53 いつまでもこんな日だけを続けたい
しばらく他愛のない話をジュリアとしていると、不意に、玄関の方から物音がする事に気が付いた。本日の主役であるルイちゃんと、彼女と一緒に出かけていたラガルティハが帰ってきたのだ。
リビングの扉が開くと、予想通り二人が姿を現した。
「お、帰ってきた。ルイちゃんおかえりー」
「ただいま。あれ? ジュリアちゃん、もう来てたんだ」
「少し早めに切り上げてきたんだ。少し遅くなったが、誕生日おめでとう、ルイ」
「えへへ、ありがとう!」
二人は直接会えない間もちょくちょく手紙でやり取りしていたようだが、こうして顔を合わせて日常的な会話を交わすのは久し振りなので、二人共嬉しそうだ。
顔を合わせたのは先日振りなので左程久しくもないが、先日は説教で終わりだったし、ちゃんと話すのは久し振りと言って良い。
しばらく二人で会話させてあげようと思った私は、腰にひっついたままのモズを引きずって、リビングの扉の所で突っ立ったままのラガルに廊下に出るように促して一緒に出た。
ラガルティハは目に見えて肩を落とし、しかし私に促されるまま、トボトボと重い足取りで着いて来た。
お前は表情が大袈裟で感情が分かりやすい大型犬か。
「ラガルもおかえり。……おいおい、そうしょんぼりしなさんな。折角久し振りに友好を深めているんだ、ちょっとぐらい我慢してやれって」
しょぼくれてしまったラガルティハを慰めていたのだが、ふと彼が大事そうに掌大の小さなケースを両手で握っている事に気が付く。
出かける前には確実に持っていなかったものだ。外装は真っ黒で一切の装飾が無く、何が入っているのかいまいちイメージ出来なかった。
「何持ってんの?」
「あ……う、えっと、その……」
「あーもしかしてアレか? 誕プレか? ラッピングしてもらわなかったの?」
私の言葉を聞いて、ラガルティハははっとしたように目を丸くする。
今気付いたんかい。いや、でも成人済みショタだしな……そこまで気が回らなくてもおかしくはないか。
「ちょっと見ていい? どんなの選んだか気になる」
ラガルティハは数秒迷った後、少し嫌そうにだが、ケースを開いて中身を見せてくれた。
中に入っていたのは、ほんのりピンクがかった金色のプレートに白い花の装飾がされていて、それを着色した革製の帯で繋げたブレスレットだった。
土産物屋でよく見かける金ピカの剣みたいなデザインのアクセサリーを小学生のようなキラキラした目で見ていたラガルティハが選んだとは思えない、上品だが普段使いしやすく、そしてルイちゃんに似合いそうなデザインだ。
「あら~良いデザインのブレスレットじゃない。どこで見つけたの、コレ」
「なんか……怪しい店……」
「なんじゃそりゃ。……あー、もしかして旅商人の露店かな。この時期は珍しいけど、たまに出るんだよね。でもそういう店って結構ぼったくりが多いイメージあったけど、よく予算内に収まったね?」
「そ、素材を持ってくれば、安くするって言われて……」
「へぇー。で、何の素材で作ってもらったの?」
「ウロコ……」
「鱗? ああ、この花の部分がそうなのか。ちなみに何の鱗?」
「僕の……」
「いや重くね?」
確かブレスレットをプレゼントするっていうのは、束縛や永遠を意味することで、その度合いはブレスレットの太さで決まるとどこかで見た事がある気がする。更に言えば、輪になっているものは永遠や独占を意味するとか何とか。
輪になっているアクセサリーの中で特に独占欲が強いイメージのあるブレスレットで、しかもプレート部分のせいでそこそこ太さがあるタイプ。極めつけに装飾部位は自分の鱗。
独占欲の塊か?
「……鱗って言っても、魚の鱗みたいにベリッと剥がれるタイプじゃなくて、蛇とかワニみたいなタイプで剥がれないじゃん。尻尾にも剥がした形跡ないし……どこの鱗?」
「ここのやつなら、痛いけど取れるから……」
そう言ってラガルが指差したのは、顎の下の部分。少し顎を上げて、その鱗がついていただろう顎と首の境目辺りを見せてくれた。身長差があるとはいえ、ラガルティハは普段から猫背で俯いていることが多いので普段は見えない部分だ。
そこには指の関節一つ分くらいの長さの、真一文字の傷があった。ぱっと見だと馬鹿でかいあかぎれのように見えて正直痛々しい。
……待って? 顎の下の鱗って、要するにドラゴンの逆鱗じゃね?
鱗をアクセサリーに加工するというのは、人間で例えるなら、自分の髪を紐に加工して作ったアクセサリーみたいなものだ。それも、鱗は鱗でも逆鱗だ。
重いというか怖いわ! ヤンデレか厄介ストーカーの部類がやりそうな手だよ!
そこまでの知識を持っている訳じゃないだろうから狙ってやってるわけじゃないってのはわかるけど、こんだけ要素ぶちかまされたら完全にそういう意味に見えてしまって仕方がない。
ここだけ重力ブラックホールになってる。
「出会って一ヶ月も経ってない相手に渡すような激重感情じゃねえよコレ」
「ダメなのか!?」
思わず本音が漏れてしまい、ラガルティハが鳴き出しそうな顔で悲鳴のような声を上げる。
「いや駄目という訳じゃないけどさぁ……バレるとドン引きされる可能性がめっちゃ高いと思うから絶対言うなよ」
「わ、わかった」
創作ならそういうネタ好きだよ? ドラゴンが好きな人のために自分の鱗でアクセサリー作って身につけさせるっていうの、愛の重さと独占力を感じられて好きよ?
二次元の感情と愛はなんぼ重くったって良いですからね。むしろ重ければ重いほど良いまである。
でもそれは二次元だから許されるのであって、現実ではNGでしょ。重すぎ。
ここがファンタジー世界で良かった。ファンタジー世界だからこそまだ許されてるかもしれない。
鳥人種だってプロポーズする時は、自分の風切羽を渡すんだってルイちゃんから聞いたし、竜人種にもそういう風習があるのかもしれない。知らんけど。
いやだとしても重いわ! プロポーズの時点で重すぎるわ!
「ところで参考までに聞きたいんだけど、ルイちゃんの事どう思ってんのさ」
「前にも聞いただろ、それ!」
「いや『好き』としか聞いてないし。具体的にどういった意味で好きなのかなーって。愛にも種類があるからさ。家族愛とか、友愛とか、それこそ異性愛とか」
「いせーあい」
「セッ……いやこの表現は子供の前でよろしくないな。夫婦になりたいかどうかよ。妻と夫。番。そういうやつ」
「つがっ……!?」
「てかこのブレスレット見るに、私としてはそっち方面の感情だと思ってたんだけど、実際の所どうなん?」
「そっ、そっ、そんなんじゃない! あいつは、そんな、そういうんじゃなくて……母さんみたいに優しいなって……」
「それはそれでマザコン気質で色々と問題がありそうだし、そうだとしてもこれは母親に渡すようなレベルの感情プレゼントじゃねえよ」
「で、でも母さんとは違うから……!」
「そらそうよ」
察するに、母性の他に色々な感情がごっちゃになってカオスな状態の「好き」になっているのだろうなと思う。
例えば、命を助けてもらったという事実から、神聖視していたり。今まで母親にしか与えられていなかった「優しさ」という麻薬にも匹敵する蜜を注いでくれるという理由から依存していたり。純粋に男として異性愛を抱いていたり。
うーん、純粋とは程遠い。だがそれが良い。新鮮な原液のラガルイが脳にキくぅ~! ニヤケ顔を隠すのが大変すぎる。
今は現実とはいえ、ここは私にとっては物語の世界。
何度だって言うけれど、二次元の感情と愛はなんぼ重くったって良いですからね。
さっきと言っていることが違うかもしれないが、現実の推しカプの前なら掌ドリルかますよ。
カプ推しオタクっていうものは、都合の良いものを都合良く解釈するのに長けた生物なんだよ。
「で、いつ渡すの」
「えっ」
「というか家に帰ってくるまでの間に渡しちゃってても良かったんじゃね?」
「だ……だって……恥ずかしくて……」
「バッカ、男は度胸! 何でも試してみるモンだって有名な人が言ってたぞ! 今から誕生日パーティーのついでに遅めの昼ご飯にするし、そん時にジュリアもプレゼント渡すって言ってたから! そのタイミングで一緒に渡せば大丈夫だって!」
「でも……僕なんかが選んだものを、喜んでもらえるなんて……」
ラガルティハが持ち前のネガティブ思考からか、そんな事を言う。
が、その言葉は私の地雷に抵触した。
「はぁ? ルイちゃんが自分のために考えて選んでくれたものを喜ばないとでも? そんな薄情なことをする子だとでも言いたいんか? オォン?」
「羽無しの僕にだって優しくしてくれるあいつがそんなことするわけないだろ!」
「だよなぁ、そんなルイちゃんは解釈違いだよなぁ!?」
――後に冷静になってから思ったことだが。
ルイちゃん過激派じみた問答をした私もそうだが、ここで即答したラガルティハも、相当ルイちゃんに沼っているなと確信した。
「だったらさ、喜んでくれる事を自信持って信じとけって。な? 喜んでくれるか不安になるのも分かるけどさ」
「……うん……」
リビングからルイちゃんが呼ぶ声がする。丁度良い頃合いだと思った私は、後生大事にブレスレットの入ったケースを握りしめているラガルティハを連れてリビングに戻る。
その後、誕生日パーティーはつつがなく行われた。張り切って準備した料理を美味しいと言って食べてくれて、ジュリアとラガルティハからプレゼントをもらって喜んでいた。
何となく久し振りに感じる、けれども少し特別な日常に、ルイちゃんは幸せそうに笑顔を浮かべていた。
――これは余談だが、バースデーカードと共に差出人不明の羽飾りが届いた。
ルイちゃん曰く、カードの筆跡的に常連さんだと思うと言っていたのだが、先日聞いた鳥人種のプロポーズ方法が脳裏に過り、更にそれがゲーム内グラフィックのルイちゃんが帽子に付けていたものだと気付いてしまったのも相まって酷く動揺してしまったのだが、それはまた別の話。
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