデカモモの3Dお姉さんと同義だし、くたびれやさぐれたおっさんキャラはスレてだらしが無くて色気が無い故にスケベに見える中年女性と一緒だし、男×TS女はBLでTS女×女は男女カプでTS女同士のカプはにょた百合だから実質BLだと思ってるよ。私個人の意見だけど」
「マジで意味がわからん」
「奇遇だね、声に出してみると私も意味がわからんよ」
「……そろそろ話を初めても良いかい?」
「おっと、すみませんね。本題に入りましょうか」
非常に暇そうにしていたヘーゼルはしびれを切らしたのか、周囲に私とユリストさん、そしてモズしか居ないのを確認して、口を出す。
そう、デッサンをする前に、二人が退室している間に昨日少し話していた事について相談したいと話していたのだ。
ユリストさんは姿勢を正して座り直し、私達に向き直ってから語り始めた。
「現在王都では、ゴーレムが正式導入され始めているのは知っていますか?」
「ちょろっとだけ聞きました。『聖女』という存在のお気に入りにレイシーらしき女技師の存在が居て、その二人が原因かもしれない、という憶測程度の情報しか無いですけど」
「概ねその認識で合っています。王都自体の様子はご存じで?」
「いや、そちらは全然。妖精種と鳥人種に対する公害問題があるって聞いた程度です」
「……今の王都、ゲームと別物になってますよ。ファンタジーじゃなくてスチームパンクって感じですし、スラム街の方はゴーレムに職を奪われた人達で溢れて、酷いことになっています」
「そんなに変わってるのか……」
「はい。それに排気魔素のスモッグも相まって、まるで産業革命時代のイギリスのような状態です」
「その一言でどれだけ酷い状況なのか分かりましたわ。そりゃあダニエル女公爵もキレ散らかすわ……」
元々王都パラディーソは「緑の都」と称され、自然と人工物の調和が美しい町並みという設定で、言ってしまえば王道ファンタジーな見た目の巨大な都市だった。
それがこの一年でスチパン化し、更にスモッグ。最早緑の都ではなく、霧の都といった様相なのだろう。
それにスラム街が失業者で溢れているということは、貧富の差が更に激しくなっているのかもしれない。そんな状態だと、治安の方も不安になってくる。
私の知っている王都とは別物と考えた方が良いだろう。
「聖女についての情報はありますか?」
「僕はほら、バラット住みなんで、聖女様については詳しく無くて。一応、社交界に出入りしてると結構姿を見るんで、外見と噂くらいはって感じですかね」
「へー……」
「今は少しでも情報が欲しいね」
「けどなぁ……そうだ!」
聖女の話を少し聞きたい気持ちはあるが、どこで紅燕が耳を欹てているかわからない。一応防音の刻印は使っているが、それを貫通して聞く手段を持っているかもしれない。
私はメモ帳とペンを【記憶】領域から取り出す。日本語で筆談ならバレずにいけるんじゃないかと考えたのだ。
「わ、アイテムボックスだ! いいなぁ、僕はスペルの方面はチートレベルだけど、アイテムボックスは使えないからなぁ」
「むしろスペルチートって羨ましいんだけど? 私スペル使えないんすよ~」
「えっ、これっぽっちも?」
「これっぽっちも。どこぞの毛玉のミスのせいでな」
「逆レアだぁ」
「理論上は可能だと言ったじゃないか。スペルが使えないのは、君自身の素質の問題だよ」
「机上の空論を出されても困るんだよ!」
「もし良かったらだけど、こっちに居る間、スペルの指南でもしようか?」
「お願いします!」
そんな会話をしながら、実は聖女について調べたら紅燕に狙われるハメになったこと、そのせいで見張られている可能性があることを完結に書き、それをユリストさんに見せた。
書いた文章に目を通したユリストさんは、少し目を細めた後、口元に不敵な笑みを漏らす。
「ふっふっふ……安心して下さい、トワさん!」
そう言うと、彼はやけに様になるドヤ顔を浮かべて、こう言った。
「犬の鼻は、よく利くんです」
彼は勢い良く立ち上がると、すぅっと大きく息を吸い、高らかに詠唱を唱えた。
「est tonitrus cognitio ac lobero!」
ばちり、と小さな雷光が迸る。その黄金色の雷光は瞬間的に波紋のように広がり、そして消えてしまった。
ぽかんと口を開けて呆けてしまった私を見て、更にドヤったユリストさんは、たゆんたゆんと揺れる胸を張って語り出す。
「先程も言ったように、僕はスペルに関してはチート並の能力を持っています。流石に聖女みたいに全属性を操るなんてことは出来ないですけど……火属性と風属性、そして――雷属性においては、あのルーカスの師匠、アルバート・ローレンス伯爵をも凌駕する!」
「かっこつけてるところ悪いんですけど、今何したのか説明してもらっていいです?」
「それ今からだからぁ! ……コホン! 今使ったのは探知系のスペルです。本来なら周囲の生体反応を認識するだけのスペルですけど、スペルチートの僕なら、そう! このスペルで会話を聞き分ける事も! 何なら魔力の流れだって認識することが可能ッ! 範囲内なら、誰がどんな会話をしてて、どこで何のスペルが使われているのか判別する事だって出来ちゃうのだ! はーっはっはっはっはっは!」
「で、結果の方は?」
私の言葉に、しょんぼりと耳と尻尾を下げ、表情もしょぼんとしてしまう。
「トワさぁん……もうちょっとこう、キャーユリストちゃんすごい! 格好いいと可愛いが合わさって最強に見える! むしろ最強! ってなったりしません? 褒めても良いのよ?」
「いや目に見えて何がどうなってる訳じゃ無いんで……端から見たら、ちょっと格好いいエフェクトがちょろっと出ただけですし。もっとこう、ドーン! バーン! って見るからにクソデカ規模のエフェクトが出てたらそういう反応してたと思いますけど……正直……今のだと反応に困る……」
「くぅーん……」
「うわ中身おっさんだと思うと今のキッツ」
「今のは犬系獣人としての特性だから! わざとやってるわけじゃないから! ちゅんたやの『ちゅあー!』と一緒だからぁ!」
「だとしてもルイちゃんの『ちゅあー!』の可愛さの足下にも及ばんですけどね」
「それはそう。それと、普通に聖女様について喋っても大丈夫ですよ。怪しい人も、スペルの痕跡もないですから」
「それなら良かった」
ご清覧いただきありがとうございました!
主人公トワはチート能力をあんまり好まないタイプですが、ユリストはむしろ嬉々として俺TUEEE!してエンジョイするタイプです。
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