118 柏手を打つ
何はともあれ、協力してくれることになったベアード神父と大体の情報共有をした後、元々ヘレンに用事があったらしいので調剤室の方まで一緒に向かった。
調剤室に戻ってきて、まず私を待っているだろうラガルの姿を探す。
既に帰ってきているだろうラガルが再びすみっこ暮らししているかと思っていたのだが、何やら空瓶の運搬に駆り出されているようで、ひいひい言いながらも大量の瓶が入った重い箱を運び出していた。多分、私が帰ってくるまで部屋の隅で小さくなっていようとしていた所に声をかけられて、そのまま手伝うことになったのだろう。
丁度良いのでそのまま運搬を手伝うように言ったタイミングで、「少し席を外します」と私に伝え別室に向かったベアード神父とヘレンを見送り、一息つく。
とりあえず私が居なくなった後のことはベアード神父が何とかしてくれるから、問題は無いだろう。この事に関してはとりあえず一安心だ。
しかし、ヘレンに話があるとは一体何なのだろうか。ちょっと気になってしまう。
二人共聖女と会っていたようだし、それ関連で話があるのかもしれない、とちょっと二人の会話の内容が気になったが、盗み聞きするのは少し抵抗感があったのでやめておいた。聞き出せるようなら後で聞けばいいし、と自分を納得させた。
それに、それよりも先にやることがある。モズが一体どうして奇行に走ったのか、ちゃんと理由が知りたかったのだ。
流石に人前で問い詰めるのは私も心が痛むので、廊下に出てモズに話を聞くことにした。
「ちょっとモズ、お前熊おじに一体何を思ってあんなことをしたの?」
「起こした」
「いやその説明じゃ分からんて。人に説明する時に簡潔に答えるのは良いけれど、何が、いつ、誰が、どこで、何故、どのように、のW5H1を念頭に置いてちゃんと主語を使って話しなさい」
何とも簡素すぎて結論しか要領を得ない返答をするモズのほっぺを両手で挟み、回すようにうりうりと弄る。体罰ではないにせよ叱っているつもりだったのだが、ほっぺむにむにが大変嬉しかったらしく、私の話を聞いているようには全く思えなかったのですぐに止めた。
ここで、胸元から顔を出していたヘーゼルが会話に入ってきた。
「彼はね、何かの術に侵食されかけていたんだよ」
「へ?」
「拍手の音にコギトを乗せてぶつけて、術の一部を歪ませたんだ。それでまだ不完全な状態だった術の形態が保てなくなって、四散して消えたんだろう。邪気払いに近いやり方だね」
ヘーゼルが普通に人語を話している所を誰かに見られていないか慌てて周囲を確認するが、人の気配は無い。だから平然と会話に混ざってきたのだろうとは分かるけれど、いきなり最初から会話に混ざっていましたみたいな雰囲気で話し始められると慌ててしまう。
ところで彼の発言的に、モズは除夜の鐘やお守りの鈴、相撲の四股踏みのように、音によって邪気――ここではベアード神父にかかっていた術――を祓うという手段を取っていたらしい。にしては可愛らしい音量ではあったけど、あの見事な掌返しを見聞きした身としては、効果は確かだったことがはっきりとわかる。
霊を祓うには手を叩けば良い、なんて言われることもあるし、恐らくそれと同じだ。あれは単純に音を出して追い払うのではなく、自身の気、オーラや覇気といったものを音として放出し、その霊力的な何かに影響されて霊が祓われるなり逃げていくなりするという訳だ。
私自身がスピリチュアルなんて都合の良い時にしか信じないタイプな事もあり、正直現代では霊の存在含め眉唾案件だと思っているが、少なくともこの世界ではちゃん効果があるものらしい。
というか術に侵食されかけてたって何!? いや、それならあの違和感のある熊おじの発言にも納得はいくけども!
いつどこのタイミングでそんな信念に反しそうな発言をするような洗脳チックな術を……あっ、聖女かもしれない……。午前中に会ってたって熊おじ言ってたし……ダニエル女公爵も聖女が厄介って言ってたし……。
「色々聞きたいことは山ほどあるんだけど、とりあえず、何かの術is何? そんなのが熊おじにかかってたってこと?」
「そういうことだよ。スペルじゃないことは確かだけど、僕も初めて見るものだから細かいことまでは分からないなぁ」
首を捻り、渋い顔をするヘーゼルの反応的に、本当に思い当たるものが無いらしい。案外色々と抜けている所があるので「ほんとぉ?」と追求したいところだが、少なくとも自称神とはいえ全知全能ではないことは確かではあるので深くツッコまないでおく。
彼には思い当たるものが無いらしいが、私には一つ思い当たりがある。
「……宙族が使う系列の――魔術、とかじゃなくて?」
「似たようなものはあるけれど、僕の知っている限りのものだと、術者が近くに居る必要があったり、人族や人間にとってはかなりの負荷がかかる術なんだ。そもそも視界に入れていないと意味が無いものが殆どだよ」
「セイレーンの歌声は?」
クトゥルフ神話TRPGの知識ではあるが、セイレーンの歌声という魔術が存在する。
歌声を聞いた者に対し、判定に成功すれば、その人物にとって非常に魅力的で自身の求める全てがある存在だと認識させることが出来る術だ。比較的ローコストで効果時間も長く、術者から離れても効果が続く。要するにタイムリミットのある信者製造機のような魔術である。
私の発言に否を唱えたベアード神父の発言は、どれも聖女を擁護するようなものだった。可能性はあるだろう。
蛇足だが、セレナのような人魚の声を聞くと魅了されてしまうと言われているのは、多分この魔術が元なんじゃないかという考察が、考察界隈の中では通説となっている。
「ああ、無くはないかもしれないね。コギトの容量やイドの負担的にも、人族や人間にも使いやすい魔術だ」
納得がいったようにきゅるりと目を輝かせるヘーゼルだったが、でも、と首を横に振る。
「確かにかけること事態は可能だろう。けれど人族や人間とは相性の悪い術だからそれだけイドを……うーん、君に分かりやすく言うと、正気度が削られるからね。そういう術は、基本的に避けたいものだろう?」
「使うメリットがあったから使ったとか? 熊おじはアルバーテル教会の中でもそこそこ偉い人だし。てかMPは魂の力でSAN値は魂なんかい」
「そういうものだと捉えてもらっても構わないよ。しかし……うーん、以前セイレーンの歌声にかかった人族を観察したことがあるけれど、あんなに理性的で落ち着いた感じではなかったんだ。もっとこう……ユリスト・ネッカーマや、ルイとラガルティハが親密にしている瞬間を目撃した君みたいな感じに近かったよ」
「じゃあ違うか~」
大変説得力のある反論に、私は納得するしかなかった。
そりゃあ推しに狂っている同志を山ほど見た事があり、当事者でもある私としても、ベアード神父のあの反応は推し狂いとは別物だと断言出来る。セイレーンの歌声にかかっている状態イコール推しに狂っている状態とほぼ同義、と考えるならば間違いなく違うだろう。
しかし、そうなると私の疑問は最初の地点に戻ってしまう。
「……えっじゃあ何だったの熊おじにかかってた術って」
「分からないから困っているんじゃないか。まあ、でも……」
ヘーゼルはちらりとモズを見て、続ける。
「彼が上手いこと祓ったみたいだし、良いじゃないか」
「良くないけどそれは確かにファインプレーではある。よくやったぞモズ~! でももうちょっと詳しく説明出来るよう今後は頑張ろうか!」
「おん」
今度は褒める意味でほっぺをむにむにしつつ言葉でも褒めると、無いはずの犬尻尾が高速でブンブン振りまくっているのが見えた気がした。
「……仮に魅了とでも呼称するけれど、熊おじにかかってたチャームって、聖女がかけたとかいう可能性ある?」
「完全に術に侵食されきって居なかったということは、直近に会った人物がかけたものだろうから、可能性はあるだろうね。流石に術者の判別まではつかないし、確定ではないけれど」
「うーわめんどくせぇ~! 絶対相手にしたくないタイプのやつじゃん……見るからにPOW高そうな熊おじが半分術にかかってたみたいな状態だし、素の成功率めっちゃ高いか判定につよつよ補正がかかってるタイプのやつじゃん! うわやだなぁ……」
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色々何とかなったので更新再開ですᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ
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