第四章 美女との逢瀬は秘密の会議?
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お酒の力とは恐ろしい。
陽茉莉は自分がしでかした数々の所業に、羞恥のあまりに顔から火が出そうだった。
今朝、気持ちよく目が覚めて大きく伸びをすると、視界の端に大きなもふもふが映った。そちらに目を向け、パチリと目が合う。
その瞬間、昨日の出来事を全て思い出した。
こともあろうか、上司に向かってあれやこれやの醜態をさらした挙げ句に、最後は一緒に寝てくれとおねだりしたのだ。
あり得ない。本当にあり得ない!
いっそのこと、記憶が飛んでくれていたらよかったのに!
しかしながら、そう都合よく記憶は飛んでくれなかった。
相澤は特に何も言ってこなかった。それが逆にいたたまれない。
そんなこんなで、今日は朝からまともに相澤の顔を見られずにいる。
「あ、相澤係長と高塔副課長だ」
お昼休み。いつものように一緒に食事していた若菜が陽茉莉の後方を見て呟く。
陽茉莉は『相澤』という単語に動揺して、思わず箸で掴んでいたポークソテーをぼとりと皿の上に落とした。
「最近、ふたりでいるのをよく見かけるよね。うちの職場の女性社員もキャーキャー言ってた。イケメン二人組で、眼福だって」
若菜は陽茉莉の肩越しに遠くを眺めながら、楽しげだ。なんでも、ここ一ヶ月ほど相澤と高塔が一緒に昼食を取っている姿が頻繁に目撃されているらしい。
「あのふたりって、昔からの知り合いみたいだもんね。どういう関係なんだろう?」
「昔から? そうなの?」
陽茉莉は初めて聞く事実に、若菜に聞き返す。
「うん。相澤係長って中途採用じゃん? アレーズコーポレーションを受けに来たときの志望動機のひとつに知り合いが働いててやりがいがありそうだからって言っていたみたいなんだけど、それが高塔副課長のことみたい」
「へえ……」
実を言うと、相澤が中途採用であることすら知らなかった。
「前職、三光商事だよ? みんな、なんてそんな最大手からうちみたいな中堅に?ってびっくりしたみたい」
さすがは人事部。普通の社員なら知らないような人事情報をよく知っている。
三光商事といえば、国内最大手の総合商社だ。扱っている仕事の規模も、給料も、アレーズコーポレーションより遥かに上だろうに。
「まあ、それでうちの会社は助かっているから結果として万々歳なんだけどね。相澤係長、査定ランクトップだしそう遠くなく副課長に上がるんじゃないかなー」
若菜は楽しげに語る。
(若菜、それはきっと、同期でも漏らしてはいけない情報だわ)
陽茉莉は苦笑いすると、話題を少し変えた。
「転職って、いつしたの?」
「えーっと、確か、私達が入社したちょっと後だよ。だから、三年半くらい前?」
「ふーん」
では、相澤と陽茉莉のアレーズコーポレーション歴はほとんど変わらないことになる。社内の人脈もあり、仕事をわかっている相澤のことを、陽茉莉はてっきり新卒からここで働いているのだとばかり思っていた。
(仕事ができる人って、どの会社でもできるんだなぁ)
妙なところで感心してしまった。
「そういえばさ」
若菜が何かを思いだしたように、口を開く。
「最近、来年度の異動調整が始まったんだけどさ、陽茉莉のことで面白いこと聞いたの」
「面白いこと?」
「うん。陽茉莉って、営業第一に異動する前、商品開発部に異動希望してたじゃん? あれって、本当は商品開発に異動がほぼ決まってたのに相澤係長が須山課長に掛け合って、陽茉莉のこと引き抜いたらしいよ」
「相澤係長が?」
陽茉莉は驚いて聞き返した。須山課長は、陽茉莉達の上司だ。
「うん。商品開発に行く前に、お客様目線を身に付けたほうが本人のためになるって」
「まあ、確かにそうだね」
営業第一で働いている中で、〝こんな商品があればいいのに〟と思うことは多々ある。そういう経験は、商品開発部に異動した際には大きな財産になるだろう。
(そんなこと思って引き抜いてくれたんだ……)
陽茉莉は知らなかった事実に、驚いた。
そのとき、若菜が陽茉莉の背後に目を向ける。
「あ、ふたりがこっちに歩いてくるよ」
陽茉莉はそれを聞いて咄嗟に髪の毛で顔を隠し、通路と反対側を見る。
昨日の今日では、やっぱり会わせる顔がございません。




