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【書籍化】今宵、狼神様と契約夫婦になりまして【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ


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5-5 ②

 ◇ ◇ ◇



 陽茉莉達は結局、チェックイン後のひとときをホテルの敷地内で過ごした。〝極上のリゾート〟を謳うなら、きっとリニューアル後の宿泊客もそうする気がしたのだ。


 施設内には、屋内には屋内プール、エステ、フィットネスジム、各種レストランがあり、屋外の広い西洋庭園には遊歩道も整備されている充実ぶりだった。

 確かに、充分ここだけで一日を過ごせるし、一歩敷地を出れば大きな商業施設があり買い物を楽しむこともできる。


 ホテル内のメインダイニングレストランで食事を終えて、部屋に戻って間もなくすると、悠翔はベッドですやすやと寝息を立て始めた。

 いつもより少し早いが、普段と違う場所で過ごすことで興奮してはしゃいでいたので、疲れてしまったのだろう。


「どうせだったら、総合プロデュースしたいんだよな。ロビーのトイレに置かれたハンドソープから、室内のアメニティまで統一感を持たせて」

「そうですね。私のイメージはやっぱり〝花〟かなぁ。例えば、アメニティはお客様の好みに合わせた花の香りを用意するとか」


 陽茉莉と相澤はL字ソファーに垂直に向き合って座り、今日一日見て回った後の作戦会議をする。


「それだと部屋に着いたときにアメニティが揃っていないことになるから、お客様によっては不快に思わないかな? アメニティは季節に合わせた花の香りのものをデフォルトにしておいて、バスグッズは好みのものを用意するのはどう? その選択肢に、昼間に言っていた花びらのバブルバスも入れるとか」


「それ、いいですね」

「あと、アメニティの見た目なんだが、ビニール包装じゃなくてミニ容器入りのほうがちょっと高級感が出るかと思ったんだ。単価が上がるが、これだけの部屋数だから値上げ幅はかなり抑えられるんじゃないかと。まあ、これに関しては生産管理部に相談しないとなんとも言えないが」

「容器入り?」

「化粧品のサンプルみたいなやつだよ。ちょっと洒落た小さなプラスチック容器とかさ。例えば──」


 陽茉莉が首を傾げると、相澤は説明しながら、とある高級ホテルチェーンの名前を挙げる。そこでは全室に高級ブランドのアメニティを使用しており、それはブランドロゴ入り透明のプラスチック容器に入っているのだと言う。


「へえ、素敵ですね」


 相澤は持参したモバイルパソコンを開き、今日思いついたことをメモしてゆく。


「これ、素案をまとめたら課内ミーティングで共有してみんなからも意見をもらおう」

「そうですね」

「じゃあ、今日はこんなもんでいいかな」


 キーボードをカタカタと操作する音がして、相澤がパソコンを閉じる。

  その横で、陽茉莉は窓の外へと視線を移した。


  全面ガラスになった大きな窓からは、都心の景色が一望できた。

 運河の向こうにある煌めくビル群の合間からは、東京タワーと東京スカイツリーの両方を眺めることができた。


「ここ、夜景が本当に素敵ですね」

「そうだな」


 陽茉莉の言葉に反応するように外の景色へと目を向けた相澤が、目を細める。


「最上階にバーがあるみたいだけど……。悠翔を置いて飲みにも行けないから、ルームサービスでも頼む? せっかくだし」


 相澤はローテーブルの端に置かれたルームサービスメニューを手に取ると、陽茉莉を見つめる。


「そうですね」


 館内案内によると、最上階のバーは都心の夜景が一望できるお洒落な雰囲気のところのようだ。

 残念な気もするが、今日は仕方がない。せっかくなので、部屋で少し飲むくらいは許されるだろう。


「いつもジントニックを飲んでいることが多いけど、同じ?」


 相澤はルームサービスのカクテルメニューのページを開いて、陽茉莉に手渡す。


「え? よく知っていますね?」


 陽茉莉はハーフムーンに行くときだけでなく、普段のちょっとした飲み会でも最初からジントニックを頼むことが多い。あまり強くないので、ビールの後にすると飲めなくなってしまうことがあるからだ。


「まあ、何回か一緒に飲みに行っているし……」


 相澤はなぜか言葉尻を濁した。

 注文は若手がまとめて取ることが多いので、まさか知っているとは思っていなかった。


 そのとき、陽茉莉はカクテルメニューのページに最近知ったお酒の名前を見つける。


「あ、私、これにしようかな。ミモザ」

「ミモザ? 珍しいね」

「はい。最近、行きつけのバーで教えてもらったんです。この前初めて飲んで、甘くて美味しかったから」

「行きつけのバーって、あの大柄のママがいるところ? えーっと、フルムーン」

「ハーフムーンですよ」


 陽茉莉はくすくすと笑う。

 潤ちゃんは、格好は女性だけれど声や体格は男性のままだ。〝大柄のママ〟と表現するところに、相澤の気遣いを感じた。


「じゃあ、摘まみも適当に頼んじゃうね」


 相澤は立ち上がると、部屋に設置された電話機を手に取る。程なくして、注文した商品を持ったホテルマンが現れた。ローテーブルに、軽いオードブル盛り合わせとグラスに入った白ワイン、それに黄色いカクテルが置かれる。


「今気が付いたんですけど、ふたりで飲むの初めてですね」

「確かにそうだな。他のメンバーも含めてだと何回も行ってるけど」


 相澤はふわりと笑う。


「お疲れ様、乾杯!」


 どちらともなくグラスを上げ、カツンと小気味よい音が鳴った。

 そのままグラスを口元に運ぶと、オレンジジュースの甘酸っぱさに交じってシュワシュワとした口当たりがした。


 ゆったりとしたときが流れる。

 陽茉莉はちらりと相澤を窺い見る。パチッと目が合い、妙な気恥ずかしさを感じて咄嗟に目を逸らしてしまった。そして目に入ったのは、煌めく東京の夜景だ。


(綺麗……。相澤係長、誰かとこんなところに来たりするのかな?)


 今現在、相澤に恋人がいないことはわかっている。でも、これだけ見た目もよく仕事もできる男性であれば、次々と魅力的な女性が言い寄ってくるだろう。

 そう思ったら、胸の奥がチクンと痛むのを感じた。



 ◇ ◇ ◇



 この日、第一営業部は浮き立っていた。なにせ、滅多にない大型案件の契約が取れたのだ。


 カノンリゾート東京への提案営業の結果、アレーズコーポレーションはハイグレードフロアのアメニティグッズ全般と、ホテルに併設されたエステサロンで使用される化粧品を新たに納品できることになった。総合プロデュースを目指して提案していたので一〇〇点満点とは言えないが、十分に及第点は超えているだろう。


 それに、これを皮切りにカノンリゾートの傘下にある各地のホテルへ営業する足がかりを築くこともできた。


「いやー、相澤ならやってくれると思っていたよ」


 須山課長は喜びが抑えきれないようで、さっきからずっとにこにこの笑顔だ。

 お祝いに、『今日は焼き肉を奢ってやる!』と言っているのが聞こえたので、今日の夕食は悠翔とふたりきりだな、などと思った。


「今回の件は、チームのメンバー全員に助けられました。特に、新山は本当によく頑張ってくれました」


 自分の名前が聞こえ、びっくりした陽茉莉は思わず顔を上げて耳をそばだてる。


「新山が?」

「はい。商品選びから、アイデア出しまで色々とやってくれました。特に、生産管理部との調整は全て新山がやってくれましたから」

「おお、そうか」と須山課長がこちらに歩いてくるのが見えた。


 チームのメンバーが自分に注目するのを感じる。


「新山、よくやってくれた」

「いえ、私は大したことは──」


 妙に気恥ずかしく感じ、陽茉莉は須山課長に首を振って見せる。けれど、そんな陽茉莉の謙遜の言葉を相澤が否定した。


「そんなことない。すごく助かったよ。──ありがとう」


 にこりと微笑まれて、胸の奥底から嬉しさが込み上げるのを感じた。これは多分、猫かぶりじゃない本当の笑顔で、心から〝ありがとう〟って言ってくれている。


「いえ。だって、私達の仕事はチーム戦じゃないですか」


 いつだか、相澤が陽茉莉に言った言葉を返す。相澤は一瞬意表を突かれたような顔をしたが、すぐに口の端を上げた。


「いやー、とにかくみんな頑張ってくれた。祝杯を上げに行かないとだな」


 須山課長がご機嫌に手を叩き、ちょうど横に座っていた楠木さんに「セッティングよろしく」とお願いした。楠木さんが「なんで私が?」と言いたげに眉根を寄せるのが視界の端に映る。


「ふふっ」


 思わず、笑みが漏れる。


(相澤係長の下で働く営業第一、結構いいかも)


 心からそう感じた瞬間だった。

 

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