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57 常連さんのショウタイ

「して、褒美に何を欲する」


 ダニエル女公爵は茶菓子のフルーツタルトを素手で掴み、二口ほど食べる。貴族とは思えない行動だがその所作は美しく洗練されており、ジュリアの何か言いたげな表情が見えなければ、むしろそれがマナーであると勘違いしそうだった。


 口が回るのは圧倒的に私の方だが、ここは薬屋の店長という立場であるルイちゃんから話した方が良いだろうと思い、ルイちゃんに発言するように促す。


「先程のゼリオン剤を販売したいと考えているんですけど、ダニエル様に一度ご意見を伺いたいと思って……」

「ほう? 話してみろ」

「ゼリオン剤はその身で体験していただいたように、たった数秒で身体の異常を消してしまうような、素晴らしい治癒力を持っています。ですがこれだけ強力なポーションとなると、私達みたいな個人商店が取り扱うには少々荷が重いなぁ、と……」

「なるほど。だから我がローズブレイド家の手を借りたいと」

「はい」

「約束は約束だ。良い、許そう」

「ありがとうございます!」

「細々とした契約については……いや、今日はやめておくか。そちらも準備はしていないだろう?」

「お気遣い感謝します。でしたら後日、改めて話し合いの機会をいただきたいのですが……」

「日は追って知らせる。セビィ、日程を調整しておけ」

「かしこまりました」


 渋ること無くとんとん拍子に進んだ事に、小さくガッツポーズをする。モズが意味を理解していないなりに私の真似してグッと拳を握り、私とルイちゃんの緊張が解けたのを察したラガルティハはホッと安堵のため息をついた。


「ところでその薬、どの客層に向けて売るつもりだ?」

「富裕層向けにと考えています。原材料に希少な物を多数使いますので、利益を考えるならば、そもそも中流階級でも中々手を出すことが出来ない値段設定になってしまいますから」

「となれば、こちらから多少手を回して宣伝しなければならんだろうな」

「その事についてですが、春に王太子の結婚式に参加する機会に恵まれましたので、その際にこちらでも宣伝をしようかと考えております」


 こちらの計画も伝えておくべきだろう、と思い、私が補足説明をする。


 パーティーという貴族のコネを作る絶好のチャンスを利用しない手は無い。それにはダニエル女公爵も同意見のようで、ふむ、と小さく頷いていた。


「ああ、ハミルトン公爵家の令嬢を正妻に迎えることにしたとかいうアレか。……しかし、何故貴様らが参加の資格を?」

「お店の常連さんに招待されたんです。商人とか、そっちの枠での招待だって言っていましたけど……」

「認識阻害の刻印を使用しているようで細かい外見は不明ですが、目測二メーター越えの身長の男で、マントの膨らみから察するに翼のある種族かと思われます」

「それなら一人心当たりがある。王都の画家に、似たような特徴の者が居た。一代貴族だから、一応は爵位を持っている者だな」


 一応ペストマスク氏の外見を伝えておこうと思って発言したのだが、どうやらダニエル女公爵には心当たりがあるらしい。


 ペストマスク氏、貴族じゃ無いとか言っていたけど、貴族の端くれみたいなもんやんけ!


 この世界的には、一代貴族というのは上流階級と中産階級の中間辺りの地位に当たる。

 爵位を持たない中産階級・労働者階級の人が貴族の目に留まる程の功績を見せた場合、ある程度の貴族権限を有する地位を褒美として与えられるが、その権力は当人しか行使出来ず、その人物が亡くなれば爵位は国に返還されるというシステムだ。ARK TALEに実装されていたキャラクターの中にも一代貴族の音楽家が居て、そのキャラクターのキャラストーリーでそんな感じの説明があった。

 画家ということは、よほど技術があるか、描いた絵が話題になったか、その類いなのだろう。


 しかし月一ペースくらいでしか店に来なかったのは、本拠地が王都にあるからだったのか……。

 いや馬車で十日はかかる距離を月一で通ってるって何? 愛か? 愛故なのか? にしてもこっちに引っ越した方が早くない?


「確か名前は……そう、リチャードと言ったか。スティーブンという家名を与えられていたはずだ」

「リチャード、さん……そっか、そんな名前なんだ……」


 ルイちゃんが小さくそう呟く。その様子はどこか楽しそうで、強いて言うなら、悪戯を計画しているような、そんな表情だった。

 多分、次に来た時に名前を呼んでみよう、とか考えているのだろう。


 は? 可愛いか?

 大丈夫? 悪戯しかけた後はお仕置きされるまでがセットだよ? ペストマスク氏改めリチャード氏にお仕置きされるよ?

 ふぅん、リチャルイお仕置きプレイ……なるほどね? 理解した。


「奴はしょっちゅう行方をくらましていると聞いていたが、たかがヒヨコ一匹に会うために、こんな所まで足繁く通っていたとはな」

「も、もう成人してますし、ヒヨコじゃないです!」

「私から見れば、まだまだ嘴の黄色いヒヨコのままだ。あと百年経ってから口答えするんだな」


 ちょっと待ってダニエル様。その「ヒヨコ」ってロリショタ的な意味で使ってます? 幼女とかそういうニュアンスだったりします?

 分かってるじゃないですか。

 ルイちゃんはひよこ(ロリ)おねえさん、はっきりわかんだね。


 ……そうなると、ダニエル女公爵はひよこ(ロリ)ババアって言い方になるのか……なるほどね? ええやん。


「その画家とっては残念だろうが、そいつの招待状を使うより、我がローズブレイド家の賓客として来る方が都合が良い。次に顔を見せたら断っておけ」

「でも、折角誘ってもらったのに……」

「我がローズブレイド家の名を使うのであれば、貴様自身にも、それ相応の品格というものを求められるものだ。奴も一代貴族とはいえ、多少は貴族と関わり合いがある。理解も示そう。……それとも何だ、その常連というのは、ルイの想い人か何かか?」

「ちゅあ!?」

「ファッ!?」


 ダニエル女公爵の発言に、モズ以外の全員が目を剥いた。何なら今まで微動だにしていなかった執事さんですら一瞬目を丸くしていたし、ジュリアに至っては飲みかけていたお茶を吹き出しそうになって軽く咽せていた。


 ふと、ルイちゃんに好意を寄せているラガルティハが心配になり、彼に視線を向ける。下手したら卒倒しかねんと思ったのだ。


 予想に反して、卒倒はしていなかった。ただし、卒倒「は」だが。


 普段から血色の悪い顔が青を通り越して色が抜け落ち、瞳からは光が消え失せ、呆然とあらぬ方向を見つめたまま、彫像のように固まってしまっていた。

 ああ、こりゃ重症だわ。勝手に「僕が先に好きだったのに」とBSS感を感じているか、むしろNTR感を感じて脳が破壊されてしまったのかもしれない。

 可哀想に……でもそんなラガルティハが解釈に合いすぎて正直興奮しちゃうな……。


 安心しろラガル。鈍感属性持ちのルイちゃんがリチャード氏の好意に気付いているはずがないし、彼とのやり取りから見ても恋愛的な好意は持っていないだろうとカプ推しオタクの私が断言しよう。

 NTRなんて無かったんや!


「おっ、叔母上、ケホッ、い、一体何を言い出すのですか!」

「王族の婚約発表に乗じてプロポーズ、という話は往往にあることだ。うちのセビィもそのクチだしな」

「ちっ、ちちち、ちがっ、そういうのじゃないです! 常連さんとはただのお客さんと店員ってだけで! そもそもプロポーズって、普通は男の人からするものですし!」

「プロポーズは男からなんて、考えが古いな。それに昔リオから聞いたが、初恋の相手には貴様から風切り羽を渡したらしいじゃないか」

「それって十年も前の話じゃないですか! 子供の時の話ですよぉ!」

「ちょっと待って下さいその話詳しく」

「トワさんも食いつかないで!」

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