63 射貫かれる
馬車の外に出た私は、跳躍の刻印の効果によって強化された足で、荷馬車があるために使われていなかった馬車の荷台に飛び乗りすぐさま威嚇射撃で三発発砲する。しかしラプトレックスの群れは聞き慣れない音にも一切怯んだ様子は無く、ただ数匹が一瞬私に注意を向けただけだった。
しかしその隙を突いて、ジュリアが鋭い剣撃で新たに一匹仕留めた。
「助太刀します!」
「助かる!」
とは言ったものの、こう正面切っての戦闘経験は少ない。基本的に気付かれる前にアウトレンジから狙撃する戦法を基本としているし、ジュリアから戦闘訓練を受けていた時も主に対人戦だったので、ラプトレックスのように動きが素早い魔物を何体もまとめて牽制する事に慣れておらず、目が追いつかない。
インクをまきちらすイカのゲームでも私は乱戦が苦手だったし、これに関しては多分潜在的なものだろう。
それでもやらねばならない状況だ。出来る限りのことはしなければ。
戦闘という行為に対する恐怖で少し手が震えてエイムが定まらない上に、撃てるチャンスがあってもフレンドリーファイアと生き物に対する攻撃への躊躇で何度かタイミングを逃しながらも、なんとか数発は当てる。しかし滑らかで艶やかな鱗は魔力を弾く特性があるのか、魔力弾では大したダメージには至っていないようだった。
モズの斬撃もイマイチ通りが悪いようで、彼の技術のおかげでザックリと骨ごとかぎ爪のある前足を切り飛ばしているが、太い尻尾や強靱な後ろ足は断ち切れないらしく、いつもの無表情に若干の不満を浮かべて戦っている。
普段の魔物退治なら首を刎ねてしまえば一瞬で終わるが、始めて戦う相手だからかそのチャンスを中々見つけられないのも原因だろう。チマチマと相手の攻撃手段を削ってからトドメを刺している辺り、私の予想は当たっているはずだ。
一方ジュリアのスペルは比較的有効打が多いらしい。スペル自体というより、飛ばす礫や岩の槍による打撃や、鉄の茨での刺突が有効のようだ。
「斬撃より打撃・刺突の方が効きが良いです! スペルも同じく!」
「分かった!」
私の声を聞いて、ジュリア戦いながらも騎士達に陣形を変えるよう指示を出す。
その援護を終えた後、私も魔力弾より実弾の方が効くだろうと判断して実弾を装填しようとした所で、襟ぐりから顔を出して戦況を見ていたヘーゼルがぽつりと呟いた。
「おかしいね。一応集団にはなっているけど、群れにはなっていないみたいだ」
「今考察している余裕無いからもっと分かりやすく簡潔に言ってくれません?」
「周囲に指示を出している個体が居ないんだよ」
「各々の判断で高度な柔軟性を維持しながら臨機応変に襲ってきてる感じ?」
「少し違うね。ゲーム内での状態異常だと、狂化状態って言った方が正しいかな」
「スタン及び魅了無効攻撃力20%上昇全耐性20%低下近接以外のスキル使用不可、了解!」
「よく覚えているね」
「最古参舐めんな!」
ARK TALEにおける狂化はいわゆるバーサク状態であり、戦意を高揚させる応援状態とはまた違う、デメリットを伴ったバフの一種だ。攻撃力と一部の状態異常が無効化される代わりに、スペルや遠距離のスキルが使えなくなり耐久面が下がる特徴がある。
その狂化を利用した狂化パは文字通り狂化を味方に付与して物理で殴る、殺られる前に殺れスタイルなPT編成だ。
リリース当初はそこまで強くなかったが、アップデートで上方修正されたことで一時期この編成が最強格にまで上り詰めていたことがある。
というのも、一ターン内の行動回数に直結する行動ダイスを次のターンに一つだけ封じる効果のある「スタン」という状態異常がゲーム内には存在し、当時の高難度チャレンジでは嫌がらせかと思うくらいに敵が使ってきていたのだが、それを無効化するという特性を追加されたのだ。
それまでは悪い状態異常を防ぐバフを付けて対処したり、タンク役を二~三人用意して、タンク役の速度を上げたりヘイト値を稼いでスタン攻撃をローテーションで引き受ける構成が一般的だったが、アタッカーの手数や火力が足りず攻略が難しかった。
その欠点を解消したのが、当時の狂化パである。
とはいえ、猛威を振るいすぎて攻撃力の上昇値を30%から20%に、全耐性の低下量を-10%から-20%へと下方修正されたので、最近はデイリー周回や雑魚戦以外では使われなくなっている。
だが逆に言えば、未だに恒常的に使われているくらいには強力で――相手にした時は、厄介だ。
ちなみに狂化パ一強時代は界隈のえっちな薄い本が爆増した。
だって理性を飛ばして本能のままに襲いかかり近接戦闘に持ち込むなんて……スケベ変換が捗るじゃん!?
スケベが好きな同人オタクの琴線に触れない訳がない。近接戦闘(意味深)だよ。
でも狂化撒き役の水着熊おじをただの催眠スケベおじさんみたいにした作品は許せん。確かに水着熊おじは夏の暑さにやられてブーメランパンツにアロハシャツでグラサンという頭沸いた格好ではっちゃけたけど、普段は優しく穏やかな皆のお父さん系神父様だからな!? 熊おじは催眠とかしません解釈違いです! それと熊おじは受けです! 催眠される側だ!
……そういや熊おじもアルバーテル教会の神父さんなんだよな。バラットで会うことは無いと思うけど、教会と関わるならそのうち会う可能性がある。
まあそんなことより、今は目の前のラプトレックスを何とかしないとだが。
不意に馬車が揺れる。一瞬何事かと思ったが、それはルイちゃんが扉を開閉したせいだった。
ルイちゃんは馬車後方の荷台から手早く布に包まれた何かを掴み、そのまま小さい羽で飛翔し馬車の上に乗ってきた。
持ってきたのは、クロスボウとその矢だ。何かあった時のために、と念のために持ってきていた、ルイちゃんの武器である。
「へっ!? な、何やってんの、ルイちゃん戻って! 危ないよ!」
「私だって戦えるのに、見てるだけじゃいられないよ!」
鐙を踏んで、コッキングレバーを引いて弦を絞り、矢をつがえて構え、撃つ。
その一連の行為は堂に入っており洗練されていて、可愛いの権化だと常々思っている存在だというのに、いの一番に浮かんだ感想が「格好良い」だった
「やだ、私の推しが可愛いのに格好良い……!」
「トワさん、来るよ!」
「ダッテメッコラー! バフ効果延長+回復量増加と引き換えにマッチ威力がマイナスされるタイマンよわよわクソザコちゅんたゃを狙うなー! スッゾコラー!」
ジュリア達の陣形を二匹のラプトレックスが抜け出し、こちらに向かって来る。
狙いを澄まして、一秒だけ覚悟を決めるだけの時間を要し、発砲。魔力弾とは比べものにならない発砲音と反動に、思わずギュッと目を瞑ってしまった。
すぐに目を開けて、片方のラプトレックスに着弾したのを確認する。上手いこと足に当たったらしく、その個体は倒れてもがいていた。
しかしもう一匹の方はますます荒ぶった様子で走ってくる。ルイちゃんがクロスボウで矢を放つが、当たった瞬間わずかによろめいただけで、勢いは衰えない。
急いで実弾の装填を終わらせて馬車から飛び降り、馬車から離れるべく走る。
私の方に来れば攻撃を受けてもヘーゼルの防壁でガード出来る上に、ルイちゃんの装填と攻撃の時間を稼げる。ルイちゃんの方に行けば私が銃撃をかませるし、ルイちゃん自身は飛んでラプトレックスの射程外に逃げられる。
頭では冷静にそう考えていたが、いざ実行に移してみると、私の方を狙って来た所までは良かったのだがラプトレックスの足は遠目から見ていた以上に速く、時間を稼ぐなんて悠長な事をする暇は与えられなかった。
「うっ……ウラァーッ!」
逃げ切れない距離まで接近されてしまい、半分パニック状態で銃を槍のように構えて、襲いかかってくるラプトレックスに向かって突進する。
軽自動車がぶつかってきたような衝撃を受けるが、剛力の刻印の効果で吹っ飛ばされずにその場に踏みとどまる。相手の勢いも相まって銃剣はラプトレックスの胸に深々と突き刺さり、銃のリーチ分のおかげで前足のかぎ爪は届かずに済み、雄叫びを上げて噛みついてきてもそれはヘーゼルの防壁が防いだ。
すかさずルイちゃんが的確に頭部を狙撃する。ラプトレックスの体はぐらりと揺れるが、まだ、倒れない。
銃剣は深く突き刺さっているため引き抜くことが難しかった。だからそのままの状態で、引き金を引く。
耳をつんざく銃声。次いで、時が止まったような静寂。
「オアーッ!」
そしてラプトレックスは私を巻き添えにして、深い雪の中に倒れた。
何とかラプトレックスの下から這い出た私は、先日のVSヨダカ戦の時と同じくらい早鐘を打つ心臓に急かされるようにまくし立てながら、突き刺さったままの銃剣もとい銃を諦めてすぐに距離を取る。
「こなくそ! こなくそ! もう起きんなよ! 絶対起きんじゃねえぞ! こちとら近接戦闘苦手なんだよこんちくしょう! フラグ立ててる訳じゃねえからな!?」
「トワさん大丈夫!?」
「返り血まみれで心がしんどい!」
ぜいぜいと息を急ききり、ラプトレックスが絶命していることを確認して、ようやく一息つく。
周囲を見れば、他のラプトレックスの討伐も終わったらしく、まだ生きている個体にトドメを刺している騎士の姿が見えた。そしてダニエル女公爵の乗っている馬車から「もっと静かにやれんのか」と機嫌悪そうに文句を言っている声も聞こえる。どうやら窓を開けて、そこから野次を飛ばしているようだ。横暴な……。
ダニエル女公爵への報告と、一通り騎士達に指示を終えたジュリアは、モズと共に私達の方に駆け寄ってくる。騎士達は軽装だった事もあって怪我等が不安だったが、幸いにもジュリアに目立った傷は無いようだった。
「トワ、ルイ、無事だったか?」
「うん、大丈夫。ジュリアちゃんも怪我をしてないみたいでよかった。私、怪我をした騎士さんの手当に回るね」
「ああ、頼む」
ルイちゃんはジュリアにそう伝えると、再び馬車後方の荷台を探って、自分の薬箱を持って後処理に回る騎士さん達の方に向かって行った。
「トワさん、体は無傷ながらも心は負傷しておりまーす……」
「だが素晴らしい活躍だったぞ、勲章ものだ」
「今は勲章より顔を洗う権利が欲しいでーす……」
「すまないが、次の都市に着くか、川を見つけるまで我慢してもらえるか? ほら、これで拭くと良い」
「お高いレースのハンカチは流石に結構です! 汚すの怖い!」
「なぁーん」
「ヘーゼル、お前はちゃっかりコートん中に潜って返り血回避しやがってよぉ」
ジュリアからハンカチを差し出されるが、涙鼻水は用途的にギリセーフとしても、間違いなく高級品と分かっているものを血で汚すのは私的にアウトだったので全力で断る。だって汚れが落ちなかったらと考えると……。
仕方ないので袖の汚れていない部分で顔を拭い、ついでにモズの顔も拭いてやる。
この子、汚れても一切気にしないから、他の人が拭いてやらないとずっとそのままなんだよなぁ。
「ねえちゃん、おそろいじゃ」
「こんな血みどろなお揃い、嬉しかねえわ! あーあーあー、このコート、結構気に入ってたのになぁ……血の染みって、時間が経っても綺麗に落ちると思う?」
「雀のに任せりゃえいじゃろ」
「今はのんびり洗濯してる暇はないんだよなぁ」
ご清覧いただきありがとうございました!
ゲームシステムは某バスより、その前作の某図書館に近いです。
ルイはマッチ(一対一のガチンコ勝負)に弱いのですが……おや? 先日似たようなシーンがありましたね?
ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!
いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!




