46 追跡者
ルイちゃん達と約束した合流地点から逆方向、街の外に向かって、たまに顔馴染みの冒険者を見かけたら挨拶をしつつ歩いて行く。
一般人の姿は段々と無くなってきたが、代わりに宿屋に泊まっている冒険者や行商人、それに巡回中の騎士の姿が多くなってきた。防壁沿い、それも検問所が近いからだろう。
「……で、どうよ」
「おる」
「いつまで監視するんだよぉ~クソが~」
問題のストーカーは、まだ着いて来ているらしい。
ここに来るまでに、近道ついでに人通りが少ない裏路地をわざと通ったりしたが、一切手を出してくる様子は無かった。本当に、ただ私達の後をつけているだけのようである。
とはいえ、紅燕とかいう物騒な集団の名が出ている以上、警戒するに越したことはない。
万が一紅燕ではなく教会の手の者だったとしても、この世界最大規模の宗教団体が相手となると、相手の規模が大きすぎて下手に抵抗する訳にもいかない。
相手の出方を伺うしか無い状況に歯噛みする。
「どこに居るのか、モズには分かるの?」
「おん。あっち」
「クッソ、私にゃどこに居るかなんて全っ然わかんねえわ……」
モズが顎で指した方向をチラリと見やるが、こんな真昼間から酒場に入っていく冒険者パーティが居るだけだった。
というか、追跡するなら目標の後ろをストーキングするのが定石じゃないの? なんで当たり前のように先回りしてたりするの? 怖すぎ。
「手を出して来るわけでもなく、かといって監視が外れる事もなく……何が目的なんだ?」
「いっそ誘い出してみたらどうだい?」
コートの中から、ヘーゼルが周りに聞こえないよう控えめな音量で提案をする。モズを連れているから一人でぺっちゃくってるようには見えないはずだが、人前で喋るのはリスクがありはしないかと思ってしまう。
隠れてるつもりでも可愛いマズルがはみ出てるんだよなぁ。
まあ近づかなければ喋っている様子は見えない、とは思う。彼もそう思っているからこうして人語モードで喋っているんだろうけど。
「そのつもりで街の外に向かっている訳だけどさぁ、暗殺家業の人間かもしれん奴さんを一般人に相手させないでいただけます?」
「この少年が居るじゃないか」
「斬っか?」
「すぐ暴力に訴えるのはやめなさい。穏便にいこう、穏便に。……しっかし相手方も穏便にしてくれてはいるけど、本当、一体何が目的なんだ?」
そうこう話している内に、検問所が見えてくる。
本来なら外出時もそれなりに時間をかけて検査をされるが、一時外出であり、最早顔見知りである私達が出る分にはそんなに時間がかからない。書類を書いて、二つ三つ程形式的な質問をされるので答えて、装備を見せて、それで終わりだ。
一度物陰に隠れて、普段は疑似アイテムボックスこと【固定】&【分離】で保存している愛銃を取り出してから、改めて検問所へと向かった。
「すみませーん、夕刻まで外出したいのですが――げっ!」
たまたま窓口の席に人が居なかったので、奥に向かって声をかける。
そうすると無意識に奥を覗き込むことになるのだが、そこで私は、個人的にどうしても苦手な人影を目にしてしまった。
以前お世話になった、騎士のノルトラインさんだ。
お世話になったとはいえ、彼が私を見る時の恋愛肉食獣特有の目つきが怖くて、私は非常に苦手なのだ。
どうやら他の騎士は別の仕事があるのか居らず、彼は一人で書類整理をしていた所だったのだが、私の声がけに気が付いて振り向くと、自分に声をかけたのが私だと気付いて普段のしょっぱい塩対応顔を輝かせ足早に駆け寄ってきた。
いや本当にやめてくれ。私は自分の恋愛とか一切興味が無いんだ。
「お久しぶりですね、トワ様。最近は鍛錬場にいらっしゃらないので寂しかったのですよ」
「こっちは一切寂しくありませんでしたよ」
「ねえちゃんから離れぇ、鎧」
検問所は様々な人が通る。荒事も日常茶飯事だから、有能な人が配備されるのは当然だ。一応、ノルトラインさんも騎士団の中でも指折りの実力者だと言われているし、普段はこちらで働いている事も知っている。
だからこれまでも検問所で遭遇したことはあるが、ここしばらく顔を合わせなかったせいもあって、今日はしつこく絡まれそうな予感をビシビシ感じてしまう。
モズが気持ち髪の毛を膨らませて、威嚇じみた低い声を出し私の前に立つ。窓口という壁が無かったら斬りかかっていてもおかしくない警戒度だ。
「今から薬草採りですか? 女性と子供だけで壁の外に行くのは危険です。護衛として着いていきましょう」
「着いてこないで下さいそんな時間かからないんで護衛は必要無いです自分の身は自分で守れます。自分の職務を全うして下さい」
「レディを守るのが騎士の務めですから」
「あなたが居る方が身の危険というか貞操の危険を感じるんですが!?」
「そんな強引なことはしません。趣味ではないので」
「ノルトラインさん絶対それ以上性癖拗らせないで下さいね!?」
それって趣味だったらやってたって事だよね!? 怖い!
この人絶対自己判断嫌よ嫌よも好きのうちが性癖に根付いたらアカンタイプの人だ! 絶対騎士じゃ居られなくなるタイプの人だよ!
私がつい大声を上げてしまったせいか、他の仕事をしていたらしい騎士さんが二人、扉の向こうから覗き込んできた。
そして相手が私だと気が付くと、金髪の犬系獣人種さんの方はにぱっと笑って手を振りながら、黒鹿毛で眼鏡の馬系獣人種さんはぺこりと一礼してから入室して、慣れた様子でノルトラインさんを取り押さえる。
この二人も当然顔見知りである。いつもお世話になっています。
「あ、トワさんこんにちはー。今から採取です? 書類は後でで良いんで、どうぞ行っちゃって下さーい」
「彼は我々が抑えておきますので、今のうちに」
「あっこら、お前達! 毎度毎度邪魔をするな!」
検問所勤めの騎士がそんな適当な仕事ぶりで良いのか。
だが今回ばかりは有り難い。仲良くしといて良かった!
「すみません恩に着ます! 今度納品する時は割引しときますね!」
「ああっ! トワ様、お待ちを!」
「はいはい、卿は今から自制心を鍛えて来ましょうねー」
「本当にあなたという人は……」
騎士さん達がノルトラインさんを宥めている間に、お言葉に甘えて街の外へと走って逃げた。
モズは身動きが取れなくなったノルトラインさんに向かってべえっと舌を出して、私の後を着いて来た。
「ッハ~……厄介なのに絡まれるところだった」
「だけど彼も実力者だよ? 相談しなくて良かったのかい?」
「それはそうなんだけどね、見返りに何求められるか分かったもんじゃないから……」
街道に出て、すぐに街道から外れた山道に入り、いつもの採取ルートを歩いていく。起伏の激しい雪中花の群生地を抜けて、人気が無い山中で、雪の中でもまだ動きやすいはずの平坦な場所へと向かった。
「ところで、例の追跡者の事なんだけどね。君達を始末しないのには、何か理由があるんじゃないかな」
「そりゃそうだけど、例えば?」
「君達は彼らにとって都合が悪い事を調べていた。だけど、本当に害をなす存在か判断しかねている、とかかな」
「まあ実際事故みたいなもんだったしな、身辺調査をしてもらっただけなのに。事故は事故でも玉突き事故起こしてるレベルだけど」
「ただの身辺調査をされただけで、こうも警戒するものかな」
「……言われてみれば、確かに」
「たかだか冒険者三人と一般人が一人、それとオマケに奴隷と獣が一人と一匹、多少都合が悪い事を知ったとしても、世論としてはツツミユイカは『聖女』だ。少数派の意見なんてもみ消されるのがオチだよ。放っておいても問題無いじゃないか」
確かにヘーゼルの言うことも一理ある。
とはいえ、個人的には怪しき者は罰せよ、ということでさっさとサクッと殺してしまった方が手っ取り早いとも思う。
聖女から何か命令が下っているのだろうか。本当に謎だらけだ。
地面の高低差が少なくなり、山、というより森と言うべき風景になる。ちょくちょく周囲を見渡してみるが、一向に人影らしい人影は、私には見えなかった。
「紅燕との接触、もしくはウォルターとの接触情報が教会的にマズいんじゃない?」
「だとしたら情報を持ち帰らせるなんてことはしないだろう。口封じをして終わりだよ」
「それもそっか。……え、じゃあ何が都合悪いんだ?」
「同じ『いせかい』から来た奴に邪魔されとうないんじゃなか?」
「そうだね、その可能性はあるだろうね」
「何? どういうこと?」
「聖女は同じ異世界人……とりわけ、ARK TALEの物語を知っている人物を警戒しているんじゃないかって話だよ」
「なるほど、一理ある……ってちょっとモズ? なんで私が異世界人だって知ってんの? 私その辺の話一切してな――」
唐突に、目の前で火花が散る。しばらくぶりに見た青白く透明な壁が輝き、何かの攻撃を防いだという事実を如実に表していた。
あまりに突然の出来事に、何故私が異世界人だとモズにバレているのかという疑問が吹っ飛んで、その場にフリーズしてしまった。
モズは一瞬呆気にとられていたが、即座に刀を抜き構え、詠唱無しで身体強化を発動する。私の許可無しに、チャンスがあればいつでも斬り捨てるつもりなのだろう。
――攻撃された。恐らく、私達を追跡していた者に。
それも、完全に奴を知覚していたモズが反応出来ない速度で。
数秒遅れて、私はそれをはっきりと理解した。
「っ――アーーーーーッ!! 攻撃!? 急に攻撃ナンデ!?」
「随分と素早いね」
「早いってレベルじゃねえわ! 目で追えんかったわ! ヘーゼル居なかったら死んでた!」
「感謝して欲しいね」
「する!」
ヘーゼルはゆったりとした動作でコートの中から出てきて、肩へと移動する。自称神故の余裕か、それとも油断か。防壁をしっかり張ってくれるのならどちらでも良い。
動揺で大振りな動作になりつつも銃を構える。構えたはいいものの、相も変わらず人影は見当たらない。追撃してこなかったおかげで、少し冷静になることが出来た。
だが、それで事態が好転する訳では無い。モズと背中合わせになるように位置取り、周囲を警戒する。
「まさかとは思うけど……暗殺キーワード、言っちゃった?」
「みたいだね。察するに、『異世界人』か『ARK TALE』のどちらかがキーワードだったようだ」
「お前お前お前こんの毛玉畜生がよ~~~~~! 余計な事喋りやがってよぉ! どうすんのこれ!」
「迎え撃つのが賢明だと思うよ」
「ですよねぇ! クッソ、お前が原因なんだからせめて防壁くらいは張ってもらうからな!」
「仕方ないなぁ」
「モズ! 絶対私から離れないでね!」
「おん」
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2024/02/17 追記
体調が良くならなかったので、次回更新は2/21となります。申し訳ございません。




