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52 愚痴は人に聞いてもらうに限る

「私はドレスが好きだ」


 シャッシャッ、ベリバリ、という音をバックBGMに、ジュリアは語り始める。私はそれを聞きながら、黙々と目の前の作業をこなしていく。


「女性の美しさを最大限に発揮する洗練されたデザインは素晴らしいものだと思う。――だが、自分が着るとなると、話は別だ」


 ジュリアの膝の上で、撫でられるというよりは揉みくちゃにされているヘーゼルが、ンプゥ……と不満気な声を漏らす。良いから撫でられてろ、と視線で訴えると、やり場のない不満を表すかのように尻尾を忙しなく動かして気を紛らわすことにしたようだった。


「あれは動きづらい。普段から着ている人の気が知れない。どうやったら何かに引っかけたり、裾を踏まずに歩けるようになるんだ? 私には分からない。一切の動きやすさを考慮していないあれでは、有事の際に咄嗟に動くことが出来ないではないか。ヒール靴もそうだ。あんな踵が高くて細い靴、歩き辛い上に少し歩いただけで靴擦れするし、見た目だけは良いが実用性は酷いものじゃないか。私は令嬢ではあるが、騎士でもある。騎士がいざという時に動けなかったら意味が無いではないか! もそも私は身長も肩幅もあるから、愛らしさや美しさを全面に押し出すドレスは似合わないんだ! 逆に相手に威圧感を与えてしまう!」

「わかるよー」


 作業を続けながらも相槌を打つ。

 珍しく愚痴を垂れ流し続けるジュリアは、ここしばらく貴族としての社交や交渉等の仕事をすることが多かったせいで、相当のストレスがたまっているようだった。


 格好良くて完璧そうに見えるジュリアでも苦手なことがあって、茶をしばきながら誰かに愚痴を聞いてもらわないとやってられないタイプだったのが少し意外だが、この時だけは年相応の女の子に見えて、年のいったオバサンとしては微笑ましい限りだ。

 それに、自分も口を利いてもらう相手に選んでもらえるくらいには信用されているんだなぁ、と内心嬉しく思う。


「でもジュリア様は顔が良いし、高身長だからこそ似合うドレスもあると思いますけどねぇ。それに肩の肌面積が広いタイプのなら、肩幅あった方が映えますし」

「そういうデザインのものはパーティーなんかに着ていくやつで、普段から着るものではない!」

「じゃあ割り切って騎士の礼服で行きゃあいいんじゃないっすかね」

「令嬢としてそれは駄目だ……あくまで令嬢として行かなければいけないんだ……」

「難しい問題っすねー。……てかジュリア様の叔母上みたいに、パンツスタイルの服でも着たらええんとちゃいます?」

「無理だ……アレは叔母上だから許されているのであって、そうじゃなかったら常識知らずか変わり者だ」


 ジュリアの叔母であるダニエル・ローズブレイド女公爵は、顔と体型だけ見れば見目麗しい可憐な少女だが、普段から男装に近い服装を好んで着用する変わり者だ。要するに、男装の合法ロリババアである。


 見た目も然る事ながら、彼女の中身も有名だ。

 日本人からすれば「妖精」と言えばファンシーで愛らしいイメージがあるが、彼女の性格は、妖精の本場イギリスにおける妖精に近い。

 横暴で自己中心的、そして無邪気に悪意を以て人を振り回すが、気に入った者には贔屓する。そういう性格だ。

 だからメスガキババアって言われるんだよなぁ……。


「私もズボン履いてますけど」

「君は飛花人だからな。向こうではそういう文化なのだろうし、それに冒険者には動きやすさを重視してズボンを履いている女性だって……まあ、少数ではあるが、それでも居るだろう? だが品格を重んじる貴族はな……ハァ、王都では最近足を出すデザインが流行っているって言っても、それはスカート部分を短くするという話で、女性がズボンを履くなんて……」

「そういうジェンダー問題を何とかするために、あなたの叔母上はポリコレみたいな活動してるんですよね? これも時代の流れによって生まれた多様性だと思ったら良いんですよ」

「ぽりこれ?」


 ジュリアの反応的に、どうやらこの世界にはポリコレという言葉が無いらしい。

 この世界では割と男女差別が激しい所があると思っていたので、特に意外だとは思わなかった。


「ポリティカル・コレクトネス。要は『差別的な表現を無くそう』っていう考え方です。まー差別を無くそうったって、個人的にはどだい無理な話だと思いますけどねー。完全な差別の無い世界とかあり得んでしょ。だって、男性を男性として、女性を女性として表現するだけで、ポリコレ活動している人が『ポリコレに反している!』って糾弾して間違っているものだと決めつけてくるんですよ? なーにが『あらゆる人を尊重する考え方』だよ。お前のその考え方が差別そのものだし、あらゆる人を尊重するって考え方に反しているじゃねーか、って言いたくなりますわ」


 最近の創作物はポリコレに配慮しすぎて面白くないと思う。ポリコレに配慮しすぎて設定を改変したり、無理矢理にLGBTQ等のポリコレ要素を詰め込んだ結果、作品本来の面白さを損なってしまっているのだ。これは特に洋画や海外製ゲームで顕著な問題となっている。


 何より許せないのは、ポリコレのせいで表現の自由が奪われるという事だ。

 色白の美男美女をメインキャラにしたらポリコレ配慮に欠けていると声高々に批判され、配慮したらしたでポリコレに屈して面白くないと言われる。挙げ句の果てにはアニメや漫画のキャラクターをブラックウォッシュ――キャラクターを黒人化させて「これが正しい姿だ」と宣う行動――をしてくるのだ。

 勘弁して欲しい。切実に。贔屓も差別の一種やぞ。

 そんなに逆ルッキズム至上主義の黒人ホモレズ物語が見たいなら、既製品を乗っ取るんじゃなくて一次創作(じぶん)で書けや。


 創作する者からしてみれば、嫌なら見るな、強要するな、好きに創作させろやコノヤロウ、と声を大にして言いたい。地雷カプ書きにお気持ちメッセージを送ったり、捨て垢で攻撃してくるスルースキルの無いオタクに対する感情と同じである。


 見ない権利を云々だの、自衛してても不意の被弾が云々と言ってくる奴も居るだろうが、そんなもん自衛しない方が悪い。

 この世は弱肉強食。自分で自分を守れない奴から死んでいく。

 とはいえ不意の被弾はご愁傷様としか言い様がない。そういうこともあるさ。

 だからこそスルースキルを身につける必要があるんだよ。差別としての透明化ではなくて、後からどう思おうが構わないがとりあえずその場では「まあそういう人・意見もあるよね」と受け流すスキルだ。


「あ、誤解しないで欲しいですけど、これは私の住んでた所では『あらゆる人を』っていう本質を見失って形だけの概念になってたり、イチャモン付けて他人を攻撃したいだけの行き過ぎた過激派ポリコレ活動家が居るってだけの話で、考え方自体は間違ってないんで。女の子がズボン履いたっていいじゃない。格好良いじゃん」

「格好良い……」

「女の子が格好良くって何が悪いんです? 良いじゃん格好良い女。私好きだよ」


 ルイちゃんを推しているのでリアルだと結構勘違いされていたが、私は格好良いタイプの女性キャラだって好きだし、何ならタッパもケツも太股もデカい女って良いじゃない、というタイプだ。

 ルイちゃんのように細身で薄い体つきで成長の余地を感じる少女性を残した女体だって美しいし、ジュリアのような筋肉のついた女体だって逞しくて好きだし、デカパイデカケツデカ太股の性の暴力で押し潰されたい時だってある。


 皆違って皆良い。それが私の基本スタンスだ。


「……フフッ、そうだった。格好良くったっていいんだったな」


 私の言葉に何かを思い出したのか、ジュリアはどこか懐かしそうにはにかんで呟く。

 もみくちゃにしていたヘーゼルをようやく解放し、すっかり冷めてしまったお茶を一口飲んで、一息つく。ヘーゼルは解放された瞬間にキッチンまで逃げてきて、一度伸びをした後、ブルルッと体を震わせて毛繕いを始めた。


「昔、ルイにも同じような事を言われた事があるんだ。ズボンを履いて剣を握った私もきっと素敵で、そんな私も好きだ、とね」

「ン゛ッ」

「ルイがそう言ってくれたから、私は周囲から白い目で見られても、誰に何といわれようとも、騎士として頑張って来られたんだ」

「ッスゥーーーーー……」


 ちょっと突然推しカップリング要素出さないでいただけます? 急性尊死(とうとし)するが?


 ジュリアの話しぶりからして、多分ジュリアが騎士を目指す前の話、それも、目指すきっかけとなった両親の死を迎えて少し経ったくらいの話だろう。

 ルイちゃんもその事件で父親を亡くして心の余裕が無かっただろうに、ジュリアにそんな言葉をかけてあげられるとは、流石ルイちゃんと言うべきか。


 聖母か? ツツミユイカよりよっぽど聖女ムーヴしてるくね?

 アルバーテル教会はルイちゃんに聖女の称号を授けろ。いややっぱいいや。ルイちゃんはどこにでも居る町娘だから良いんだよ。


「今度公務に出る時は、叔母上のような格好でもしてみようか。……実を言うとな、小さい頃から叔母上の格好に憧れていたんだ。叔母上のように格好良さと愛らしさを両立させることは出来ないが、私でも格好良く、そして美しくはなれるんじゃないかと思うんだ」

「エッ既にそうなのに? これ以上かっこよさと美しさを磨いてどうするんです? 国でも傾けるんです?」

「……あははっ! そうか、君から見たら、私はそう見えるのか! 嬉しいことを言ってくれるな!」


 珍しく大きな声で笑い、いつもの凛とした表情を崩し破顔する。

 初めて見た年相応の笑顔に、思わず終わりかけていた作業の手が止まった。


 エッ何? ジュリアってこんな可愛い顔できんの!?

 いつもクールに、格好良いか美しいと表現するべき笑い方をしていたのに、急にこんなおてんば少女みたいな笑顔を見せられたら……ギャップで堕ちちゃう……!


 顔の良さを自覚しろジュリア。今の笑顔でこの街一つ分の人口を軽く一目惚れさせられるぞ。


「……話をしてて気付いたんだが、そういえばルイはどこに居るんだ? 姿が見えないが」

「肉屋の奥さんがまーた腰やっちゃったんで、湿布と薬届けに行ってます。ついでにラガルも着いて行ったみたいですね。何でも久々の竜肉の解体でテンション上がって、解体中にうっかりデカい塊を持ち上げたら、ビキッと逝ったらしくて」

「ああ、ランプ夫人か。彼女もあまり若くないのだし、無理しないで欲しいが……」

「息子さんが『俺は肉屋で収まる器じゃねえ! もっとビッグな存在になる!』なんて言い出して家出しちゃってから帰ってこないって聞きましたし、他にお子さんも居ないから、暫くは腰の爆弾を気にしながら過ごすことになるんじゃないですかねぇ」

「早く帰ってきて欲しいものだな。……ところで君は、さっきから何をやっているんだ?」

「肉磨き。今話してた、肉屋の奥さんの腰を壊した竜肉をね、肉磨きはこっちでやるからってことで塊肉をお安く買ってきたんですよ。いや~せっかくのルイちゃんの誕生日パーティーだから大奮発しちゃいました」

「いや、それもそうなんだが、そうじゃなくてだな……少年、どうしてずっとトワにしがみついているんだ?」

「ああ、なんか最近ずっとこうなんで気にしないで下さい」

「そ、そうか……」

ご清覧いただきありがとうございました!

肉磨きで取り除いた脂は良い感じの大きさに切って保存、筋や薄皮は勿体ないので切れっ端と一緒に叩いて肉団子にして主人公のお夜食となります。


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