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50 毒を以て毒を制す

 あの後、帰りに騎士団に事の顛末を説明した所、私達は夜まで拘束されて根掘り葉掘り事情徴収を受ける羽目になり、ルイちゃんの誕生日パーティーは延期となってしまった。

 途中、貴族の仕事の方で最近忙しくてめっきり会う機会が減っていたジュリアが連絡を受けてすっ飛んできて、懇々と説教をされるわ、ノルトラインさんにはストーキング宣言されるわ、今日はルイちゃんの誕生日だったというのに散々な一日になってしまった。


 当然ルイちゃんには謝り倒した。本当だったら沢山祝われて、基本的には一年で一番幸せな気分になれる日だったはずなのに……。彼女がいくら寛容とはいえ、少しだけ残念そうな表情を見せたのを私は見逃さなかったぞ。

 罪悪感が半端ない。が、私が落ち込んでいると逆にルイちゃんに気を遣わせてしまうので、それなりに落ち込みつつ、且つ割り切っている風に振る舞った。

 社会人もそれなりに長くやっているからね、TPOを弁えた振る舞いは身についている。


 しかし、それより厄介な事が起こるとは、モズが目を覚ますまでは思わなかった。


「モズ」

「……」

「モズ、いい加減機嫌直しなさい」

「……」


 モズは肉体的には掠り傷やちょっとした打撲程度で、自然治癒に任せても何の問題も無かったのだが、どうやら意外にもメンタルの方は結構な重症のようだった。珍しくムスッとした顔で私の腰に抱きついて、離れなくなってしまった。


 立てばだいしゅき座ればコアラ、歩く時には引きずられ、といった状態である。動きにくいったらありゃしない。


「なーにをそんなに不貞腐れてるかね……」

「多分、トワさんを守り切れなかったのが悔しかったんじゃないかな」

「そうかもしれないけど、せめてその不機嫌を隠す努力をしなさい」

「モズ君はまだ子供だから仕方ないよ」


 余程山歩きが堪えたらしく、帰ってきたら倒れるようにソファーに横になって寝落ちてしまったラガルティハにタオルケットをかけてやりながら、ルイちゃんが私の疑問に答える。


 モズの無関心は私以外のほぼ全てで、その中には自分も含まれる。だから自分の気持ちすら口に出さないし、無表情も相まって何を考えているのか分からない。初めて見る行動パターンに、何かしらの不満か何かを感じている事だけは分かる程度だ。

 どうしたら機嫌が直るのか分からないので、仕方なく、抱きつかれたまま満足するまで放置することにした。


「そういや、さっきはちゃんと礼を言えてなかったっけ。助けてくれてありがとうね、ルイちゃん」

「ううん、トワさんとモズ君が無事で良かった」

「ホントよ、命の恩人だよ」


 ルイちゃんは一度私達を見て、数秒考えてから、ラガルが寝ているソファーの、比較的空いている部分に浅く腰掛けた。

 いつもだったら「少しお行儀悪いけど」なんて言いながらソファーの肘置き部分に腰掛けるのだが、今回は私に張り付いているモズがいるからか、こちらには来なかったようだ。


 それにしても座りづらそう。ラガルが身動ぎしたら、そのまま押し出されてしまいそうである。


「いや~、颯爽と駆けつけて来てくれたルイちゃん、カッコ良かったぞ~!」

「そういう風に言われると恥ずかしいよぉ! あの時はただ必死で……」

「褒めてるんだから照れるな照れるな。……ああそうだ。一つ聞きたいんだけどさ、あの男に見覚えはあるかな」

「え? ……ううん、始めて会ったと思うけど……」

「まあそうだよね。私の思い過ごしだったわ、忘れて」


 そりゃそうだ。そのはずなのだ。過去匂わせとか原作の描写に無かったのだから。


 しかし、ヨダカのあの反応。ルイちゃん本人というよりは、ルイちゃんによく似た人と見間違えた可能性がある。「ミナ」と人名に取れる言葉を呟いていたのがそれを裏付ける証拠だ。

 それに知人の面影を宿すルイちゃんを見た瞬間に攻撃を止め、更には目撃者である彼女を始末することなく撤退する判断を下したのは、どのような理由があろうとも、その人に似ているルイちゃんに手をかけたくなかったからではないか。


 もしミナという言葉が人名ならば、その人はきっとヨダカにとって、とても大切な人なのだろう。


 女か? 過去の女なのか? 私リリース初日どころか情報公開当初からARK TALE追ってるけど、そんな情報知らんぞ? 誰よその女! 詳しく知りたい! 公式カプの匂いがする!


 まあ過去の女というのは名前の響きだけで判断しただけの冗談としても、これを世の中のヨダカ推しが知ったらどんな反応をするのやら。

 考察厨はヨダカの情報を一から洗い直し彼とどんな関係なのか推察し始め、夢女は間接的に振られた事実に涙し、節操の無いカプ推しオタクは外見どころか性別すら分からぬその存在とのカップリングを生み出し二次創作に励み、カプ固定の民はどうにか公式カプではないと思いたいが為に自己解釈を捏ねて現実から目を逸らし、固定過激派は公式が地雷と憤慨するか悲嘆に暮れるかの二択を迫られる事だろう。

 私は多分考察厨と節操の無いカプ推しのハイブリットになる。


 とはいえ、公式以外の考察はただの考察で、解釈はただの解釈。決して正解では無い。

 公式(かみ)のみぞ知る事である。


「そういえばトワさん、エリクサーの事を『ゼリオン剤』って言っていたよね。そう呼ぶって決めたんだっけ? 私が忘れてただけ?」


 あ、と無意識に間抜けな声が口から漏れる。


「ごめん、ルイちゃんにはまだ言ってなかったから知らなくて当然よ。今後販売する時に命名するならこうかな~って考えてたんだよ。伝説上のエリクサーより効果は弱いし、だからといって今後製品化する時に『低級』なんて付けてたら売れなさそうだからね」


 そう答えると、ルイちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして数秒フリーズした。


「製品化とか全然考えてなかった……」

「マ? 私は真っ先に金の匂いがすると感じたけどね」


 具体案が無かったためまだ話していなかったが、私は元々ゼリオン剤を商品として販売しようと考えていたのだ。

 本来ならもう少し企画を練ってからルイちゃんに相談しようと思っていたのだが、予想外にも聖女陣営に目を付けられてしまう展開になったため、迅速に事を成す必要が出た。

 冒険者達への報酬のオマケとして出したのも、ある程度多少斜に構えた判断が出来て疑い深く、且つ口が堅そうで信用できると判断したからこそ、信頼の置ける口コミ装置として利用させてもらうことにしたからだ。


「でも、売るとしても材料のコストが高すぎて量産出来ないよ?」

「店頭に置くんじゃなくて、お貴族様みたいな富裕層向けに取引するんだよ。こんな副作用が無くて効果が高い薬、同業者や貴族にバレたら目を付けられて、下手したら危険な目に遭う可能性だってある。良くて監禁&強制労働、悪けりゃレシピを盗まれた挙げ句に今日の私がその末路かな。ついでに原材料的に考えて竜人族が家畜になる。我々一般市民が扱うような代物じゃないよ。今日、身を以て効果を体験して、それがよく分かった」


 そう間違ってはいないだろう物騒な未来予想図を語ると、ルイちゃんは少しだけ眉をひそめ、不安げに拳を握った。


 死にかけの人の命を繋ぎ、骨のヒビ程度なら数秒で完治させてしまう程の治癒力を持ったポーションなんて、誰だって喉から手が出る程欲しがるに決まっている。

 そしてそんなものが存在するなら、頭の回る悪人が利用しようとするに違いない。


「だから、そうならないように先手を打つ。幸いにも、私達にはローズブレイド家というコネがある。敢えて売りに出して、その際にジュリアに後ろ盾になってもらって、下手に手を出せないようにしてもらうんだ。一般向けに販売しないのは、そもそも販売価格的に一般人には手が届かないからだね。買い手が付かないんじゃ、売りに出しても意味が無い」

「上手くジュリアちゃんから協力してもらえたとして、原材料の一つに竜人さんの血が入っているし……正直、使うのに抵抗感がないかな」

「なーに言ってんの。普通のポーションでも魔物の血とか普通に使ってるじゃん。何なら媚薬にはオークの精液を使ってんだし、今更でしょ」

「う……あんまりそれを言わないでほしいなぁ……必要な人が居るからそれを使った薬を作る事もあるけど、媚薬の材料は、その……」

「初心だねぇ、若いねぇ」


 一応、うちでも媚薬の類は販売している。高いものならオークの睾丸、お求めやすい価格のものならオークの精液や、エッチな生態をしている寄生スライムを原材料としているのが一般的だそうだ。

 レシピ事態は薬師それぞれの秘伝だったりするが、共通認識として、文字通り精が付くものとして有名なものが材料に使われる事が多い。


 尚、ここで言う媚薬は、正確には発情状態でなければ妊娠確率が著しく低くなってしまう種族向けに販売している発情誘発剤やED治療薬の総称である。

 発情誘発剤は発情期が存在する種族に起こる発情期不全を改善する薬の一種で、発情期のある種族が長期間発情期が起きない場合、体調を崩すだけでなく病気になる可能性があるため需要が高い他、妊活にも使われる健全な薬である……のだが、お高い方を利用した新婚さん・夫婦関係が上手くいっている方々に話を聞く限り、えっちな創作物でよく聞く媚薬に大変酷似している効能があるらしく。

 一定以上の濃度になると違法薬物扱いになるらしいので、多分こっちが薄い本で使われるタイプのスケベな媚薬なのだろう。


 それを作っているルイちゃんを想像すると大変興奮します。

 いやそうじゃなくて。脳内に作っていた話の道筋が逸れる。


「それにさ、ルイちゃんが私に危険な目に遭って欲しくないと思うように、私もルイちゃんには、危険な目に遭って欲しくないわけよ」

「トワさん……」


 そう。ゼリオン剤を売り出す一番の理由は、貴族の後ろ盾という保護を得るためだ。

 今回のように気軽に暗殺されるような立場にならないよう、影響力の高い人物達の意見でルイちゃんという人物の世間的な価値を上げ、少数派の意見を封殺し、悪意を持つ者や過激派を排除するような状況を作るのだ。

 絵が上手くてフォロワー数が多いオタクがカップリングを投稿すれば、それが覇権カプになるのと同じ理論である。

 こう表現すると私の中のオタク心がとてもめしょってしまう。が、そんなものは二の次である。


 SNSだったらそこまで有名になってしまうとクソリプやお気持ち表明文、毒入り匿名メッセージの被害を受けるが、そんなものがないこの世界ではアナログな方法でやるしかなく、それ故に防ぎやすい。物理的に手を出そうものなら周囲の反感を買い、加害者の立場は危うくなる。

 社会的地位を得たことにより、加害者が敵意から手を出した時のデメリットが大きくなる。

 デメリットが大きくなれば、そう迂闊に手を出そうとか考えなくなるはずだ。アンチ垢やヘイト垢の奴等が誹謗中傷で訴えられないようにと、鍵をかけたアカウントでしか活動出来ないのと一緒だ。まあそういう奴等は表垢でも結構お漏らししているのだが。


 ルイちゃんはしばらく考えた後、ぽつぽつと話し始める。


「この薬は、沢山の人を助けられる凄い力を持っているけれど……その分、トワさんが言うように、悪い人が悪用しようとしても、おかしくないんだろうね」

「大いなる力には大いなる責任が伴う、とはよく言うからね。だからこそ、しっかり管理出来る体制を整えないといけないと思ったんだよ」

「……私には、その責任を背負える自身が無いなぁ」

「だから色んな人を巻き込んで責任を分散するんだよ。仕事でも、大型プロジェクトとかは正にそんなもんだしね」

「……うん。近いうちに女公爵様が療養のために戻ってくるらしいし、その時にエリクサー……じゃなくて、ゼリオン剤のことを聞いてみるね」

「ジュリアにじゃなくて?」

「うん。ジュリアちゃんは公爵令嬢で権力もあるけど、あんまりウィーヴェンから出ないから、顔が広いとは言い難いの。だから女公爵様の方がいいかなって」

「そっか」


 ラガルティハがもぞもぞと寝返りを打ち、そのままルイちゃんに巻き付くような体勢になる。ルイちゃんはそんなラガルティハの頭を、幼子をあやすような手つきで優しく撫でる。

 ナチュラルに繰り出された成人済み名誉ショタとロリおかあさんのラガルイお出しするのやめてくれません? 心の準備出来てなくてえっちくない汚喘ぎみたいな声出しちゃったじゃんか! ありがとうございます!

ご清覧いただきありがとうございました!

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