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59 囀りの意味

 ダニエル女公爵の診察、及び突然起こったお茶会を無事に終わらせてから一週間が経った頃。

 私達は平和に、いや、平和であるがかなり騒がしく過ごしていた。

 というのも、行く当てのないラガルティハをうちに住まわせる事になったのだが、ただ飯ぐらいはNGという私の方針により店の仕事を教えることにしたのだ。


 が、これが大変難航しまくった。

 仕事を覚える事自体は、ちょっと物覚えが悪いかな? くらいで気にするほどでもなかった。本人も初めての労働ながらも、ルイちゃんの役に立つからかやる気もあった。算数の知識すらあやふやなため金銭を扱うカウンター作業は出来ないが、それでもやれることは沢山あるし、最初は私も問題無いと思っていた。そう、最初は。

 しかしやる気は空回りするもので、品出しさせれば商品を落として壊すわ、掃除をさせればモップの柄を花瓶にぶつけて落として割るわ、ラッピング作業は細かい作業が苦手らしいのと美的センスが壊滅的だったので、早々に戦力外通告せざるを得なかった。


 まあつまるところ、言いたくはないが「仕事が出来ない」としか言えない成果を見せていた。


 最初の内は頑張っていたラガルティハだったが、失敗ばかりの現実に打ちひしがれてしまい、三日目以降は毎日鼻水まで垂らしてべしょべしょに泣いてばかりになってしまった。

 今日も掃除中にバケツに足を引っかけてひっくり返してしまい、現在進行形で鼻水まで垂らして顔中ぐしゃぐしゃにして後片付けをしている最中である。

 流石に泣きじゃくっている状態でやらせるのは酷だと自分でも思うが、自分でやらかしたことだからね、自分で後始末出来る範囲なら自分でケツを拭かせないとね。

 とはいえ、私とルイちゃんも手伝っているのだが。


「いやまあ、ね? ほら、新入社員なんて仕事が出来ないのが当たり前だから。入社一週間目だったら仕方ないって。そもそも仕事を覚えて出来るようになるのが新人の仕事みたいなもんだから。そう落ち込むなって、な?」

「ひっぐ……えっぐ……」

「仕事増やすんじゃなか、白トカゲ」

「うええええ……!」

「モズ、シャラップ!」


 先日会ったダニエル女公爵から影響を受けたのか、モズはあれからラガルのことを「白トカゲ」と呼ぶようになってしまって、そのせいで余計心を抉っている所はあると思う。

 ただえさえモズは言葉のチョイスが辛辣だからなぁ……。


「ラガルさん、トワさんの言う通りだよ。少しずつ覚えていってくれたらいいから」

「ぶえぇ……!」

「ほらー慰めてもらうのは良いけど手は動か……いやそのまま慰めてもらってていいよありがとう」

「ねえちゃん何に感謝しとるん」

公式(げんじつ)の采配」


 手を動かせと言いかけたが、ルイちゃんが背伸びしてラガルの頭を撫でているのを見たので条件反射で掌を返す。

 だって貴重な推しカプの原液だよ? 堪能しなきゃ損でしょ。


 片付けが終わりかけていたその時、カラン、とドアベルが鳴って客の来店を告げる。

 誰が入って来たのかも確認しないまま、私は条件反射で挨拶をする。


「いらっしゃいませー」

「いらっしゃ……あっ……」


 ルイちゃんも同じく迎えの言葉を言おうとしたが、入って来たお客さんの姿を見た瞬間、その言葉が詰まった。


 客の正体は、常連のペストマスク氏だった。大体月一以上のペースで、冬場は半月に一度は必ず顔を見せるとのルイちゃん談だったが、ここ一ヶ月ちょいくらいは顔を見せていなかった。久し振りのご来店である。


 ラガルティハはワンテンポ遅れたものの、ちゃんと「いらっしゃい……」と言ったが、モズは髪の毛をぶわっと膨らませて即座に部屋の隅に逃げた。

 お前はやんのかステップしてる猫か。というかお前、ペストマスク氏苦手だねぇ。何でだ。


 先日ダニエル女公爵から思い人だの何だのといじられたせいか、ルイちゃんは常連さんをちゃんと見ることが出来ないらしい。

 ルイちゃんに急接近された時のラガルティハのように視線を彷徨わせてあうあうと言葉にならない声を漏らし、頬を朱に染め、しまいには聞いた事の無い「ひよ……!」と小さな悲鳴を上げてラガルティハの後ろに隠れてしまった。


 ちょっと待ってよ何その反応!? 完全に恋する乙女の反応じゃんかよそれ~~~~~!

 しかもその鳴き声聞いたこと無いんだけど!? どういう感情それ!?


 もっと眺めていたいけど、ルイちゃんがこの状態だと接客は出来ないだろうし私が対応するしかない。

 仕方なくルイちゃんから視線を外し、バケツとモップを持ったままだが、画家リチャード・スティーブン疑惑のあるペストマスク氏に向き合った。


「久し振りじゃないですか~。しばらく姿が見えませんでしたけど、何かあったんです?」

「少々仕事が立て込んでおりましてね。しかし……また一人、見慣れない者が増えたようですが」

「新しい従業員なんですよ。今は新人教育中」

「随分と情けない顔つきですね」

「それは否めないっすね~」


 顔つきの特徴としてはラテン系に近いが、元々そこまで顔立ちが良い方ではない上に人生に疲れ切ってやつれた感じが顔に出ている上、さっきまで泣いてたのが丸わかりのやや充血した目に腫れぼったい目元に皮膚が弱いのに鼻をかむ時に強く擦るせいで赤くなった鼻、そして現在進行形でめしょってるヒョロガリのっぽ。しかも珍しく自分より背の高い正体不明の男という相手にビビってしまっているのか、涙は引っ込んだものの怯えた表情をしている。


 うん、端から見ると本当に成人男性とは思えない情けなさだな……。

 だから良い。一生そのままで居てくれて良いんだよラガル。


 ちなみに当の本人はペストマスク氏の発言に傷ついたらしく半泣き状態である。

 打たれ弱すぎん? そういう所好きよ。


「それと……ルイ、どうかしましたか?」

「な、なんでもないです……!」

「なんでもないことは無いでしょう?」

「ひよっ……!」


 ラガルティハの後ろに隠れたルイちゃんを覗き込むようにしてペストマスク氏が話しかけると、また小さく悲鳴を上げる。直視出来ないのかラガルにぴったりとくっついて、背中に顔を埋めてしまった。


 私は見逃さなかったぞラガルティハ。ルイちゃんが背中に顔を埋めてきた瞬間、めっちゃ幸せそうな顔をしていた瞬間をな。ついでにペストマスク氏がそれを見て一瞬固まった所もな。


 ラガルティハは意外にもルイちゃんを庇うように精一杯胸を張り、先程までの怯えた様子はどこへやら、真っ正面からペストマスク氏に向かい合う。


「こっ、こいつをいじめるなよ……!」

「……貴方には話しかけていませんが? 教育がなっていないですね」

「すみませんねぇ、そいつ入社一週間目なんで。後で言って聞かせますね」

「しかし、ルイは本当にどうしたんですか」

「いやね、先日知り合いにあなたの話をしたら、『恋人なん? 付き合うん?』って言われちゃって、それからどうにも意識しちゃうみたいでしてね~」

「おや」

「とっ、トワさぁん!」


 事実をかいつまんで教えると、図星だったルイちゃんがラガルティハの後ろから顔だけ出して、大きな声でこれ以上の発言を制止をかける。とはいえ、どう言い訳しようかは思いつかなかったらしく、私の名を呼んだだけになってしまったようだが。


 かわいいねぇ。恥ずかしいんだねぇ。異性として認識しているのがバレてしまって距離を取られてしまうのも怖いし、だからといって明確に恋愛感情を抱いている訳じゃないから勘違いさせてしまうのも罪悪感が湧いてしまうし、そもそも周りからそう言われてしまうと本当に異性愛的な意味の感情を向けてしまっているんじゃないかと思ってしまいそうになるし、ペストマスク氏との今までの交流が全部自分への好意に思えてしまって嬉しいやら、今まで気付かなかったのが恥ずかしいやらでどうしたらいいか分からなくなっちゃうんだねぇ。

 かわいいねぇ。


「おやおやおや。なるほど、そうでしたか。……ようやくですか」


 ちょっと今この男「ようやく」とか言わなかったか?

 そ う だ よ。


 すごい小声だったから多分ラガルティハの後ろに居るルイちゃんは聞こえなかったと思うけど、聞こえたらしいラガルティハは「何言ってんだこいつ?」みたいな顔をしている。

 多分、ペストマスクの下では満面の笑みを浮かべていることだろう。私には分かるぞ。

ご清覧いただきありがとうございました!

ルイの悲鳴は少し検索すると多少なりは意味がわかるかもしれません。ニコッ。


ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

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