110 お人好しも程々に
冒険者ギルドへと向かう途中、ふと、広場の付近に見慣れた馬車が駐まっているのが視界に入った。
「ダニエル様、あれってローズブレイド家の馬車では?」
「どこだ?」
「あそこです」
貴族の馬車には、側面のドア部分に家紋が刻まれている。私達の場所からは馬車の後ろ姿しか見えないので、イマイチ判別がつかない。
しかし、馬車を引いている馬がたまたま横に首を伸ばした時に、魚目と特徴的な流星が見えた。私はその子に見覚えがあったから、ローズブレイド家の馬車だと気付いたのだ。
少し馬車に近づいてドアの装飾を確認すると、やはり、薔薇を模したローズブレイド家の家紋があった。
窓にはカーテンがかかっていたため中の様子を伺う事は出来ないが、私達に気付いた御者さんが手を振って、すぐに顔を引っ込める。御者台から室内が見えるように取り付けられている小窓があるのだが、恐らくそこから中に居るだろうジュリアに報告しているのだろう。
私達がそのまま馬車の所まで辿り着くと、丁度そのタイミングでジュリアが馬車から出てきた。開口一番挨拶をしようとしたのだが、何やら切迫した面持ちで、何か問題が発生したのかと察せられた。
「ルージュ、話がある」
変装したままの姿で、いつも通りの口調でダニエル女公爵が声をかける。ジュリアは一瞬驚いた様子だったが、慣れているのだろう。瞬時に順応して緊迫した様子に戻った。
……いや、緊迫しているというだけではなく、何となく、どこか不機嫌そうな印象を受ける。本当、何があったのだろうか?
「奇遇ですね。私も少々、叔母上に確認したいことが」
「聖女の案件か?」
「! 叔母上も見かけ……いや、それよりも重大な事が」
「分かった。馬車の中で話そう」
「中にルイ達と重要参考人がおりますが、話を聞きますか? 一応、ルイとラガルも今回の件に巻き込まれてしまった被害者のような立ち位置ですが……」
「そうか、その重要参考人とやらだけ残して後は下ろせ」
「かしこまりました」
どうやら、馬車の中にはルイちゃんとラガル、そして重要参考人なる人物が居たらしい。ジュリアはドアを開け、中に声をかけて、ルイちゃんとラガルに下車するように言った。重要参考人がどんな人物だったのか気になったが、位置的に見えなかった。
下車したルイちゃん達は、私とモズ、そしてユリストさんに気が付くと、予想外だったのか目を丸くしていた。
「あれ? トワさんとモズくん、それにユリストさんも」
「ごめんね~お出かけ中に。いやぁ、ちょっと色々厄介事が起きちゃってさ」
「こっちも大変だったんだぞ……!」
朝はそうでも無かったのに、いつの間にやらルイちゃんへの距離感が物理的にめちゃくちゃ近くなっているラガルは、どこか憔悴しきっている様子だ。
ルイちゃんにべったりくっついているような距離感なのは、懐いているとか好きだからとかそういう感じではなくて、何というか、ルイが自分から離れないように見張っているような、そんな雰囲気がある。そんなラガルを見て、モズが無言で真似するように私の腰へと抱きついてきた。
分離不安症の大型犬か? 少し前にルイちゃんとはぐれて迷子にでもなったか?
「うっわラガル半日でやつれてない? 大丈夫?」
「大丈夫じゃなかった……!」
溜まりに溜まったものを吐き出すように返事したラガルは、それはそれは大変な心労があったことを如実に表していた。
「すまないが、しばらくそこで待っていてくれ」
「はーい」
ジュリアはそう言うと、馬車のドアを閉めた。しばらく外で放置される事となる私達だった。寒いから話早く終わって欲しいな……。
「さっきのジュリア様の言葉からして、何か事件に巻き込まれたみたいですけど、何があったんですか?」
ユリストさんの言葉に、ああそういえば、と今更私も気が付く。
本当に何の気なしに聞いたらしいユリストさんだったが、一方で問われたルイちゃんはぎくりと一度大きく体を跳ねさせたかと思うと、慌てたように両手を振って返事をする。
「そんな大したことじゃ――」
しかし、そんなあからさまに誤魔化そうとするルイちゃんの言葉を遮って、ラガルが珍しくルイちゃんをジト目で見ながら口を挟んだ。
「ルイが攫われそうになった」
「What's!?」
唐突な爆弾発言に、つい大声で叫んでしまった。はっとして周囲を見渡すと、通行人の皆様の視線が私に集まっていて滅茶苦茶恥ずかしいことになっていた。
ヘヘ……と愛想笑いと会釈を何度かして誤魔化すと、すぐに私に集まっていた視線は散っていった。
今の私のように注目を浴びないようにか、やや声のボリュームを抑えてルイちゃんが発言する。
「ち、違うの。ちょっと状況的にそう勘違いされるようなことをされたってだけで、別に何も……!」
「ルイちゃん」
ルイちゃんの左隣に立つラガルが、自身の尻尾をルイちゃんの腰に回し、左腕をがしりと掴む。
そしてさりげなくルイちゃんの右隣に移動していたユリストさんが、これまたさりげなく、しかし確実に逃がさないように肩を掴む。
二人共、ナイスサポート。特にラガルは意外だった、グッジョブ。
心の中でサムズアップをしつつ、わたわたと慌てるルイちゃんに距離を詰めて、私は、とびっきりの笑顔を浮かべる。
「何があったか、ちゃんと、一から十まで、包み隠さず、嘘をつかず、全部話なさい。いいね?」
「ちゅ、ちゅあぁ……!」
退路を断たれたルイちゃんは、大変嗜虐心を煽る小さな悲鳴を上げて何とも味のある恐怖顔を晒す。とはいえ、悲鳴が「ちゅあぁ」だからガチビビリなのではなく、今から根掘り葉掘り問い詰められるのが分かってしまって戦々恐々としているだけだ。
そりゃそうよ。拉致されかけるなんていう大事件を誤魔化そうとするのだから、当然である。
――そういうわけで、ラガルと二人でお出かけしていた時に何があったのかを聞き出したのだが。
「……あのさあ、これどっからツッコめばいい?」
「私に聞かれても困りますよぅ! こちとら情報量が多くて宇宙猫状態なのに!」
ルイちゃんから聞き出したのは、一言で言えば、ヨダカから拉致されかけたとのこと。
いや、他にもお友達――現在馬車の中で重要参考人として話を聞かれている人物――が出来たとか、買い物をしていたらプレイアブルキャラのギィと出会ったとか、謎の男からアーティファクトのブローチを押しつけられたとか、聞いたのだが、それは後回し。
とりあえず、まずは。
「ルイちゃんや。まずね、例え相手側に悪意が無かったとしても、合意も無しにどこかへ連れ去ろうとするのはね、拉致だからね? 分かった?」
「で、でも謝ってくれたし……」
「拉致だからね? 分かった?」
「……はい……」
しゅんと落ち込むルイちゃんを見て少し心が痛むが、流石にお人好しすぎてちょっと心配になってしまったので強めに言い聞かせる。
ARK TALE本編を知っている身としては、相手がプレイアブルキャラであるヨダカということもあって、ある程度好感度のある相手が、悪意ではなく善意から行った行為ということで心理的に「仕方ないなぁ」で済ましてしまいそうになる。
が、そういう先入観を取り除いて状況だけ聞くと、完全に拉致未遂である。
そして拉致被害に遭いかけたというのに、ストックホルム症候群なんてものの補正無しに、生来のお人好し気質のせいで「ちゃんと謝ってくれたから」「悪気は無かったみたいだから」と許そうとしている。
いやね、もうね、分かるけども! ルイちゃんそういう性善説が根っこにある子だってのは分かるけども! 私も「まあ知ってる人がやったのなら」って思う所はあるけども!
それはそれで、これはこれ。客観的事実と事実に対する感情は別に考えるということを覚えて欲しい。
おばちゃんこの子が心配だよ。絶対悪い大人に引っかかるよこの子。
「で、その相手がヨダカだったんだよね」
「はい……」
「ルイちゃんの発言を鵜呑みにするなら、善意から、バラットの外に連れ出そうとしていたんだね?」
「うん……」
「いや何でやねん」
そう、頭を悩ます案件はもう一つある。
ヨダカが何故、危険からルイちゃんを遠ざけようとするべく行動に出たのか、だ。
ちなみにその迫っている危険については、現在進行形で馬車の中でジュリア達が話し合っている案件らしく、ルイちゃんの口からは言えないとのこと。道すがらにダニエル女公爵から聞いた話と照らし合わせると、また宙族が出るとか、宙族でないにせよ何かしらの都市の危機があるのかもしれない。とりあえず、ジュリア達待ちの情報になるだろう。
そういえば、と以前のことを思い出す。私が聖女について調べた結果、ヨダカに命を狙われる羽目になった、あの時のことだ。
私達と戦っていた時はこちらの話を一切聞かず、一度も口を開かず粛々と私達を始末しにかかる必殺仕事人だったというのに、ルイちゃんが現れた瞬間に攻撃を止めた。
少し確認したいことがあり、私はユリストさんに声をかけて、会話を聞かれないように少しルイちゃん達から距離を取る。
ルイちゃんを捕獲していたユリストさんが離れた訳だが、別に犯罪を犯したわけでもなく、むしろ被害者側であるルイちゃんが逃げだそうとするわけがない。そもそもルイちゃんはお説教が嫌だから逃げるなんて子供っぽいことはしないのだが、それでも逃がさないようにかラガルがしっかりとその両手と尻尾で掴んでいるので、万が一、いや、億が一何かあっても安心だ。
私は以前のヨダカとの出会いをざっくりと説明して、それを踏まえて、質問をする。
「――そういう訳なんですけど、私が知らないだけで、公式でヨダルイ成立するようなエピソードってありましたっけ?」
「いや、無いはずですけど……あったとしても、それこそハニバの探偵パロイベ世界線での話でしょう? そもそも途中加入プレイヤーの僕より、初期勢のトワさんの方がそういうの詳しいんじゃ?」
「ほら、見落としてるとか、何か忘れてるエピソードとかあるかもしれないし……」
探偵パロディイベントでは、ヨダカとルイちゃんは探偵と助手という関係性だが、それだけではない。実はユリストさんと旧知の仲且つ婚約者だったことが判明したルーカスを含め、三人が同じ孤児院で育った幼馴染みという設定なのだ。
何ならその三人で事務所兼自宅に同棲している設定である。ヨダルイルカ三人カプ美味しいです!!
要するに、探偵パロディイベントの世界観のヨダカであるならば、何があろうとルイちゃんを攻撃なんてしないだろうし、何なら守ろうとしてもおかしくない。
しかしここは本編世界線である。
旧友だとか、かけがえのない相棒だとか、そんな要素は一切無いのである。
不意にユリストさんは何かを思いついたようにポンと手を叩くと、ドヤ顔でその思いついただろう推理を語った。
「あっ! もしかして、中身が僕みたいにARK TALEのオタクだったり?」
「ウーン、成り代わり系夢小説はあんま好きくないんだよなぁ。というかあいつの戦い方といい振る舞いといい、成り代わりとか二次創作のヨダカみたいな感じは無かったし、多分公式ヨダカそのままだと思いますよ」
「そうなんですか? そればかりは僕も実際に見てみないと判別つかないなぁ……」
「ですよねぇ」
「他に考えられる可能性はー……例えばですけど、あのヨダカは聖女が召喚した探偵パロイベ世界線のヨダカっていうのはどうでしょう」
「んなわけあるかい。召喚術が普及するのはもっと後ですよ、前作的に考えて。……いや、そう考えると辻褄は合うような気がしますけども!」
ARK TALEの世界では、召喚術というのは宙族が使う術だとされている。クトゥルフ神話的に、神性の招来や奉仕種族の召喚といった術が数多く存在するので、そういう分類がなされているのだ。
ただし、時代的に未来の話である前作「勇者は世界を救うもの」では一般的に普及していて、クトゥルフ神話的ではない、よくあるファンタジー作品に登場するような召喚術が登場する。
平行世界の同一人物を召喚出来そうな召喚術は間違いなくARK TALE世界に存在する。それは紛れもない事実である。
だが、それは今の時代には無いものだ。可能性としては、限りなく低いと見ていいだろう。
ご清覧いただきありがとうございました!
次回の更新は11/2(土)となります。
別の投稿サイトで開かれている短編小説のコンテストに参加したいので、そのための短編小説を執筆するために、一度お休みをいただきます。
ご了承ください。
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