108 責任感
ルイはジュリアに向き直り、本題を切り出そうとする。
「ジュリアちゃん、それより大事な話があるんだけど……」
「そうか。なら部外者にはお帰りいただこう」
「関係者なんだけど!」
レイシーの言葉にジュリアは顔をしかめ、ルイに視線を向ける。彼女がこくりと頷いてレイシーの言葉を肯定したので、非常に嫌そうな顔をしたものの、嫌々それを稜々するのであった。
「……わかった。不本意だが、君にも話を聞こう」
「うわ、性格悪っ」
「れ、レイシーちゃん……!」
私情を何とかねじ伏せて絞り出したジュリアの言葉に、確かにレイシーは小さな声で悪態をつく。彼女にとってはそう聞こえてもおかしくはないのだが、これでもブチギレ寸前なのをギリギリの所で取り繕っているのを知っているルイにとってはハラハラものである。自身の友人を誤解され悪態をつかれるのが嫌だったのもある。
当然、そんなレイシーの呟きが耳に届いたジュリアは、眉間の皺を更に深めているし、怒りと苛つきでそろそろ血管の一つや二つブツッといってしまいそうだった。
正直言って、この場の雰囲気は最悪の一言で表現できてしまう状態である。ルイとラガルは今にも胃がある辺りの腹をさすり始めそうな様相であったし、たまたま通りかかった通行人は何の修羅場かと足を止めていた。
流石に人の往来がある場所、それも寒空の下で話すような事では無かったので、ジュリアが近くに待機させていた馬車の中に乗って話し合いをすることになった。
そうして、ルイは先程あった事を彼女達に説明した。
スタンピードのこと、そして、宙族・ディープワンのことを。
――そして横槍を入れたレイシーがヨダカについて口を滑らしたため、芋づる式に誘拐未遂のことについても。
ジュリアは、一応は最後まで話を聞いた。途中で話を中断させて怒鳴ることも、話を遮って説教をすることも無かった。
しかし話を聞いていく内に、どんどんと隠しきれない感情が増えに増えまくった。それはもう、先程「最悪の雰囲気」と言った時の雰囲気を凌駕する程に。ラガルは途中から下唇を噛み、青白い顔で自身の鳩尾辺りを押さえていた。
ヨダカのことまで話してしまったルイは、ばつが悪そうに、明らかにジュリアから顔を背けている。話したくないことまで話してしまった、と思っているのだろう。
長い、長いため息を一つついて、事のあらましを全て聞いたジュリアは、そんなルイの頬に両手を添え――そして、半ば八つ当たり気味に、乱雑にその頬をむにむにとこねくり回し始めた。
「ルイ! 君は、何度、言ったら、危機感を、覚えるんだ!」
「んむぅぅ、あう、あうぅ、ご、ごめんってばぁあぁ……!」
「君は! 身内を殺そうとした男を! 庇おうと! してたのか!?」
「いひゃいいひゃい! ち、違うよぉ! 確かに最初は怖かったけど、話してみたらこう……私のことを心配するような発言とかあったし、話の通じる相手だったからそんなに悪い人じゃなかったのかなって……」
「~~~~~ッ!!」
「ぴいぃ! いひゃいよぉ!」
両手で頬を挟まれたままぐりぐりもにもにと動かされ、途中からつねられ引っ張られ、ルイはあうあうと口から漏れる呻き声を抑えられずに垂れ流す。ルイは嫌がってはいるが、それでも甘んじて受け入れている。ヨダカのことを極力隠し通そうとしたことに、少なからず罪の意識があったからだ。普段とは立場が逆転している二人に、ラガルは少し驚いていた。
根掘り葉掘り聞き出したおかげで、ヨダカの行動が下手すれば誘拐になっていた事を知れたジュリア達ではあったが、最初、ルイはそれを言わなかった。ただ「話をした」としか言わず、しかも彼が以前トワ達を襲撃した犯人であったことも問い詰められて最後の最後に観念して白状したのである。それを白状するに至るまでの間も、彼について説明する言葉は全て、他人から聞けば庇っているように聞こえるものだった。
それに関してはルイに悪気は無いし、意図してヨダカを庇うような発言をしているのではない。完全に無意識に、相手を責めないような言葉を選んでしまっているだけなのだ。
とはいえ、そんなお人好し故の悪癖と言わざるを得ない言動がジュリアの神経を逆撫でしていた訳で、ついに堪忍袋の緒が切れた彼女が怒り任せにルイの頬をもみくちゃにしたのであった。本当なら怒りにまかせて平手どころか拳が飛んでもおかしくはなかったが、弱きを守る棋士としてのプライドという、理性最後の砦がそれを止めさせていた。
一頻りルイの頬をいじめ抜いてから、ジュリアはようやくルイを解放する。少し赤くなってしまった頬を擦るルイを呆れたようにじとりと見やった。
「とりあえず、ヨダカと言ったか。彼の行った誘拐未遂行為に関しては、ローズブレイド家として正式に抗議させてもらう」
「あ、うん。それは全然良いよ。何ならあたしからも言うし」
「い、いいよぉそこまでしなくても! あの人も悪気は無かったみたいだし、それに何も無かったんだから……」
「そ、う、い、う、と、こ、ろ、だ、ぞ!」
「んむぁ、や、やめてよぉ!」
しかし舌の根も乾かぬ内に再びヨダカを庇うような発言をしたので、再びルイの頬をつねる。少し冷静になってきたのか、今度は痛くない程度に。
先程よりは随分と早く解放した後、ジュリアは再びレイシーに視線を移し、ぎろりと睨み付けながら質問を投げかける。
「しかし、聖女なんて地位を持つ者が、何故紅燕の者を護衛にしているんだ」
「ユイカの予言のせいかな~。あたし含め、なんか必要な人員なんだってさ。それこそ暗殺者とか宙族とか関係無く集めてるし……あ、これ言っちゃ駄目なやつだった気がする。まあいっか」
レイシーはうっかり口を滑らせてヨダカが聖女の下につくに至った経緯を喋ってしまった上に、宙族が仲間に居る事を示唆する情報まで話してしまった。
本人は大した問題ではないと軽く思っているようだが、これはアルバーテル教会内でもトップクラスの機密事項となっている事案だ。それもそのはずで、宙族は言わばキリスト教における悪魔のような存在であり、それと密接に関わることはアルバーテル教会の禁忌とされているのだから。
即座にそれに気付いたジュリアは、数秒程じっとレイシーを見つめていたが、すぐに何かを考え込む。彼女を見つめたのは、その情報の真偽を確かめるため、妖精種の力で彼女の感情を読み取っていたのだろう。
「そういえばレイシーちゃん、聖女様って……まさか」
「確かアンタ、あの男の知り合いだって言ってたよな……?」
「ああ、うん。言ってなかったっけ? ユイカはあたしのパトロンなの。ええと、確かここに……ほら、聖女付きを証明する紋章」
馬車に乗る前にもレイシー本人が聖女の付き添いをしていると言っていたが、その時はジュリアに気が向いていてルイは気付いていなかったらしい。裏路地の時は場が緊迫していてそれどころではなかったし、そのまま忘れてしまっていたのだ。
ラガルは裏路地の時に聞いた発言から薄々感づいていたようだったが、聞くタイミングが今まで無く、今になってようやくその事を聞いたのだった。
二人の質問にレイシーはあっけらかんと答える。鞄を漁り、聖女の仲間であることを証明する紋章のブローチを見せた。本来なら胸辺りに付けていないといけないものなのだが、レイシーは服に付けっぱなしにしたまま忘れて一緒に洗濯に出したり無くすことがあるため、普段は付けず鞄にしまっているのだ。
「聖女の仲間ということは、ヨダカという男が言っていたディープワンによるスタンピードの件を知っていたということか?」
「まあ、そりゃああたしらは知ってたよ。だって、そのためにあたしらが来たんだから」
「ゴーレムの試験運用でバラットに来たと言っていたはずだが」
「そのスタンピードで試運転する予定だったし、都市に危険が及ぶ前にユイカが何とかする予定なんだよね」
何でも無いことのように語っているレイシーだが、これも機密情報である。いくら聖女の予言の真偽が現状不明であっても、聖女がスタンピードが起きる事を容認したという事は、それが現実に起きてしまう予言ということになってしまう。世間的には聖女の予言は全て真実とされているため、この情報が知れ渡ってしまったら、それこそ大混乱が起きてしまう。
それに、聖女が突如起こったスタンピードで混乱している最中に颯爽と現れ、その圧倒的な力で瞬く間に解決し、人々の注目と賞賛を浴びるという計画が台無しになる。
しかしそんな聖女の思惑なんて深く考えていないレイシーは、さらりとこの事を話してしまった。
当然、この事を聞いたジュリアは激昂した。
「スタンピードの前兆を知っていながら、発生するまで放置するつもりだったのか!? 都市が滅ぶ危機だぞ!」
「良いじゃん別に、被害が出なけりゃいいんだから。それにユイカが居るんだから平気だって」
「被害が出る可能性の事すら考えていなかったのか!?」
「ユ、ユイカが大丈夫って言ってたんだから、そんなの考えないじゃん普通……。だって予言が出来る聖女の言ってることだし……」
レイシーの言うことも、理解出来なくもない。
もしキリスト教徒の目の前に天使が現れ、予言を伝えてきたらどう思うだろうか。それを幻覚か白昼夢だと思う者もいるかもしれないが、キリスト教徒である以上、天使の存在や予言を信じる者が多いだろう。
彼女が聖女の発言を信じ切っているのは、それと同じことなのだ。
ジュリアもそれが分かったからこそこれ以上詰問することは無かったが、代わりに、珍しく隠しもしない盛大な舌打ちをした。
「早急に冒険者ギルドや近隣都市の騎士団に連絡を取り、連携して対応しなければ……!」
「え。ま、待ってよ! それじゃあたしが怒られるじゃん!」
「レイシーちゃん、今はそんなことを言っている場合じゃないよ。経緯はともかく、この事を知ってしまった以上、出来る限りのことはしなきゃ。……誰かが傷つく前に」
自己保身に走りかけたレイシーを宥め、ルイは続ける。
「万が一ってこともあるから、そのために備えなきゃ。少なくとも、騎士であるジュリアちゃんはその義務があるの」
ルイの言葉に、レイシーは小さく呻き口ごもる。
まだ何か言いたげだったが、残念ながらそれは、外部からの接触により中断させられてしまった。
御者台の窓が叩かれたのだ。突然のノック音に馬車内は数秒程沈黙に包まれ、ややあって、ジュリアがそれに応対した。
「どうした」
「お嬢様、トワさん方がいらっしゃいますよ。一声かけていきますかい?」
ご清覧いただきありがとうございました!
昨日更新の予定でしたが、完全にぐっすりすやすや寝落ちしていて更新出来ませんでした。申し訳ございません!
ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!
いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!
※追記 2024/10/23
また寝落ちしました!!!!!!!!
更新明日になります……。




