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131 手心を加えず一息に

 かぷり、とヘーゼルに手を噛まれた事で、海の向こうから意識が戻ってくる。ゆるりと視線を下に向けると、見た目だけなら可愛いくせに普段の言動のせいで小憎たらしく見えるミルクティー色の毛玉が呆れ顔を私に向けていた。


「早く治療をしないと流石に死ぬんじゃないかい? 君、死にたくはないんだろう?」


 そう言われて、いつの間にか忘れていた痛みを思い出した私は、思い出してしまったが故に意識してしまう激痛に奥歯を噛みしめる。

 相も変わらず、銛を伝って、切っ先からぼたぼたと血が垂れている。服にも大量の血が染みこんでぐっしょりと濡れ、出血量もそうだが、吹きすさぶ寒風によって体温も奪われてしまっている状況だ。


 そういえば、やけに体が凍えている気がするし、若干目眩がする。力も入らない。

 出血量的に不味いのかもしれない。


「あの半魔のシスターが連れ去られてしまった今の状況だと、悠長に教会に戻って治療するのはオススメしかねるね。君の傷を治せる人材はあそこには居ないよ」


 立ち上がろうとした私に、行動を読んでいたかのようにヘーゼルがそう語る。


「確かゼリオン剤を【記録】していただろう? それを使えば良いんじゃないかな。あるいは、君の健康体を【記録】しているのなら、そっちを使うのも手だ」

「……記憶の継承とかに関しては、どうなる?」

「肉体を【記録】した時点までの記憶しか有していないだろうね。記憶だけ別に【記録】しているのなら別だけど」

「分かった、今回はゼリオン剤を使う」


 先程まで戦っていたディープワン達は、死んでいるか、セレナの声無き咆哮で皆気絶していた。撤退するなら今しかない。

 しかし、この場で意識があるのは重傷者の私とふわふわの自称神のみ。


 ゼリオン剤を一つ【記録】領域から【複製】してから、肩に突き刺さったままの銛を引き抜こうとしたものの、少し動かしただけで激痛が走って手を止めてしまった。創作作品なら刺さった矢だの槍だのを自分で引き抜くようなキャラはごまんと存在するけれど、平和ボケした現代日本で生まれ育った私には到底到達出来ない境地だと一瞬で悟った。

 ならば、と気絶したモズを起こそうとしたが、いくら声をかけても揺さぶっても何の反応も無い。呼吸も脈も正常なので意識を失っているだけなのは確かだが、セレナの咆哮で魔力か何かに何かしらの影響が出ているのかもしれない。試しにルイちゃんも起こそうとしてみたけれど、結果は同じだった。


 となると、だ。


 私はゼリオン剤の入っている小瓶の蓋を開け、倒れているラガルの傷に中身を垂らす。目に見えるスピードで肉が盛り上がって傷を塞ぎ、刺された傷なんて最初から無かったかのように消した。

 傷が治ったのを確認してから、頬を高速でペチペチビンタする。軽くだけど。

 最初は嫌そうに顔をしかめるだけだったが、ラガルは急にカッと目を見開くと、叫びながら勢い良く飛び起きた。


「ん、ぅ……わああぁぁーーーッ!! 僕っ、刺され……あれっ!? 痛くない!? 傷が無……あああっ! 血! 血が! 血が付いてる!!」

「元気そうで良かったわ」

「あっ……あああ!! あ、あんた大丈夫か!? 怪我っ……それ、刺さって……!」

「大丈夫に見える?」

「見えないから聞いてるんだよ! って、ああっ! ルイが倒れ……モズも! 何があったんだよぉ!」


 ラガルが見るからに、そして盛大にパニクっているおかげで、逆にこっちは冷静になれた。思いもしない副産物であった。


「パニクる気持ちは分かるけど、一回口閉じて話聞いてくれる?」


 そう言うと、ラガルは両手で口を塞いだものの、手に付いた砂や小石が肌に付いたのが嫌だったのか、すぐに手を離して服の袖でゴシゴシと拭った。


「まず、ディープワン達は見ての通り死屍累々だから放置で良い。ラガルの怪我は私が治した。ルイちゃんとモズは気絶してるだけで、怪我は無いしあっても軽傷なはず。ヘレンはセレナに連れて行かれたけど、あの子の事だからヘレンに怪我をさせるはずが無いし、ヘレンは気絶こそしたけど怪我はしてなかった。セレナの傷はヘレンが全部治してたっぽいから問題なし。ここまではオッケー?」


 コクコクと赤べこのように首を縦に振って、ラガルは分かったと意思表示をする。


「で、次に私。見るからに無事じゃないことは分かるね?」


 ラガルはもう一度、何度も首を縦に振る。


「今から治療のためにこの銛を引っこ抜かなきゃならんのだけど、自分じゃ無理だった。だから、ラガルに頼みたいんだけど」

「むむむ、無理だそんなのっ!!」


 私の言葉を遮って、ラガルが拒否する。

 だけど、私は続ける。


「頼むよ。今頼れるのは、ラガルしか居ないんだ」

「だ、だって、血がいっぱい出て怖いし……!」

「大丈夫、バケモンに立ち向かうよりは勇気を奮い立たせる労力は少ないよ。なぁに、ただちょっとデカいトゲを抜くだけだ」

「トゲとそれだと大きさが違いすぎるだろ! そっ、それに、も、もし失敗して、あんたがもっと苦しい思いをしたり、し、死んじゃったら……!」

「死ぬも何も、そもそもこれを抜かないと治療が出来ないんだよ。秘蔵のルイちゃん情報教えたげっから、な? 頑張ってみよ?」


 そりゃあ、素人がいきなり銛がぶっ刺さってる重傷者から「ちょっとこれ抜いてくれん?」と言われても心の準備なんて出来る訳がないし、怖いと思って躊躇してしまうのはもの凄く理解出来る。私だってその立場になったら、最初の一言は「無理」と言ってしまうだろう。

 だって、何か怖いじゃないか。もし自分が引っこ抜いた時の傷が原因で死んでしまったらどうしようとか考えるし、そうしたら理屈では仕方が無いと理解していても、心では自分が殺したようなもんだと思ってしまいかねない。


 ラガルに無理なお願いをしているのは重々承知だ。だから、ラガルの好きなルイちゃんで釣って駄目だったら次の手を考えようと思っていた。

 しかし私の予想に反し、ラガルは涙を浮かべていた目をぐしぐしと袖で拭うと、ずびっと鼻を啜ってから立ち上がった。


「そんなご褒美無くったってやるよ!!」

「おお、急にやる気出した」

「だ、だってこれ抜かなきゃっ、怪我治せないんだろ!? け、怪我を治せなかったら、死んっ、死んじゃうじゃないかぁっ!!」


 折角涙を拭ったというのに、恐怖か不安か、また目が潤んでいる。と思ったが、すぐに涙が溢れて頬を伝っていた。泣いちゃった。

 ガクガクと膝は大爆笑しているし、鼻水は垂れそうだし、半泣きどころか泣いているけれど、情けなくも頼もしい矛盾した姿を見て、何故か誇らしいと思った。これが親心というやつだろうか。


「助かる。ありがとう、今のラガルは世界一格好いいぞ」


 【記録】領域からもう一つゼリオン剤を【複製】し、左手に握る。蓋を開けておくかは迷ったが、抜くまでの間に取り落としてしまったらいけないのでやめておいた。


 ラガルが私の背中側に回り、銛の柄を掴む。柄を掴んだ時にわずかに銛が動いて痛みが走ったが、ラガルが勇気を振り絞ってくれた手前、何とか悲鳴を押し殺した。

 激痛に歯を食いしばったら歯が割れた、なんて事が起きるかもしれないので、無いよりマシだと思ってコートの袖を噛む。漫画やアニメ、小説なんかでよく見るから詳しいんだ、私は。


「い、いくぞ……!」


 深呼吸を一つ。心の準備をしてから、ラガルの問いかけに頷いた。


 ぐんっ、と体ごと銛が引っ張られる。その瞬間、体を貫かれた時より酷い激痛が走り、頭の中が真っ白になる。悲鳴を我慢するどころの話じゃない。勝手に喉から絶叫が出たし、目からは涙が溢れた。

 私の絶叫に驚いたラガルが銛から手を離してしまい、体が前のめりに倒れる。ラガルが慌てて駆け寄って来たが、すぐに返事を返せる程の余裕は一瞬で消し飛んでいた。


「ヒッ!? ごっ、ごめん、痛かったか!?」

「~~~ッ!! ッハァ、ハアッ、はぁっ……」

「あう、あうう……ど、どうすればいいんだ……!? なあっ!」

「や……やると決めたら……腹ァ括って……躊躇せずに……一気にやりなさい……」

「で、でも痛がって……血もいっぱい出て……!」

「どちらにせよクッソ痛いけどじわじわ嬲られるよかマシ……! 時間かけると、余計に苦しい思いをさせるハメになるよ……今みたいにね……」


 ぶっちゃけ刺さった時より痛かったかもしれない。一気に精神力を削られた気がする……!


 年甲斐も無く顔中を涙と冷や汗でベショベショにしてしまったし、そのせいで砂や小石が顔に張り付いて不快だ。乱暴にコートの袖で拭ってから息を整えて、何とか体を起こし、私よりベッショベショに顔を涙と鼻水で汚してるラガルと目を合わせる。

 いや何で私より泣いてるんだ。そういう所が推せるけど、今は頑張って欲しい。


「はい復唱、生かすも殺すも、手心を加えず一息に」

「い、生かすも殺すも、てごころをくわえずに一息に……」

「よろしい」

「……てごころって何だよ」

「この場合は手加減のこと。一つ賢くなったな」


 ラガルにもう一度背中側に回るよう促し、下唇を噛んで一度深呼吸をする。開いた傷口がじくじくと痛んだ。


「背中踏んで良いから思いっきりやってな。私がいくら泣き叫ぼうが止めたら駄目だぞ。あんな痛みあと一回経験するのも嫌なんだからな私は。正直トラウマになってっからな」

「わ、分かった……!」


 口が回る。不安感から何か喋って恐怖を紛らわしたいのだろう。私は緊迫した状況ほど口が回るタイプだとモズと出会った時に知ったからわかる。自己分析は就活時に嫌というほどやったから頭に染みついているのだ。

 だが、これ以上のおしゃべりは不要であることも理解している。更に高速回転しそうな口を下唇を噛んで無理矢理止めてから、何とか最低限の言葉を厳選して、それだけを口にした。


「私のためを思うなら、何としてでもこの一回で終わらせてくれ。頼んだぞ」

「た、たのまれた……!」


 ラガルが銛の柄を掴む。私の背中を踏んで踏ん張る体勢に入るのを感じる。

 もう一度コートの袖を噛んでから、やってくれ、という意味を込めて頷いた。


 先程とほぼ同じ激痛に、勝手に喉から絶叫に近い呻き声が出て頭が真っ白になった。が、今度は体を持って行かれなかったし、最初の方は絶叫を多少我慢出来た。前者に関しては、ラガルの足が背中を押さえつけているから先程よりしっかり銛を引き抜けているのだろう。後者は、まあ、一度経験したからどれだけ痛いか予想が出来ていたから。

 だけどその代わりに、途中でつっかえている感覚がした。遠のく意識の中で、何故か残って居た冷静な部分が「あー、これ返しが骨に引っかかってるんだろうなぁ」なんて答えを出していた。


「ひいぃっ! ごめん、すぐっ、すぐに抜くからっ!」


 ボォーン……という耳鳴りの中で、どこか遠くに聞こえるラガルの声がそんなことを言っているのが聞こえる。

 残っていた冷静な部分が「おう、手早く頼むぞー」なんて呑気に返事を返したが、それが口から出ることは無かった。

ご清覧いただきありがとうございました!

昨日はメンタルメショメショ日だったので執筆おサボリしてました!! よって一日遅刻しました、申し訳ございません!

オラに元気(という名の感想とかいいね)を分けてくれ……!


ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

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