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49 バックアップは大事

 ヨダカの羽音が消える。ルイちゃんがスペルを解除すると、風の音すら無くなって、周囲がしんと静まり返った。


「……行っ、た?」


 私の呟きがきっかけとなったのか、ルイちゃんが動き出し、私を起こしにかかった。ルイちゃんの手を借りてようやく上体を起こせたが、左の肩より少し下、多分肩甲骨辺りに激痛が走り、叫びはしなかったが汚い声で呻いてしまった。


 ルイちゃんが動き出したのを見て、ラガルティハも慌てたようにモズを引きずって、途中に落ちてたヘーゼルも回収して私達の所まで来た。


「トワさん、どこか怪我したの!?」

「私は後で大丈夫、それよりモズの容態は……!?」


 何か言いたげだったが、元気に喋れている私より、気を失っているモズの方が危険な状態かもしれないとルイちゃんも判断したのだろう。すぐにモズの容態を確認し始めた。


「……大丈夫、軽く脳震盪を起こしてるだけみたい。しばらくすれば目を覚ますと思う」

「よかった……あっヘーゼル! ヘーゼルは!?」


 ヘーゼルも気絶していた事を思い出し、ラガルティハが抱っこしている彼に目を向ける。

 ――が。


「なるる」

「いやピンピンしとるんかい」

「あ、あれ?」


 予想に反して、彼はケロッとした顔で顔を上げて返事をした。ヘーゼルをここまで連れて来てくれたラガルティハも目を白黒させていた。

 だがまあ、自称だが神だし、怪我をしても平気なのだろうと自分の中で勝手に結論づけて納得した。


「さっきまでぐったりしていたように見えたけど……ただ気絶していただけなのかな。それより、トワさんの怪我は大丈夫なの?」

「ぶっちゃけだいじょばない。めっちゃ左の方の肩甲骨辺りがクッソ痛いし後頭部も地味に痛い」


 自分で分かる範囲で症状を自己申告し、ルイちゃんはその箇所を診察する。


「後頭部の方は少し擦り剥いて、たんこぶが出来ているだけみたいだけど……ちょっと背中触るね。痛いと思うけど、我慢してね」

「はいよ。いで、いでで……イッッッッッ!?」

「んん……少なくとも、肩甲骨にヒビが入ってるみたい」

「ですよねめっちゃ痛いもん! さっきまでアドレナリンドッパドパ状態だったから今はこうしてベラベラ喋れてるけど、これ落ち着いたら絶対痛すぎてグロッキーになってるやつだもん!」

「とりあえずポーションで応急処置するね。ちゃんとした手当は戻ってから――」

「あ、大丈夫。ゼリオン剤持ってるから」


 バッグから取り出す風に見せかけて、ゼリオン剤を取り出す。人の血が入っていると思うとちょっと抵抗があるが、小瓶の蓋を開けて一気に飲み干す。脱水状態の時に飲む経口補水液みたいな味がしてちょっと美味しかった。


 乾いた砂に水が染み渡るような、そんな感覚がした数秒後、あれだけ痛かった左肩甲骨も、地味に鈍痛を訴えていた後頭部も、一切痛みが無くなった。

 試しに立ち上がって腕をグルグル回したり、上半身を動かしてみたが、何の違和感も無い。更に疲労や慢性的な肩こりまで無くなったのか、二十代前半の時のような体の軽さを感じた。


「体が軽い! 自分で使うのは初めてだけど、すげーなこれ!」

「それ、前に僕も飲んだやつ……?」

「そ。原材料の一つにお前の血が入ってる、別名低級エリクサーな」

「血っ……!? ぼっ……くの……!?」

「何その顔。言っとくけど、この百倍くらいの量に一滴くらいの比率だからな? その得体の知れないものを見る視線止めていただけます? 血入ってようが薬ぞ? ただの治療行為ぞ?」


 ラガルティハがあり得ないようなものを見る目でこちらを見てきたが、お前これのおかげで命助かってるんだからな? お前も飲んだやつだからな?

 というかポーションなんてドラゴンの血とか普通に使うし、何なら魔物の老廃物(オブラートに包んだ言い方)とかも使ったりするからな?

 似たようなもんだよ。

 うちに住むなら近いうちに叩き込むから覚悟しておけ。


「ラガルさんと出会えたおかげで、こうしてトワさんの怪我も治せたんだよ。それに、誰でもない、ラガルさん自身を助けられたの」

「せやで。これ以上痛い思いせずに助かったわ。ありがとうな、ラガル」


 ルイちゃんに便乗してお礼を言う。実際、ルイちゃんの言う通りだ。ラガルティハの血が無かったらゼリオン剤なんて作れなかったのだから。

 ラガルティハはしばらくぽかんとした表情をしていたが、数秒かけて顔を赤らめて言葉にならない声を漏らし、そのまま俯いてしまった。


「そういえばさ、二人共、よく私達がここに居るって分かったね」

「トワさん達が中々戻って来ないから、探そうと思って騎士さんに聞いてみたら採取に行ったって聞いたから、街の外に出てみたの。そしたら、空中で戦っているモズ君を見つけて……」

「そっか。てか、ラガルも一緒に来てたんだね。引きこもり明けなのに、よくこんな雪の積もった山ん中来れたね」

「あ、それは私が身体強化をかけたの。流石に生身だと辛いだろうから」

「そんな手間かけるより、留守番しててもらった方が良かったのでは?」

「だって、ラガルさんを一人には出来ないじゃない」

「うーん、保母さん。ラガルは愛されてんねぇ~」


 茶化すようにそう言うと、ラガルティハはますます赤く染まった顔をヘーゼルで隠した。


 待て。何だそのぬいぐるみを持った萌えキャラか幼女しかしない行動は。幼女か。成人済み名誉ショタではある。


 しかし、それで誤魔化されてくれないのがルイちゃんだ。

 それとなく話を逸らしていき、何があったのかをうやむやにしようと目論んでいたのだが、残念ながらそうは問屋が卸さなかった。


「ねえ、一体何があったの?」


 直球である。真摯に問えば私は答えるだろうと思ったのかもしれない。

 まあ、その通りなんだけど。

 下手に嘘をつけば、必ず矛盾が生じる。どうせそのうちそこからバレてしまうのだから、時と場合にもよるが、正直に言った方が誠実だし手っ取り早い。


「実を言うと、ラガルの翼を治してやりたくてさ。聖女ならそれが出来るのかなーって思って、色々調査してたんだよ。だけどこう、都合の悪い情報まで知っちゃったみたいでね、何というか……色々事故った。私だってビックリだよ、ホント」


 嘘は言っていない。ちょっと伝えてない事があるだけだ。

 だって、極力彼女達は巻き込みたくない。


「あの人、聖女様に関わるな、って言ってたよね。そうすれば危害を加えない、って」

「う、うん。そうだね」

「お願い、もう聖女様を探ろうとしないで。トワさんが危険な目に遭うのは嫌だよ……!」


 目を潤ませて、ルイちゃんはそう言った。ルイちゃんを悲しませた、それもよりによって誕生日にこんなことをしてしまったという罪悪感を感じている時だというのに、私とルイちゃんの身長差が10センチだけどキスしやすい身長差ってこれよりもうちょい高いんだったっけ、なんて知識が脳裏に浮かんですぐに消えた。


「当然だよ。誰が好き好んでこんな目に遭うもんか」


 これは、紛れもない本心だ。

 私個人の意見なら、こんな危険なことに、二度と足を突っ込みたくないと思う。

 まあ、そうはいかないのが悲しい現実なんだけど。


「よっし、いつまでもこんな寒い所でくっちゃべってないで帰ろう! そんで暖かい家でパーティーだ! ルイちゃんの誕生日と、ついでに私とモズの生還のね」


 少し納得して無さそうなルイちゃんと、頭上に疑問符を浮かべているラガルを促して、未だ目を覚まさないモズを背負った私が最後尾になって帰路につく。


 途中、ラガルティハが雪に足を取られてバランスを崩して転んだ挙げ句、転んだ場所が小さな崖に近かったせいでそのまま転げ落ちてしまい、それを見たルイちゃんが慌てて助けに向かった。

 崖というかちょっと高い段差程度の高さで、新雪が積もっていてクッションになるから怪我は無いだろうし、救助はルイちゃん一人で大丈夫だろうと私は笑いながら待っていた。


「……愛されてんなぁ、私も」

「おや、嬉しくないのかい? 彼女は君の推しだろう? 好きな人から好かれて、嬉しくないのかい?」


 無意識に漏れていた独り言に、コート内でカイロ代わりなっていたヘーゼルが反応する。

 ルイちゃん達が戻ってくるまでには少し時間がかかるだろう。私は返事を返すことにした。


「いや嬉しいよ? めっちゃ嬉しい。すっごい嬉しい。でもさ、その感情は私じゃなくて、攻めさんに向けて欲しいんだよなぁ」

「それだけじゃないように見えるんだけどなぁ」

「人の心無いくせにどうしてそういう所だけ的確に指摘してくるかな」


 痛みより羞恥で蹲るラガルティハと、それを必死に励ましているルイちゃんを遠目に見つめながら、この複雑な感情を口にする。


「ルイちゃんが私に愛着を向ければ向けるほど、原作を変えてしまっているんだよなぁって思ってさ」

「なんだ、そんなことかい? 致命的な程ではないから、別に気にする事じゃないよ」

「ヘーゼルがそう言うならこのことに関してはそうなんだろうけど、ね。もう一つさ、ARK TALEの登場キャラと一緒に暮らす環境に慣れてきたからこそ思うんだけど……」


 一瞬、口に出すか迷った。言ってしまえば、自分の中の何かが揺らぐような気がしたから。

 けれど結局、私は自分の気持ちを素直に口にした。


「別れる時に寂しくなるなぁ、ってさ」

「ゲームを起動すれば、いつでも会えるじゃないか」

「そうなんだけど、そうじゃないよ」

「その思考回路は、正直僕には理解出来ないな。哲学的な事を言うね」


 ラガルティハがようやく、泣きべそをかきながらだが立ち上がる。怪我をしている様子はないが、体中雪まみれで、彼自身の白さも相まって、細長い雪だるまみたいだった。

 ルイちゃんがそれを払ってあげて、背伸びして頭の雪も落としてあげようとしたようだが、ギリギリ手が届いていなくて、その身長差が愛おしかった。


「それはそれとして、お前本当に怪我無い? 大丈夫?」

「骨がいくつか折れて、内臓も破裂したね」

「死ぬ奴じゃんそれ!?」

「頭を潰されていなかったから、意識を失う前に【記憶】領域から健康体のデータを【複製】して、この個体に【固定】したんだよ。脳をやられていたらそんな事をする暇も無く、この個体は死亡していたね。いやぁ、危なかった」

「待って、その権能ってそんなことも出来たの」

「定期的にバックアップを取っておく事をオススメするよ」

「する……! バックアップ大事!」

ご清覧いただきありがとうございました!

トラブルで少し投稿が遅くなってしまいました。申し訳ございません。


ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!




2024/03/02 21:20 追記


完全に寝落ちてぐっすり熟睡してしまい、現在時点で次話の原稿が終わっていません。

よって、次話の投稿は明日になります。大変申し訳ありません……。

更新情報は活動報告以外にも、旧Twitter(X)【https://twitter.com/urayama_kabosu】でも行っています。

というよりそちらの方が情報が早いので、フォローすることをオススメします。

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