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37 翼を取り戻す方法

 庭の倉庫に長椅子を置いて、帰りがけに、カチコチに固まって微動だにしない休眠状態のスライムを回収して室内に入る。解凍、という言葉は適切なのか分からないが、冬眠から目覚めさせるためにリビングの暖炉前に置いておきしばらく放置する。


 そのまま作業室に帰ろうかと思ったが、その前に、暖炉の傍に設置されている底の浅い籠に目を向ける。クッションと毛布の入った、ヘーゼルの昼寝ポジションの一つだ。

 ルイちゃんから甘やかされているおかげで、店内とリビング、そして私の自室の三箇所に専用の昼寝クッションやらお布団が作られているが、果たして今回はこの中に居るだろうか。

 毛布をめくってみると、運良くヘーゼルが丸まって寝ている姿があった。探しに行く手間が省けた。


「おいヘーゼル、起きろ」

「んるる……ぷぅ……」

「二度寝すんなや起きろ」


 私に起こされて一度目を開けたヘーゼルだったが、私の顔をちらりと見たと思ったら、短い両手で顔を覆い隠すようにして二度寝の態勢に入った。

 もう一度起こすと、嫌々だということを微塵も隠さずにようやく顔を上げた。


「んん……眠いのは仕方が無いだろう……この体は今、活動が低下する時期なんだよ。ふあぁ……」


 本来チンチラモドキは冬眠するらしく、暖かい室内でぬくぬくと暮らしているとはいえ、体の本能に引きずられて寝ている時間が増えているらしい。実際、秋頃は寝ている時間が半日くらいだったが、今は20時間くらいは眠りこけている。

 何かあった時の為に常に行動を共にしていてほしい所だが、こればかりは体質的な問題だから仕方が無い。

 それに、今はモズという心強い戦闘要員が居るし、私も少しは戦えるようになってきたから、後二ヶ月ちょいの我慢と思うことにする。


「ンなことより聞きたいことがある。……失った肉体を再生する方法って、存在するの?」

「【記録】や【複製】でどうとでもなるだろう……」

「その前提条件が使えない場合だよ」


 私の【記録】や【複製】は、元となる実物が無ければ機能しない。今回のラガルティハの翼を復元するとしたら、健康体だった頃のラガルティハの肉体が必要になるのだ。


 今回は会った時から翼が壊死した状態だった。つまり、私の力ではどうすることも出来ない。

 しかし出来るならば、失った翼を元に戻した方が本編に近い状態になるので、何とかして翼を復元してやりたいと思っている。

 方法があるならば、試したい。


「回復呪文とかで何とかこう、失った腕とか翼とか、そういうのを戻す方法って無いんか?」

「無いわけじゃない、けど……ふあーぁ……余程呪文(スペル)に長けてなければ、まず不可能だろうね」


 回復のエキスパートといえば、一人だけ心当たりがある。

 ゲーム本編でも出てくる、ヘレンという盲目のシスターだ。


 彼女は公式設定で回復呪文のエキスパートであり、その力は失った腕や足を生やす程とされている。

 プレイアブルキャラでもあり、そのスキル構成も回復関連一辺倒。というか、回復役を入れるならヘレン一人で良いとまで言われている。

 その力があるからこそ、公式・非公式問わず「聖母」と表現されており、シスターというキャラクター性もあって、誰にでも優しく接する善性の存在という点が男女カプ推しには受けている。

 まあ開発元のプロスタが言う「聖人」とか「聖母」は一般的な意味合いのそれでは無い皮肉が込められている場合が殆どだが。


 ちなみに男女カプを嫌悪する腐女子には嫌われているキャラクターの一人ではあるが、先に実装されている、且つウォルイという叩きがいのある目の上のたんこぶがあったため、そこまでの被害は受けていないらしい。私は村の住人じゃないからよく知らないが。


 だが、しかし、だ。そんな風に光属性で、誰だって等しく照らす太陽のような存在と認識されている彼女だが、私は彼女が主役に抜擢された夏イベで感じたのは、「善行を押しつけるキャラ」ではないか? いうことだ。


 なんせ救いの手を差し伸べるシーンに「私が救ってあげますよ」と言っていたのだ。


 救って「あげる」、というのは、完全に上から目線の発言だと私は思う。

 しかも後々本編シナリやヘレンの出てくるシーンを読み返してみたら、どのシーンでも「○○して『あげます』」といった表現だったし、男女カプを親の敵だと思っている腐女子ではないが、どことなく「良い子ちゃんぶっている」と感じたのだ。


 それと、前述の通りプロスタは「聖人」や「聖母」「天使」といった単語に皮肉を込める傾向がある。

 これは古参ファンのメタ読みだが、プロスタの言う「太陽」や「光属性」は基本的に、「意志が強すぎる決意の化け物」や「善意を振りまいて余すこと無く押しつけるが故に良い人に見えるだけ」、あるいは「破滅の極光」を意味する。


 実に良い。

 たまらなく良い。

 私はこういう無意識に上から目線で優しさを押しつけてくる、一見すると一般的な意味合いでの聖母だと思われている傲慢な女が大好きなんだよ! 個人の意見です。


 残念ながら、彼女はウィーヴェンには居ない。海沿いにある、貿易が盛んなバラットという都市で仲間になるのだ。

 こんなクソ寒い冬に、しかも病み上がりにラガルティハをそこまで連れて行くのは流石に酷というものだ。

 ヘレンに頼み込んでウィーヴェンまで連れて来るとしても、盲目の彼女を長旅をさせるのは不安だ。現実的じゃない。


 手っ取り早く治せる方法があるとしたら、あと一つ。


「なら、エリクサーなら?」

「精度によっては可能かな。でも、この時代には存在していないはずだよ」

「竜人の血を使ったエリクサーらしき薬剤を、ルイちゃんが制作した」

「彼女が? へえ、やるじゃないか。現物はあるのかい?」

「これがそうだよ」


 ルイちゃんからもらったエリクサー入りの小瓶をポケットから取り出し、蓋を開けてヘーゼルに見せる。

 ヘーゼルはくんくんと匂いを嗅いで、「ふむ」と頷いた。


「間違いなくエリクサーだけど、これだと無理だろうね。品質は良いけれど、所詮は低級エリクサー。失った部位を復活させるなら、せめて中級以上じゃないと」

「……そっか」


 これで低級だとしたら、中級以上を作るためには、それこそ千年竜の血を使わなければならないだろう。

 というか、本来ならそれが原材料なんだから、大昔の千年竜の細胞を使って生まれた竜人の血は、ある意味千年竜の劣化コピーと言える。

 だとしたら、低級にしかならないのは当然か。


「しかし、急に失った部位を復活だとか、エリクサーだとか、何かあったのかい?」

「……後悔はしてないけど、色々と面倒な事をしでかしてしまったかもしれん。ちょっと長い話になるから、夜寝る前に説明するわ」

「ふうん、そうかい。それじゃあ、僕はもう一眠りさせてもらうよ。……あ、ちょっと、毛布は元に戻していってくれないかい? 寒いんだよね」

「自分で出来るんだから自分でやってくれ」


 そう言い残し、私は再び作業室に戻った。


 どうやら掃除はほぼ終わっていたらしく、部屋に入るなり、ぼんやりと部屋の隅に立っていたモズが目を輝かせて抱きついてきた。


「おかえりなさい。モズくん、お掃除のお手伝い頑張ってくれたよ」

「おん。がんばったけん、褒めて」

「はいはい、偉い偉い」


 適当に頭を撫で回してやると満足したらしく、髪がぐっしゃぐしゃになったというのに、満足げに「むふー」と息を吐いた。


「いやぁ、しかし……厄介事というか、面倒事というか、持ち込んでしまってごめんよ」


 ルイちゃんは来週、誕生日を迎える。

 そんな時にこんな重病人を連れてきて、しばらくは入院、ではないが様子を見なければいけないような状況にさせてしまったのは、少々罪悪感があったのだ。

 更に言えば、あの性格クソ捻くれネガティブマンな自己肯定感マイナス男だ。厄介事ではないかもしれないが、面倒事であることは確定である。

 オマケに成人男性。犬猫のような動物なら連れて帰るのは世間一般的にも許されたかもしれないが、いくら情緒五歳児の名誉概念ショタとはいえ、流石に成人男性は許されないだろう。


「厄介事なんて、そんなことないよ! あの人が助かって良かった、って思ってるんだから」

「そっか。うん、まあルイちゃんならそう言うよな……」


 しかし、ルイちゃんはあっけらかんとそう答えた。本当に、一切迷惑だと思っていない様子だ。

 ルイちゃんならそう言うだろうな、とは思っていたが、どこかでお詫びをしたいところである。


「ところで、あの人の名前……ラガル……ええと……」

「ラガルティハな」

「そう、ラガルティハさん。トワさん、お名前を知っていたけど、知り合いの人だったの?」


 そう言われて、背筋がサァッと冷えた。

 そうだった。パニクっていたせいでうっかりしていたが、モロにラガルティハの名前を出してしまっていた。

 今の私達は彼とは初対面で、彼の名前を知る由も無いというのに。


「いやほらあいつをこっちに連れてくる途中で一瞬意識が戻ったからそん時にねアッハッハッハッハ!」


 モズに「余計なことは言うんじゃ無いぞ」と視線で訴えながら、何とかそう誤魔化して、その場は何とかやり過ごした。




 これは余談だが、低級エリクサーはスライムに与えてみた所、残念ながらナースライムに変異しただけで回復薬を量産出来る能力は持っていないようだった。

 そりゃそうだ。あの小説のスライムはチート性能で、庭で飼ってるスライム達はただの一般スライムなんだから。

 そんな都合良くチート個体と出会えるなんて、現実的にはありえないのだ。

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