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51 夜鷹、宙族、そして聖女

今回は三人称視点、且つ聖女サイドの話です。

 繊月の浮かぶ暗い夜の日。鳥人種の男が、闇に紛れるように空を飛んでいた。

 しばらくすると、目的地へと到着する。彼はばさりと翼を羽ばたかせ、雇い主たる聖女の居る屋敷へと降り立った。

 聖女の部屋のバルコニーに降り立ったが、部屋に人が居る気配は無い。

 こんな夜中だというのに、女性一人で何処に行ったのだろうか。短くない付き合いの中で彼女の性格を理解していたヨダカは、気にするわけでもなく、不用心にも鍵のかかっていない掃き出し窓を慣れた手つきで開け、中に入った。


 彼は暗殺者という身でありながら、聖女の権限により、この屋敷内では自由に行動することが許されている。真正面の玄関から来たとしても、何の検査も無しに客人と同じように迎え入れられるのだが、ヨダカ本人はそれを良しとしない。闇に紛れ、静寂に身を潜める暗殺者という職業柄、正体が明るみに出る機会は極力減らしたいのと、これまでの生活スタイルを簡単に変えることが出来ないからだ。

 それを理解していないのか、それとも理解しようともしていないのか、聖女は隙あらば彼を表舞台へと引きずり出そうとしているのだが。


 しばらく待っても、聖女は戻ってくる様子が無い。だが、廊下に気配を感じたヨダカは、ほぼ条件反射で音も無く物陰へと身を潜めた。


 扉の向こうの人物は、無遠慮にノックも無く扉を開ける。

 入って来たのは部屋の主では無かったが、聖女のお気に入りであった。


 文字通り見上げる程の長身に、羽毛に包まれた、第二の腕とも言える見た目をした禍々しい翼腕。

 普段は認識阻害の仮面を付けて鳥人種と種族を偽り活動し、その行動の結果、芸術家として功績を認められて一代貴族の地位を与えられた男。


 ――聖女はその宙族を、ウォルターと呼んでいた。


 ウォルターはぐるりと部屋を見回すと、気配を消していたはずのヨダカにめざとく気づき、嫌そうな顔を隠しもせずに舌打ちをした。


「おや。聖女かと思ったら、貴方でしたか」


 彼は利害の一致から、聖女と協力体制を組んだとヨダカは聞いている。身を隠す必要性が無くなったヨダカは、内心ため息をつきながらも姿を現した。


「ネズミの正体は分かりましたか?」


 その問いは、ヨダカに与えられた任務についてのことだ。

 聖女は異世界から来たと言っているが、同胞であるはずの同じ異世界人を酷く警戒している。聖女について探りを入れられた時に、自分のことを調べているとしたら同じ異世界人の可能性が高いからと、抹殺を命じていた。

 とはいえ、直接的に「殺せ」と命じた訳ではなく、実際はその辺りのニュアンスをぼかしてヨダカに頼んできたのだが――暗殺者に依頼するということは、つまりそういうことだとヨダカは認識しているし、そう行動している。


「飛花人に近い外見の女と、黒髪の少年、それに人語を話すキャラット。聖女の言っていた『異世界人』だ。少なくとも、女の方は」

「ほう。それで?」

「撤退してきた」

「撤退! 猛禽ではない紛い物には、女子供と獣一匹を始末することすら難しかったと」

「奴は俺の正体が分かった瞬間、対話を申し出てきた。こちらが手を出さない限りは温厚なやり方で接触してくると判断した。聖女と同郷なら、協力体制を申し出てくる可能性もある」

「甘いですねぇ」


 ウォルターは酷くつまらなさそうに吐き捨てる。彼に取っては、この結果は不服だったようだ。


 彼の残虐性は、彼の創作物に如実に投影されている。

 一般的には穏やかで優しい画風で描かれる少女の絵画で有名だが、もう一つ、別の意味で有名になっている。

 死体の絵を描くのだ。それもただの死体ではなく、どれも凄惨でリアル、そしてグロテスクなものばかり。あまりに両極端な作品傾向故に、巷では二重人格なのではないかと言われている程だ。


 彼の本性は後者である。いくら人族に近い外見をしていても、趣味感覚で人々を弄び、趣味感覚で殺人を行う。

 宙族である彼にとって人族とは、ただの生きた玩具と一緒なのだ。


 本能的に群れやペアでの生活を重要視する鳥人種であるヨダカにとって、そんなウォルターは一生理解が出来ない相手だし、相容れない存在だ。


 だが、一番理解出来ないのは――。


「あーっ! ヨダカ、帰ってきてたんだぁ!」


 唐突に、冷え切って緊迫した雰囲気をぶち壊す女の声が響く。

 この部屋の主である、聖女が帰ってきたのだ。


 聖女はウォルターとヨダカの間に立つと、何が楽しいのか、ニマニマと笑みを浮かべ、わざとらしいボディーランゲージを交えて話し始めた。


「おかーえりっ♡ ウォルターと何話してたの? もしかして……二人だけの秘密のか・い・わ?」

「そのような邪推は止めていただけませんか? 私は男には興味が無いんですよ、気色悪い」

「とは言いつつー?」

「くどいですよ」

「うそうそ、ジョーダンだよ! だってウォルターは、れいちーの運命だもんねー♡ あ、でもぉ、私と遊んでくれたって良いんだけどぉー……?」

「遊ぶとしても、貴方のような兎以下の尻軽は趣味ありませんね。それに私は、妻に操を立てています。私の運命の番は、妻一人ですよ」

「きゃあ、冷たい視線ー! でもそんなドSで鬼畜な所も好きぃ~♡」


 心底軽蔑した視線を向けられても、聖女は一切気にしていない様子で甲高く黄色い猫なで声で返す。

 どんどんウォルターの機嫌が下がっていっているのが分かっていないのだろうか。絶対零度の視線を受けて尚キャピキャピとはしゃいでいるのだから、きっと分かっていないのだろう。


 だが次の瞬間、つい今さっきまで楽しそうな様子だったというのに、一瞬でコロリと表情を憎悪に染め、噛みつかんばかりの勢いでウォルターに詰め寄った。


「でもウォルターが既婚者設定とか、ホンットあり得ない! その妻とかいう奴も、どうせれいちーよりブスなんだから、さっさと別れてよ!」

「おや、私の妻を見た事があるのですか?」

「見た事なんて無いけど、私には分かるのよ! だってれいちーより可愛い女なんて居ないし! だかられいちーと早く結婚して?」

「はっはっは、ご冗談を。この私に、発情した獣に成り果て、あの油臭い女技師の種馬になる屈辱を受けろと?」

「人聞きの悪い事言わないでよ! 私は世界を正しい方向に導いているだけなんだから!」


 聖女は片手を胸に手を添え、もう片方の腕を広げて朗々と語る。


「ウォルレイは公式だし、れいちー総受けが公式なの! れいちー総受けが正義で、それ以外の男女カプはカスって決まっていて、それがこの世界の真理で正義なんだから! 誰よりも原作を理解してて、原作を愛している原作厨の私が言うんだから、そうなの! そもそもウォルターの既婚者設定も、この世界が勝手にそうしているだけだから公式設定じゃないし! 例え公式設定だったとしても、公式がキモオタに媚びて勝手に改変してそう言っているだけで、元々の設定はれいちーの運命だってことはれいちーアンチとヤク中ブス鳥信者以外はみんな知っている事だから!」


 先程までは憎悪に顔を歪め、次に自信満々のドヤ顔をしたと思ったら、今度は嫌悪の表情に変わる。

 嫌な意味で表情豊かだ、と今更ながらにヨダカは心の中で思った。


「ところで、いつになったらあの良い子ちゃんぶってる地雷女を始末してくれるの? あのキモいヤク中が生きているってだけでイライラするんだけど!」

「――異世界人。私はあくまで、利害の一致があるから一時的に協力しているだけで、貴様の手駒になったつもりは無い」


 ここでようやくと言うべきか、むしろここまでよく保ったと言うべきか、堪忍袋の緒が切れてしまったウォルターが目を細め、ワントーン低い声で聖女を威圧する。普段の紳士ぶった口調は消えていた。


 スペルが得意ではないヨダカでも分かる程にウォルターは高密度の魔力を練り上げており、その影響で彼の足下にはうっすらと霜が降り、金色の瞳が薄く輝いている。

 暗に「次に喋ったら問答無用で殺す」と言っているのだ。人族の能力を軽く超える宙族であるウォルターならば人外レベルの力を持つ聖女相手でもそれが出来るかもしれないし、彼自身がそう出来ると思っているからこそ、そう脅しているのだ。


「ああそうだ、元々その事で話があって来たんだったか……。私は私のやり方でやらせてもらう。指図するな、小娘」


 そうウォルターは吐き捨てて、聖女の制止を振り切って行ってしまった。

 流石の聖女も彼の迫力にたじろいだのか、引き留めるのはワンテンポ遅れてしまっていた。


 ウォルターが引き返してこないと分かると、地団駄を踏んで「何よ! 指図じゃなくてお願いなのに!」と激昂する。しかし三秒もしないうちに「でも怒っているウォルターもかっこい~♡」と甘ったるい声で呟いた。


 そしてその甘ったるい声のまま、彼女はヨダカの腕に絡みつくようにすり寄り、平均より豊満な乳房を腕に押し当てる。


「ねえヨダカぁ、ウォルターに虐められて傷ついた私を慰めて~? 私、ヨダカが居なかった間、すっごく寂しかったんだからね? それに、れいちーも寂しがってたよぉ?」

「……それは次の命令か?」

「命令じゃなくっても、私とれいちーを愛したくて仕方がないくせに」


 ぐ、と拳を握り、ヨダカは口を噤む。


 彼に取って聖女という存在は、好印象より悪印象の方が強い。そのはずなのだ。

 だというのに、ヨダカは愛情に似た奇妙な感情を彼女に抱いている。まるで、彼女に抱いている感情を無理矢理ねじ曲げられて、無理矢理好意に変換されているような、そんな異常な感情を。


 ヨダカは暗殺者という職業柄、精神抵抗を高めるための「教育」を受けてきた。だからこそこの違和感に気付いているが、周囲の人間の殆どはそれに気付かず、彼女を盲信している。


 そして、例えこの異常な感情に気付けても、抵抗出来るかどうかは別である。

 頭の冷静な部分が霧がかってぼんやりした意識の中、聖女の導くままに体が動き――。


「ユイカ様。そろそろおやすみになられてはいかがです?」


 気配も無く、いつの間にか傍に立っていた彼女の世話役に声に、ヨダカははっと意識を取り戻した。


 緩くウェーブがかかった黒髪を一つにまとめて、黒褐色の肌と金色の瞳をしている美しい男は、そのかんばせに微笑みを浮かべている。

 見目麗しい男に微笑まれて満更でもない聖女は、少し残念そうな素振りを見せたが、激昂することは無かった。 


「え~? せっかく久々にヨダカと良い事しようと思ってたのに~」

「彼は長旅から帰ってきたばかりですし、少し休ませましょう。彼からの報告は私が聞いておきます」

「うーん、それもそっか。じゃあそうしよっと」


 感情の起伏が激しいとはいえ、悪い気分ではない時に顔の良い男に説得された聖女は、珍しく素直に聞き分けた。


 彼女の気が変わらないうちに、とヨダカは彼女を振り払って部屋を出ようとする。前に聖女が何か声をかけていたが、彼は振り返ることも無く足早に部屋を後にした。

 聖女は終ぞ、ヨダカの怪我に気付く事は無かった。

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