47 窮鼠だけれど噛みつけない
「モズ、位置情報!」
「おいの見ちょる方」
「この辺!?」
「もちょい右」
モズの誘導通りに銃口を向ける。姿は見えないが、どこかの木の裏に隠れているのだろう。積もった雪に足跡がいくつか残っているが、身体強化を使ったからか数歩分しか無く、どの木に隠れているのかは分からなかった。
「何者だ! 今退くなら見逃してやる、立ち去れ!」
いつでも撃てるように、引き金に指をかける。
だが、人に向かって発砲出来るかと言われたら、勢いでもなければ多分無理だ。魔物や獣を狩る時だって、深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、そうしてやっと覚悟を決めて、ようやく引き金を引いている。
それに、人に対して、こうして凶器を向けているだけでも怖いのだ。自分の意志で殺傷沙汰とか、無理。
ヘーゼルの防壁は余程の事が無ければ破られない。単純な一撃の火力なら、ジュリアのマジ殴りだって防げるのだ。そしてそれを、相手は体感したはず。
暗殺は困難、失敗と判断して、撤退して欲しい。私が人を撃たない為にも。
そんな私の祈りは通じず、木の裏から一つの人影が飛び出した。
黒地に暗い紅色で紋様を入れたフード付きのマントに、黒いガントレットと赤い手袋。上半身は筋肉の凹凸が分かるようなタイツに近い質感の服で、下半身はゆったりとしたシルエットのズボンだったが、動きの邪魔にならないようにか脚絆が付けられている。
見覚えのあるデザインの服に、私は自分の予想が当たっていた事を確信した。
「問答無用って訳か、紅燕!」
私は数歩下がってモズの後ろに位置取りを変えつつ、相手の足下を狙って威嚇射撃をする。が、当たらない攻撃だとバレているのか避ける動作はせず、むしろ何かを投げて反撃してきた。
咄嗟に反応出来ずに、私は小さく悲鳴を上げて固まってしまったが、モズが防壁に届く前にそれ――クナイを刀で叩き落とす。
しかし、紅燕の狙いは正にそれだった。
モズが刀を構え直す前に、紅燕の射程に入った。鎖鎌の鎖でモズが振り抜いた刀を絡め取り、あっという間に遠くへ投げ飛ばしてしまった。
更に、手にした鎌を、モズを狙って振るう。
今度は体が動いた。咄嗟にモズのマフラーを引っ掴んで、後ろに飛び退く。ぐえ、とモズが苦しそうな呻き声を出したが、気にしている余裕なんて無かった。
防壁が剣撃を弾く。私は引きつった喉から、自分を奮い立たせる為に、言う必要の無い技名を叫んだ。
「鈍足っ、【固定】!」
たまたま目に入った相手の腕に、刻印を貼り付ける。急に重くなった体に紅燕は動揺したのか、わずかに動きを止める。
その隙に私は剛力と俊敏の刻印を自身に貼り付け、咳き込むモズを脇に抱え、お手本のように尻尾を巻いて逃げ出した。
自分が直接手を合わせなくても分かる。騎士が手こずるくらいに手強いはずのモズの武器を一瞬で奪って無力化した光景を見ていれば、誰だって分かる。
奴は、手練れだ。それも相当の。
「クソッ、隠れようにも冬の森はハンターに有利過ぎる! いくら地の利があって、遠距離攻撃手段があったとしても、『獲物』の立場になった私達には不利! そもそもスナイパーは居場所が割れてたら詰みなんだよぉ!」
「そうなん? ねえちゃん賢かぁ」
「誰でも知ろうと思えば知れる程度の知識だよ!」
あれだけの実力を持つ相手だ、ほぼ初見殺しとはいえ、刻印貼り付けのタネが割れたら、どうにかしてすぐに追いついてくるに違いない。
紅燕で呼ばれる名は、実力に応じて決められる。
例えば、下っ端ならコマドリのような小鳥の名前で、中堅ならばカラス等の猛禽類以外の名前になる。戦闘力が高いエリートならタカ等の猛禽類、その中でも特に隠密性に特化した人物ならフクロウ、といった具合だ。
奴は恐らく、少なくとも小型猛禽類の名が付いている。そのくらいの実力があるはずだ。
そんな相手、いくらモズでも勝てるはずがない。それに鈍足の刻印を付与したところで、逃げ切れるかだって怪しい。
――予想より早く追いついてきた奴を見ても、「やっぱりか」と思うくらいには。
「しまっ――」
防壁があるというのに、反射的に銃で攻撃を防いでしまう。そのせいで下から上へと振り抜いた鎌の攻撃が私の手から銃を弾き飛ばし、私とモズは二人揃って丸腰になってしまった。
ここで私は、鎌自体のリーチが短い故に、パーソナルスペースなんてクソくらえな距離まで奴が接近してきて、その体つきから初めて相手が男だと知った。何故か今まで気がつけなかったが、多分、マントそのものか、フード部分に認識阻害の刻印でも入れているのだろう。違和感無しにここまで自然に認識させないなんて、余程腕の良い刻印術師が紅燕には居るに違いない。
そして彼の刻印を貼り付けたはずの腕には、先程まで無かったはずの傷があったことにも気が付いた。刻印があった部分の肉を削いだような、そんな傷が。
ぼたぼたと傷口から血が零れ、真っ白な雪を深紅で彩る。鎖鎌の鎌にはべったりと血が付いていて、この真冬の寒さに晒されているもののまだ血の温度が奪われきっていないらしく、ぬめった光を反射していた。
こんなに出血するくらい肉を削ぎ落としたというのに、男は痛がる素振りを一切見せていない。
痛覚が無いのか? 無かったとしても、そこまでするか、普通? と、そんな考えが脳裏をよぎった。
「こなくそ!」
【記憶】領域からマチェットを取り出し、初撃を防ごうとしても間に合わずヘーゼルの防壁で、二撃三撃をなんとかマチェットで受け流す。マチェットの薄い刀身は、鎌という見た目によらず重い一撃を何とか防いではくれているが、敵の攻撃を受け止める事を想定していない武器な上、モズを抱えてる上に素人に毛が生えた程度の戦闘力しかない私が鍔迫り合いなんてこれ以上無理だ。
いや、換えならいくらでも【複製】&【固定】で量産できるが、そんなことをしている余裕がない。
というより、剛力の刻印があるにも関わらず攻撃を受け止めた手がビリビリと痺れてしまう程重い一撃を、俊敏の刻印補正があるはずの私より素早く何度も繰り出してくる相手だ。
どう考えても、真っ向からやり合うべき相手じゃない。
意を決して防御は防壁に全て任せ、こちらから大きく薙ぐような攻撃を仕掛けて相手に距離を取らせた。当たっても良いように峰打ちにはしていたが、別にそんな事をしなくても余裕で避けられていただろう。
「あいつの攻撃早すぎィ!」
「君の動体視力が悪いだけだと思うよ」
「うるせー! これでも一応、若い頃はトイサイダー村の住人やってたんだぞ! ――上空に逃げる! モズ任せた!」
「おん」
この場から逃げ切るためには、モズの身体強化と、歪属性のスペルを使った空中歩行で逃走するのが一番確実な方法だろう。
翼のある種族なら追いかけられてしまうだろうし、スペルで狙撃される可能性があるが、博打は打ってみないと分からない。少なくとも、今までスペルでの攻撃をしてこなかった所から、恐らく奴はスペルでの攻撃を特技としていないはず。撃ち落とされる可能性は低いはずだ。
こんなギャンブルしたくなかった。
【分離】で銃を回収しつつモズを下ろし、今度は私が抱き上げられ、そのままモズは軽い足取りで空を蹴り跳躍し、木々より高い空中へと避難する。
ショタからお姫様抱っこされるとか、こんな状況でもなければ絶対に無いシチュエーションだが、それに感情を揺さぶられる余裕なんてこれっぽっちも無い。今は目の前の敵をどう相手するかで頭はいっぱいだ。
「ねえちゃん重い」
「悪うござんしたね! さあこれでどう出――」
下を見ると、男は当然のように黒褐色の翼を羽ばたかせ、私達を追ってきていた。ワンテンポ遅れたのは、翼の無い私達が空中に逃げるのは予想外だったからだろう。
「鳥人種! 空中戦は不利! 降りる!」
「おん」
「しんがり頼んだ、ただし作戦命大事に!」
「おん」
念のためと思って、以前【記録】していたモズの刀を【複製】+【固定】してモズに渡し、彼の腕に刻印を三つ、貼り付ける。俊敏と、剛力、それに頑強。近接特化の三点セットだ。
念の為で色々【記録】する癖付けといて良かった!
ヘーゼルの防壁があれば攻撃が届くことは無いだろうが、事態は硬直したままだ。そしてモズという戦力が居なければ、これ以上の展開は無いだろう。
私を抱えたままではモズは戦えない。多分、モズ一人なら刻印と身体強化で、防壁が無くても何とか戦えるはず。万が一怪我をしたとしても、ゼリオン剤がある。
だから私は、戦いはするが生存最優先であることを命じ、モズを一人残し空中へと身を躍らせた。
当然紅燕はブレイン且つ戦闘力の低い私を狙おうとする。が、それをバフマシマシ状態のモズが阻止する。一度見た鎖の攻撃は、どうやっているのか分からないものの文字通り斬撃を飛ばして弾き、近接ならば互角に立ち回った。
【分離】で回収していた銃を【固定】で手元に出現させ、代わりにマチェットは消す。銃と一緒に切り取ってしまった雪が宙に舞い、視界を邪魔したので援護射撃は諦めた。
「ヘーゼル、着地!」
「スペルの同時発動は出来ないよ。防壁は消えるけど、良いのかい?」
「死ぬこと以外はかすり傷、落下死よりマシ!」
「仕方ないなぁ」
ヘーゼルの額の石に薄緑色の光が集まり、下から私を押し上げるように風が吹く。地面に着く頃には落下スピードは非常に緩やかになり、着地もちょっと高い所から飛び降りた程度の衝撃しか無くなっていた。
「紅燕! 話し合いで解決したい! 攻撃を止め、エエエエエエッ!?」
着地時にほんの数秒目を離した間に、男はスペルを唱えたのだろう。気付いたら私めがけて飛んで来ていた風属性の魔力の刃を、叫びながらも慌てて銃のフルスイングで打ち返した。ミスリル製でなかったらこんな芸当出来なかっただろう。
「ホームラン、とはいかなかったね」
ヘーゼルの呑気な声にツッコみたかったが、そんなことより、目に飛び込んだ衝撃の事実に、私は動揺を隠せずにいた。
そもそも、風の刃を弾いたと時に素っ頓狂な声で叫んだのは、今更なスペルの攻撃が予想外だったのもあるが、男の正体に驚き声を上げたのだ。
目視はしていないが多分、モズとの応酬で、認識阻害の刻印が斬られ無効化されてしまったのだろう。
だからようやく、奴の姿をはっきりとこの目にした。
「あいつ近接以外にもやれたんか!? ゲーム内だと近接スキル以外持って無かったじゃん!」
「おや? 知っているキャラクターなのかい?」
私の反応に、相手がARK TALEのキャラクターだと察したらしいヘーゼルが問いかけてくる。
当然、知っている。紅燕に所属している鳥人種の男なんて、こんな設定を持つ登場キャラクターの正体を予想出来ないARK TALEのオタクなんて、そう居ないだろう。
「あいつの正体は――ヨダカだ!」
無事に風邪治りました。ᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ
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