48 戦いは経験がものを言う
私だって、考えなかったわけでは無い。もしかしたら、とは思っていた。
だけど、こんなご都合展開みたいな出会い方をするなんて、そんなの小説じゃあるまいし、あるはずがないと考えていたのだ。
鳥人種なんて珍しい人種じゃないし、それに羽の色が黒褐色なんて一般的。しかも聖女はARK TALEを知っている疑惑が強い。登場キャラクターが身近に居るんだったら、どうせ活躍するならこの目で実際に見たいから目の届く範囲で活動してほしいと考えるのは、原作を知っている身としては普通だと思う。
だからヨダカではない可能性の方が高いと判断して、ヨダカではない別の誰かだと予想していたのだ。
それがどうだ。事実は小説よりも奇なりとはこの事か。
「なんでよりにもよってヨダカが此処にいるんだよ!?」
「さぁ?」
「疑問が脳直で出ただけで聞いたわけじゃないから答えんでいい!」
よりにもよって、と言ったのは、彼の実力に原因がある。
ヨダカはゲーム内だと、風属性キャラクターの中でTier1、つまり最上位の強さにランク付けされている。そして、そのTier1の中でランク付けされた中でもトップに入る性能だ。
現実とゲーム内性能がどこまでリンクしているのかはわからないが、ある程度ゲーム準拠の性能だとすると、未だ実力が未知数なモズはともかく、一般人に毛の生えた程度の私ではまず敵う相手じゃない。
本当、ヘーゼルの防壁が無ければ瞬殺されてたに違いない。ヘーゼル様々だ。
「ヨダカ、我々に敵対の意思は無い! 話し合いを所望す――ギャーッ!?」
相手がヨダカだと分かった瞬間、私の中で、最終手段にしていた徹底抗戦という選択肢は破棄された。
だったら何とか交渉を、と声を上げるも、モズの攻撃を受け流しつつ放ってきた風の刃のせいで最後まで言い終える事は出来ず、情けなく悲鳴を上げて無様に逃げ回り、ハリウッドダイブをして倒木の影に隠れる事しか出来なかった。
今の攻撃ではっきりと分かった。
あいつに交渉する気なんて一切無い。私達を殺すか、自分がやられるか、そのどちらかしか終わりの道は無いのだ。
ハリウッドダイブから体を起こしたその時、すぐ近くでドスンと大きな音がした。モズが空中から落とされたのだ。
「大丈夫!?」
「へいき」
「よぅし元気そうで何よオアーッ!?」
一息つく間も無く、スペルでの追撃が来る。
モズは腹を押さえながら風の刃の雨を避け、斬り捨て、ヘーゼルの防壁内に避難する。
細かい切り傷等はあるが、腹にそれらしい傷は無い。多分、殴られたか蹴られたか、あるいは分銅での攻撃を受けたのだろうが、頑強の刻印のおかげでそこまで酷い怪我にはならなかったようだ。
「動ける!?」
「げんき」
「元気でよろしい!」
モズは何度か腹を擦って痛みを誤魔化して、スペル攻撃が途切れた瞬間に突撃する。私もヨダカの行動を阻害するように援護射撃を行って、モズをアシストした。
――正直、防壁があるから致命傷を負うことは無いと、そう油断していたんだと思う。
だから、鎖を防壁に巻き付けてくるなんて、ハッキリ言って予想外で反応することが出来なかった。
「な――うわあっ!?」
この時初めて知ったのだが、この防壁は私の位置情報を中心地としているが故に、この防壁自体を動かされると私の体まで引きずられてしまうらしい。
完全に予想していなかった事態に踏ん張って耐える事すら出来ず、そのまま引っ張られ、猫じゃらしの紐の先についたおもちゃのように防壁ごと軽々と振り回されてしまう。
ヘーゼルの防壁は、攻撃者の殺意や敵意に反応して効果を発揮するものだ。単なる障害物である木は防壁を貫通し、私はそのまま木に叩き付けられてしまった。
先に強い衝撃を感じたと同時に、肺に残っていた空気がその衝撃で瞬時に全て吐き出される。視界と意識が眩んで、一拍置いて、木と激突した背中が酷く痛む事に気が付いた。
受けた衝撃と痛みで朦朧とする意識の中、自分が酷く咳き込んでいる事だけしか状況を把握出来ない。モズが何か叫んでいるような気がしたが、金属がぶつかり合う音が数回鳴った後、ドンッと鈍い音がして静かになった。
数拍置いて、プキュッ、とヘーゼルの獣声が耳に届き、落ちそうだった意識が覚醒する。顔を上げると、ヘーゼルは蹴られでもしたのか、少し離れた場所に転がった跡を残して倒れていた。
まずいと思った時には遅かった。ヨダカは痛みで動けない私を足で転がして、腹でも首でも好きな急所を選べるようにか、仰向けにした。
――あ、これ死んだわ。
そう思った時だった。
不意に、モズでもヨダカでもない、第三者の声が耳に届いた。
「動かないで!」
鋭くそう言い放った声は非常に聞き覚えのあるもので、けれどこんな緊迫した声なんて聞いた事が無いものだった。
重い頭を上げて声のした方を見ると、そこには何故か、声同様これまた緊迫した表情をしたルイちゃんが立っていた。少し後ろには、今にも泣き出しそうな顔で倒れたモズを木の陰まで引きずっているラガルティハも居る。
ルイちゃんの周囲には、魔力が若草色の光の粒子のようになって視覚化され、ひゅうひゅうと風と共に渦巻いて小さな螺旋を描き、三つほど頭上に滞空していた。
風属性のスペルだろう。スペルの詠唱はもう終わっていて、いつでも発射出来る状態だ。
「ル……ルイ、ちゃん……!」
逃げて、と続けたつもりだったが、声が掠れて、自分でも殆ど聞こえなかった。
ルイちゃんにとってヨダカは、半周年イベントの探偵パロ世界線ではかけがえのない相棒役だったとしても、この世界では見知らぬ赤の他人。
ゲーム本編のヨダカは仕事に失敗して瀕死の状態の所を主人公から発見され助けてもらい、命を救ってもらった恩義を返す為に仲間になるのだが、そんな好感度稼ぎイベントなんて起こしていない現状、和解は不可能だ。
だってあいつ、こっちの話を聞いちゃくれないんだから。いくら雪解けを促す春の木漏れ日系コミュ強のルイちゃんとて、話し合いのテーブルについていない相手を絆すのは無理がある。
そもそもの話、そういうほのぼのとお話して交渉できない相手だとルイちゃんもわかっているから、こうして敵意を見せて警告しているのだろう。ルイちゃんはそこまで頭お花畑ではない。剣と魔法の暴力が蔓延るファンタジー世界に生きる住人なのだ。
しかし先手を打って有利に立ったとはいえ、相手は風属性キャラランキングTier1の男、一方ルイちゃんは性能的に不遇キャラ。ラガルティハというオマケがついているが、可か不可で言われれば可寄り程度の性能。ついでに脱引きこもり初日というデバフ付き。敵いっこない。
――だが、私の危機感は、意外にも杞憂で終わった。
「……ミナ」
ぽつり、と。初めて、ヨダカが声を漏らした。
顔がフードで隠れていて口元しか表情が見えなかったが、何故か動揺しているように思える。
ゲーム内でもほぼ仏頂面で、いつも冷静でクールな態度をしていた彼がこんな風に動揺するなんて、そんな姿は二次創作以外では初めて見た。
「武器を捨てて、トワさんから離れて下さい」
「っ……」
「離れて! 早く!」
ヨダカは何故か戸惑ったように何度か何かを言おうとしていたが、それを言葉にすることは無かった。素直に手にした鎖鎌を捨てて、酷くうろたえているようなふらふらとした足取りで私から距離を取る。
何故だ。どうしてこんな素直に言うことを聞く?
紅燕の中でも手練れのヨダカなら、戦い慣れているけどたかだか子供が一人と、戦闘力は一般人に毛が生えた程度の女二人、オマケで病み上がりの戦闘ド素人竜人とふわふわの毛玉一匹程度、簡単に始末できると判断するだろうに。
ヨダカがある程度離れたところで、ルイちゃんはスペルを維持したまま、私に駆け寄って守るように前に立った。
よく見ると、いや、よく見なくても、ルイちゃんの手が震えている。
きっと、怖いのだ。そりゃそうだ。ルイちゃんは魔物くらいは相手をしたことがあったとしても、人と戦うのは初めてだろうから。
ややあって、ヨダカは初めてマトモな言葉を発した。
「聖女に関わるな。そうすれば危害は加えない」
「そっちから手ェ出しといて、よく言う……っ!」
掠れた声を絞り出して悪態をついてやったが、その発言に対しては何ら反応はしなかった。
ちらりとルイちゃんを見て、もう一度何かを言いかける。だが、何度か視線を彷徨わせた後、すぐに諦めたように視線を落とした。
「……忠告はした」
そう言い残すと、こちらが何か言う前にヨダカは高く飛翔し、どこかへと飛んで行ってしまった。
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