61 出張に行くならお土産は必須
数日後、ゼリオン剤の販売についての会議を終えた私達は夕飯時に、一人留守番していたラガルティハに事の顛末を伝えていた。
ちなみに今日のメニューはじっくりコトコト煮込んだ丸ごとタマネギと干し肉のスープ、根菜のサラダ、ハーブソルトのフォカッチャ、川魚のポワレ。
煮込まれてトロットロになったタマネギに干し肉の旨味が染みこんでてもうたまらん。タマネギもう一個分食える。川魚のポワレも、外はサクッと、中はふんわりと仕上がってて、キノコのソースとよく合っている。ワイン……ワインが……飲みてえ……!
別に禁酒している訳ではないし酒も比較的強い方だが、アルコール頭痛が酷くなりがちな体質なので基本的には飲まないようにしている。だから基本的に調理酒以外は買ってこないのだが……一本くらい買っておけば良かった……!
体質のことが無ければ毎日晩酌してたと思う。
苦手らしいサラダには手を付けず、ちびちびと干し肉とスープだけを口に運んでいるラガルティハにあらかた説明を終えた私は、飲酒欲求を耐えながらカリふわのフォカッチャを飲み込んで、話を締めにかかった。
「――そういう訳で、ダニエル女公爵の専属薬師という名目で来週からバラットに着いてくことになったから。要するに出張な。あ、今回はラガルも着いてきてもらうよ」
「僕も……?」
「治癒のスペルで有名なシスターさんが居るんだよ。その翼、治してもらえるかもしれないから、一度見てもらおうと思っててさ」
そう私が口にすると、ラガルティハは手にしていたスプーンをかしゃんと取り落とす。落下先がスープの器の中だったため、少し飛沫が上がって雫がテーブルに飛び散った。
ルイちゃんがあらら、と小さく呟いて、すぐに慣れた様子で飛び散った雫を台拭きで拭き取った。
ラガルティハは驚いた様子で目を丸くしていたのだが、すぐに目を伏せて俯く。
てっきり喜ぶと思っていたのだが、予想していなかった反応に、私とルイちゃんは互いに顔を見合わせて首を傾げる事になった。
「ラガルさん、どうしたの?」
「……どうしても、行かなきゃダメ、なのか?」
「いや、別に無理にとは言わんけど何で? 折角治せるのに、ためらう必要ある?」
「それは……」
「まあどちらにしても、バラットには一緒に来てもらう事になるんだけどさ」
そう言うと、ラガルティハはいよいよくしゃっと顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情になった。何故!?
ルイちゃんがラガルティハの背中を撫でて宥めつつ、フォローを入れる。
「ラガルさんを一人で留守番させるのは心配だから、私がお願いしたの。駄目だったかな?」
「い、いや、そういう訳じゃ……!」
「まあ、ルイちゃんの意見には私も賛成だったしね。生活能力皆無のラガルを二週間近く留守番させるなんて、飢え死にさせるようなもんだし」
ちょっと傷ついたようだが、事実なので納得するしかなかったらしい。ラガルティハはしぶしぶだが頷いてくれた。
「行きは馬車で三日だっけ?」
「うん。大きな街道を使うからそのくらいだって。でも今は冬だし、雪が深かったらもう少しかかるかも」
「だってさ。……冷静に考えると、このクソ寒い真冬に三日もかかる長距離移動すんのはしんどいよなぁ~。ただえさえ冷え性が辛い歳だってのに……」
「もう冬の中の月だもん。仕方ないよ」
冬の中の月、と言われて、今が何月なのか変換するのに数秒かかる。
そして、既に今が一月の中頃だということに気が付いた。
「……そっか、もうクリスマスも過ぎてたし、年も越してたのか」
無意識に口から出ていた呟きに、私以外の全員がクエスチョンマークを浮かべる。
そういえばゲーム本編だと、クリスマスイベントは宗教関連のキャラが発起人として孤児にプレゼントをするという内容だったし、年末年始はガチャ石や素材、キャラ交換チケット等をばらまく本編とは関係無いプレイヤー向けのキャンペーンと、雪祭り的なイベントだった。
確か世界観的に春が年末年始だったはずなので時期がずれるだけだが、クリスマスに該当する行事はこの世界には存在しないのだろう。
「私の住んでいた所では季節を十二に分けて、それぞれ一月、二月、と数えていたんだよ。一月が一年の始まりで、十二月が一年の終わり。こっちで言えば、冬の中の月が一月に当たるんだよ」
「一年の始まりが冬の真っ只中って、なんだか辛そうなイメージがあるなぁ……」
「季節も大体一緒だしねぇ。とはいえ、暦の上だと二月、つまり冬の終わり月から春だから、冬が終わりを迎えて春が来ると考えれば、新たなスタートとしてはまあ良い感じじゃない?」
「あっ、確かに! ねえねえ、トワさんが住んでいた所だと、年末とか新年の始まりにお祭りはあるの?」
「祭りっていうか、大晦日とか、正月っていう概念があるね。正月に一年を司る歳神様が家に食事を食べに来るから、おもてなしをするために家に籠もるのが大晦日。正月は神社っていう……簡単に言えば教会みたいな所なんだけど、そこに参拝しに行って神様に願い事を伝える『初詣』っていう行事があるよ。まー今じゃそんな宗教的な考えは薄くて、ただの季節イベントって考えている人が殆どだけどね」
話していて、そういえば今年はおせちもお雑煮も食べて居ないんだなぁ、と郷愁に耽る。
別に特別好きな訳じゃないが、食べなかったら食べなかったで何となく物足りない。年越しそばは毎年カップ麺で済ましていたからまだ良いが、おせちはせめて伊達巻きと筑前煮くらいは食べたい。
何よりお雑煮だ。お雑煮を食べないと新年を迎えた気になれない。
一つ日本の料理を思い出す度に、今まで気付いていなかった和食への欲求を自覚してしまう。
味噌か醤油で味付けされたものが食いたい。それを米でかっこみたい。
夕飯の最中だというのに腹が減ってきた。
「あぁ~、正月の話してたらお雑煮が食べたくなってきた……というか米が食いたい! 白米と味噌汁! それと納豆! いくら洋食に慣れきった現代人とはいえ、こう和食が食えない期間が長いと辛くてなぁ……」
「バラットはこの国で一番飛花に近い港町だし、もしかしたら飛花の食材があるかもしれないよ?」
「そマ!? 米と味噌と醤油は絶対確保したい!」
飛花は侍や忍者が存在する和風国家だ。作中にも味噌や醤油に言及しているし、米を主食としていることも描写されている。
それらが輸入されている可能性があるのなら、草の根を分けてでも探し出して、全財産をはたいてでも買い占めたい。
ウィーヴェン、ひいてはパラディーソ王国の料理も美味しいけど、やっぱ馴染みのある和食が一番口に合うんだよね。
そして、私が口にした米という言葉を聞いたモズが、心なしか目をキラキラさせて口を開いた。
「米が食えるんか?」
「そっか、モズくんも飛花の生まれだし、コメっていうのも知っているのね。やっぱり、パンよりコメの方が好きなのかな」
「モズにも食の好みというものがあったのか……」
「モズくんにだって好き嫌いはあるよ。生タマネギとか、いっつも顔をしかめて食べてるもん」
「えっマジ? それ初耳なんだけど」
「別に嫌いじゃなか」
「苦手なのにトワさんが好んで食べているから真似して、無理して食べてるの知ってるよ。でも、残さず食べてくれてるから、私としては嬉しいな」
ルイちゃんがモズにそう言うのを聞いたラガルティハが、今まで一切手を付けてこなかったサラダを勢い良くかっこみ、すぐさま顔を青くしてうぐっと嘔吐いた。
お前本当に分かりやすいな。そういう所好きよ。
まあいつもお菓子以外だと芋か肉か果物かパンくらいしか口にしないレベルの偏食っぷりだったし、健康面を考えても野菜や魚は食べて欲しかったから丁度良いか。魚に至っては皮を引いて丁寧に骨を取り除かないと食わない。こーんの潜在的お坊ちゃまめ!
完食してルイちゃんに褒められるのを目標に頑張れ。
自分のご飯を食べ終えたヘーゼルがテーブルの上に飛び乗り、わざとらしくルイちゃんの前に陣取って座り、甘えた獣声で鳴く。
「なぁ~ん」
「うんうん。ヘーゼルちゃんも、いつも残さず食べてて偉いね」
「なるるるるんっ、んなぁ~るるる」
「しょうがないなぁ。あんまり食べすぎて太っちゃったら健康に悪いし、ちょっとだけだよ?」
「なーん」
おねだりに成功したヘーゼルはフォカッチャを差し出されるが、それをスルーして川魚のポワレの皿に顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。多分、そっちが食べたいのだろう。我が儘なやつめ!
ルイちゃんは嫌な顔一つせず「こっちが良かったのね」と自分のポワレの一部を食べやすいようにほぐして、小皿に取り分けてお裾分けをした。
そういえば、ヘーゼルはネギ類だろうがブドウだろうが平然と食べてるし、何なら人基準の味付けのものを食べているのだが、それは動物として大丈夫なのだろうか? 体自体は普通のチンチラモドキのはずだけど……。
まあ自称神様だからそこんところはどうとでもなるんだろう。そういうことにしておこう。
「もしバラットに飛花の食材があったら、和食っていうのを食べてみたいな」
「家庭料理程度ならなんぼでも作るよ! 私が食いたいし!」
「やったぁ! 楽しみにしてるね!」
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