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62 雪道を往く

 ついに出張当日となった。

 私達は朝早くからローズブレイド家が用意した馬車に乗り込み、各々休憩時間まで雪景色を眺めたり、爆睡したり、持ち込んだ菓子をつまんだりして時間を過ごした。

 ジュリアは数人の護衛騎士を先導するために馬に乗っていて、ダニエル女公爵はもう一台の方に居る。馬車の中は薬屋メンバーだけだ。


 しかし、お貴族様の使う馬車だから座席のクッションは割と良いもののはずなのだが、スプリングに関しては流石に現代の自動車には劣る。振動がかなり大きいし座りっぱなしなこともあって、一回目の休憩時間になる頃には既に尻が痛くなってしまっていた。

 更に、暖房も火属性の魔石を使っているが暖炉のある部屋の中程の暖かさは無いし、底冷えするせいでブランケットが手放せない。ラガルティハなんて蓑虫みたいになったまま動かないくらいだ。

 これを三日間耐えるの……? キッツ。軽自動車で車中泊した方がよっぽどマシだわ。


 昼は近くの都市に寄って昼食を取り、少し休憩してから出発する。

 立ち寄ったのはウィーヴェンの四分の一もない、都市と言うより村と言った方が正しいような都市だった。余所者か、それとも貴族をあまり良く思っていないのか、やや排他的な雰囲気があった。割と大らかな人が多いウィーヴェンで暮らしていたから少し驚いたが、普通に考えればそういう都市があってもおかしくはない。

 でも食堂で食べたドライポマトを使った豆のスープはとても美味しかった。ミネストローネとも違う優しい味わいだった。帰ったら絶対家で再現しようと誓ったくらいだ。

 食堂のおばちゃんに「美味しかったです、ご馳走様でした」と言ったら驚いた顔をされたのだが、食事の後にお礼を言う文化は無いのだろうか。

 まあ日本でも飲食店の店員さんにそういうこと言わない人だって居るしな。私は客としての礼儀だからちゃんと言ってるけど。


 その後、午後三時半頃に再び休憩時間になり、私は体を伸ばすために外に出る。森の中を蹂躙するように肌を刺すような冷たい風が吹き抜けたが、それより凝り固まった筋肉の痛みや不快感の方が辛かった。


「くぅ~、ケツが痛ぇ……! 私もジュリアと一緒に馬に乗っときゃあよかったかな……」


 軽くストレッチをして、一緒に出てきたモズも私の真似をする。体がほぐれたところで馬車の前の方に向かうと、御者さんも少し疲れたような顔で体を伸ばしていたので、お疲れ様です、と一言挨拶をしておいた。

 ついでに、雪の下の枯れ草や苔を探しているのか、鼻先を雪の中に突っ込んで口元をモゴモゴさせている馬達にも声をかける。


「おっすお疲れお疲れ。君達も頑張ったねぇ、偉いねぇ」


 一頭はそのまま餌探しを続けていたが、もう一頭は顔を上げ、目を合わせてくれる。雪の下に生えていた枯れ草を食んでいるのか、それとも反芻か、相変わらず口元はモゴモゴしている。首筋を撫でてやると、耳を横に倒しされるがままに撫でられていた。長い毛の中に指先を突っ込むと、人間より高い体温がじんわりと指先を温めてくれた。

 そうやって馬を愛でていると、ジュリアが私の姿を見つけたからか、馬の世話を部下に任せてこちらにやってきた。


「疲れていないか?」

「寒さとケツと腰がしんどいです!」

「日が落ちる前には次の都市に着く。それまでの辛抱だから、もう少しだけ耐えてくれ」

「がんばりま~す……」


 悲しい現実に心がしんどくなったので、現実の馬とは違い固くてゴワっているこの世界の馬の毛に顔を埋めて、馬吸いをキメる。雪の日に散歩したぬくいタワシのような匂いがした。


「しかし不思議だな。君は自分の相棒には雑に当たるのに、他の動物にはそうやって心を砕くのだから」

「基本的に動物は好きですからね~。ヘーゼルがちょっと例外ってだけです」


 コート越しに抱っこ紐の中でぷうぷう寝息を立てているヘーゼルを雑に叩くと、ワンテンポ遅れてコートの中から威嚇のシャーが聞こえてきて、ジュリアはそれを聞いて苦笑した。


 不意に、馬達が顔を上げる。先程までのゆったりとした動きはどこへやら、何処か遠くを見て、ひっきりなしに耳と顔を動かしている。


「ん? どしたん? なーにキョドキョドしたの」

「……どうやら、怯えているみたいだ。こいつらはそうそう怯えるような性格はしていないはずだが」


 マイペースな方の馬が耳を絞り、人懐っこい方は不安げに耳を動かしながら足踏みを繰り返す。明らかに不安げな様子だ。

 近くに肉食獣でも居るのだろうか。大きな街道とはいえ、周囲は木々に囲まれている。敵の正体は把握出来なかった。


 モズが軽く周囲に目を向ける。そしてある一点を見つめ、ぽつりと呟く。


「何かおる」

「魔物? この時期だとー……考えられるのは、冬眠し損ねたブラッドベアとかかな」

「ちゃう。見たこと無いやつじゃ」

「警戒態勢を取った方が良さそうだな。トワ、モズ。君達は馬車に避難していろ」

「はいはい了解っす」

「総員、武器を持て!」


 ジュリアが周囲の騎士に指示を出すのを聞きつつ、私とモズは馬車の中に戻る。

 外が急に騒がしくなったからか、ラガルティハに寄りかかって寝ていたはずのルイちゃんと、寄りかかられていたラガルティハは目を覚ましていて、少し不安そうな顔をしていた。


 ちなみにラガルイがお互いに寄りかかって寝落ちしている姿は道中で存分に堪能して悶え散らかした後から冷静にこの光景を見て居られ……いや明日になったらまた小一時間萌えに悶えてモズから冷ややかな視線を受けることになると思う。


「どうかしたの?」

「ちょっと強めの魔物が近くに居るかもしれないって」

「ええっ!? この付近にそんな強い魔物は出てこないって、冒険者さんから聞いてたんだけど……」

「まーこういうこともあるでしょ。それにジュリア達が何とかしてくれるよ、大丈夫大丈夫」


 ジュリアは強い。二つ名のある騎士はそんじょそこらの魔物程度にやられる程弱くはないし、私達が出る幕は無いだろう。

 そう思っていた矢先――。


「ドラゴンだ!」


 外から聞こえた騎士さんの声に、全員の動きが固まった。


 基本的にドラゴンは草食でもかなり手強い魔物で、肉食ともなればその危険度は跳ね上がる。特にパラディーソ王国に分布するドラゴンは家畜化された種類でもなければ大型なのが基本で、たった数人の騎士では太刀打ち出来ない。

 そんな魔物を相手にするのは、流石のジュリアでも無理だ。


 慌てて外の様子を伺うが、幸いにもそのような巨体は確認出来なかった。

 代わりに、人間より一回りくらい大きいくらいの、恐竜映画で大変馴染み深いシルエットに近い見た目の魔物が数匹の群れで戦っているのが見える。


「あれは……図鑑で見た覚えがある。ラプトレックス、だよな? にしてはおかしいけど……」

「な、何だそいつ……!」

「翼を持たず二足歩行をするレックス種の中でも小型で、群れを作るタイプのドラゴンだよ。頭が良くて、群れで狩りをする生態なんだけど……本来、熱帯林なんかに生息しているはずなんだ」

「熱帯林に? 住処を追われて来たにしても、距離がありすぎるけど……」

「だからおかしいんだよ。自然現象じゃなければ寒冷地に適応した変異個体の群れか、人為的に連れて来たのが脱走したか、かなぁ。生息地の最北端であるメイファの種類でも、今は冬眠しているはずだし……」


 一瞬焦ったが、小型のドラゴン数匹なら大丈夫だろう。森の中なのでジュリアが一番得意とする火属性は使えないが、汎用性の高い土属性と鉄属性が使えるので問題は無い。

 騎士達も長時間の移動で多少の疲労はあるものの、遠征一日目だ。コンディションは整っている。誰かのスペルの効果か、雪に足を取られること無く機敏な動きで次々とラプトレックスを仕留めていた。


 ふと、モズがドラゴンを凝視していることに気が付く。

 モズも男の子だし、ああいうドラゴンとか恐竜とかそういうのが好きなのかとも思ったが、よくよく見てみると、そういう興味から見ている様子ではなかった。


「どうしたモズ」

「あのトカゲ、モヤモヤしったの体から出しちょる」

「モヤモヤ? ……見える?」


 ルイちゃんとラガルティハに聞くが、二人共首を横に振る。

 モズは嘘を言うような性格ではないのだが、彼には一体何が見えているというのだろうか。


「……変なん飲み込んどる」

「その心は」

「モヤモヤ、腹から出った」

「お腹から? それって多分、竜玉が原因じゃないかな」

「あー……竜玉が変質して変な魔力を放出するようになった結果、寒冷地にも適応出来る変異が起きた可能性はあるね」

「な、なあ……そんなことより、何だか数が多くないか……? もう七匹は倒してるのに、どんどん増えてるぞ……!」

「言われてみれば……」

「ラプトレックスって、多くても十匹前後の群れになるはずなんだけど……倒したの含めて軽く二十匹越してない? なーんかヤバそう。加勢した方がいいかもしれないね」


 【記録】領域から銃と銃剣、それにマチェットを取り出し、戦闘態勢フル装備になる。ルイちゃんは見慣れてしまっているので特に反応することは無かったが、ラガルティハは急に無から武器が現れた光景に軽くビビっていた。いや慣れろよ。それなりに見せてるだろお前には。

 モズはいつでも刀を抜けるように既に鯉口を切っていて、既に準備万端といった様子だ。

 モズにはいつもの近接特化セット、俊敏+剛力+頑強の三つの刻印を付与して、自分にはいつでも逃げに回れるように俊敏+跳躍、防御はヘーゼルに任せるとして、接近されても応戦出来るように剛力の刻印を右腕に刻んだ。


「さあて――一狩り行こうぜ!」


 自分を奮い立たせるべくそう叫び、私達は勢い良く馬車の外へと飛び出した。

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