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60 代わりの約束

 恐らく実に良い笑顔をしているだろうペストマスク氏は、照れてラガルティハの背中に隠れて出てこなくなったルイちゃんの様子に大変ご機嫌な様子でクスクスと小さく笑い、更に言葉を続ける。

 ――衝撃の言葉を。


「私としては、ルイを妻に迎えたいと常々思っているのですが」

「ぴよっ!?」

「家事が好きで、細かいところに気が利く優しい性格で、その上聡い子です。理想の妻そのものではないですか」

「ひゃあぁぁ……!」


 いや目の前で行われている光景is何?

 隅っこでやんのかしてるモズや定位置で寝ているヘーゼルはともかく、私やラガルティハなんて眼中に無いみたいに口説きまくるやん。フルスロットルだな。

 何? 異性として意識してもらって嬉しくて舞い上がってんの? 気持ちは分かるがグイグイ行き過ぎでは?


 まあこんな反応されたら脈アリなのは他人から見ても確定的に明らかだし、今は攻めて攻めて押すべきだとは私も思う。勢いに流されて交際の合意を得られる可能性がそこそこの確率である。

 どんなギャルゲー乙女ゲーを初見プレイしても大体良い感じの選択肢を選んでしまうが故にフォロワーから「こっそり裏で攻略見てない?」って言われる私が言うんだ。間違いない。多分。


 だが、そうは問屋が卸さないのがラガルティハである。

 背中にひっついているルイちゃんに尻尾を巻き付けてホールドし、壁にルイちゃんを押しつける勢いで隠そうと必死になっている。


「だっ……ダメだ! それはダメだ! 絶対に!」

「そうでーす駄目でーす。自分の身元も明かさない、不審者と言われても否定できないような人に可愛い可愛いうちのルイちゃんはやれませーん」

「そっ、そうですよ! からかうのも大概にしてください、リチャードさん!」


 ラガルティハと私の援護射撃に気を持ち直したらしいルイちゃんは、いきなりここで切り札を繰り出した。


 ルイちゃんから「リチャード」と呼ばれた瞬間、ペストマスク氏はぴたりと動きを止める。


「……私の記憶が正しければ、その名を名乗った記憶はありませんが」

「翼のある種族とその高身長に加えて認識阻害を使ってる人なんて特徴的すぎて、ちょっと聞き込み調査でもすりゃあすぐに正体がわかりますって」


 私も便乗して、茶化すように言う。


 さてどんな反応をするのだろう。秘密がバレて照れるのか、それともいつも通りの飄々とした態度のままなのか。

 そんな楽しい予想をしていたが――。


「そうですか」


 彼の返答を聞いた瞬間、ぞわっ、と背筋に悪寒が走る。

 体調不良由来の悪寒などではない。彼の声があまりにも無機質で感情が無く、底知れない恐ろしさを感じたからだ。

 人によって多少あからさまなまでに態度を変える人だとはいえ、今まで和やかな空気感でしか接してこなかった相手が一瞬で雰囲気を悪い意味でガラッと変えてくるなんて、創作作品でよくある、一般人に擬態している悪党が自分の本性に気付かれたと感づいて「じゃあ今から悪役モードで対応(くちふうじ)するとしよう」と行動を起こす時の展開と完全に一致している。


 ヘーゼルも殺気か何かを感じ取ったのか、先程まで定位置のカウンター上のクッションで寝ていたはずなのに、いつの間にかピクリと耳を動かして聞き耳を立てている。


「探って、何を知りましたか」

「あなたが王都で有名な芸術家さんだってことがわかりました!」


 ルイちゃんは漫画だったら「ふんす!」という擬音がつけられていそうなドヤ顔で答える。


 はい可愛い。可愛いけど気付いていないねこれ。

 彼には知られたくない何かがあって、それを知った相手には、躊躇すること無く物騒な対話をすることも辞さないタイプの人物であるということに。


 ルイちゃん以外の全員がヒリついた空気を感じ、そして――。


「ついにバレてしまいましたか」


 そう答えたペストマスク氏の返答は、今まで通りの「常連さん」であった。

 一応、危険度の目安としてヘーゼルの様子を確認してみたが、くあぁ、と大きな欠伸をして再び寝に入った。

 少なくとも、この場でどうこうするつもりは無い、ということなのだろう。とりあえずは一安心だ。


「芸術家だと知られたら、作品を見たがるものじゃないですか。女性に見せるには少々刺激が強いものも描いているので、今まで秘密にしていたのですよ」

「た、確かに……気にはなるけど……」

「ふふっ……ですが、本当は私から言い出すまで待っていたのでしょう? ルイは私に踏み入れて欲しくない部分があると分かっていても、今まであえて触れないでくれた優しい子ですから」

「ひうぅ……」


 図星だったのか、それとも褒められた事に照れているのか、ラガルティハの背中に額をぐりぐりと押しつけて羽をパタつかせる。


 ルイちゃんがくっついているのが背中側で良かったなラガル。その好きな人に頼られるのは嬉しいけれど、その原因が男関連、しかも恋愛のアレソレなものだから素直に喜べないという滅茶苦茶複雑そうな顔を見られていたら、余計話がこじれるところだったよ。

 私には分かるぞ。そんな様子のラガルティハを見て、彼は仮面越しにだけど最後までマウントたっぷりの見下した視線を向けている事だろう。私は詳しいんだ。


「実を言うと、正体がバレても特に問題は無かったのですよ。ルイも、私がそう考えていると思っていたから、悪戯のつもりで正体を暴いたのでしょう? 可愛い悪戯ですね」

「た、確かにちょっと悪戯心はあったけど、子供の悪戯みたいな言い方、やっぱりからかって――」

「もう子供だと思っていないから、子供扱いをしていないだけですよ」

「ひよぉ……っ!」


 ルイちゃんカウンターに弱すぎん? 恋愛弱者か?


 いやでもそのきらいは正直あった。幼い頃に父親を亡くして、周りのサポートはあれど一人で生きていかねばならない環境にあったんだから、恋愛云々にうつつを抜かしている暇なんてなかったはずだ。人の恋愛事情ならまだしも、自分のこととなったら耐性ゼロか、耐性があってもミリ程度だろう。

 それに前々から、ラブコメ作品の鈍感係主人公レベルの鈍感っぷりも見せていた。


 鈍感な子ほど自身の恋心に気付いた時は奥手でいじらしくなるもんだ。私はそういう女の子のカップリングが大好きです!


「良い機会ですし、王都に来たら、私のアトリエに寄って下さい。大したものは見せられませんがね」

「あ、その事なんですけど、実は諸事情でローズブレイド公爵家の賓客として参加することになったんですよー。いやー申し訳無いですけど、先日のお話は無かったことに……」


 私が横から口を出すと、ペストマスク氏改めリチャード氏がわずかに私に顔を向ける。


 なんか理不尽に「お前余計な事をしやがって」みたいな視線向けられてるんだが。認識阻害使ってても私にはわかるんだからな。

 ルイちゃんに面倒が降りかからないようにするためにやっている事なんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだが?


 ルイちゃんも、目を合わせづらいらしく視線は逸らしているが、ラガルティハの後ろから顔を覗かせて「ごめんなさい……」と小さく謝罪する。


「ああルイ、そんな顔をしないで下さい。私はただ、貴方とパーティーを楽しみたかったのでお誘いしただけなのですから。同じ会場に居るなら話す機会もあるでしょう、気にしなくても良いのですよ」

「でも、せっかく誘ってくれたのに……しかも先に約束していたのに、その約束を破っちゃったし……」

「でしたら代わりに、私の贈ったドレスを着ると約束していただけますか?」

「ドレス、ですか?」


 ルイちゃんはぱちくりと瞬きをして聞き返す。


 パーティーといえば煌びやかなドレス。何事も無ければ、ジュリアと私がああでもないこうでもないと頭を突き合わせて決めることになっていただろう。

 だが。


「ドレスの先約は今のところ無いですよ~」


 反故にしてしまった約束の代案を向こうから出してくれるなら、それに乗るのが礼儀というものだろう。

 ルイちゃんは少し思案するように視線を上に向けて、顔を赤くしたり頭を振ったりした後、小さく「わかり、ました」と答えた。

 その返事を聞いたリチャード氏は、きっと仮面の下で良い笑顔をしてるに違いないだろう。

ご清覧いただきありがとうございました!

昨日更新できなくて申し訳ございませんでした。

季節の変わり目は体調を崩してしまってだめですね……_(┐「ε:)_

まあ主な原因は寝不足なのですが。マイクラ楽しい……ルイの薬屋再現建築するの楽しい……時間が溶ける……。


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