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【書籍化】今宵、狼神様と契約夫婦になりまして【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ


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3-2 ①

◆◆    2


 

 陽茉莉がハーフムーンに行った翌日のこと。


 朝目覚めると、淹れたてのコーヒーの芳ばしい香りが漂ってきた。

 陽茉莉はベッドから起き上がると、うーんと大きく伸びをする。


 スマホの画面を確認すると、アラームが鳴る十五分前だ。


(二度寝すると寝坊しそうだし、起きようかな)


 陽茉莉はパジャマから手早く着替えると、洗面所で顔を洗った。


「あれ、今日は早いな。おはよう」

「あ、係長。おはようございます」


 早いと言っても、十五分しか早くない。

 まだ髪の毛に寝癖が付いている陽茉莉に対し、相澤は既に完璧に準備が仕上がっていた。

 アイロンの効いたシャツにきっちりとネクタイを締め、スーツのジャケット片手に持っている。もう片方の手には鞄を持っているので、もう家を出るのだろう。


「係長はいつも早いですね?」


 朝の出社時間をずらしてほしいと言ったのは陽茉莉だが、ここまで早く出ることを想定していたわけではなかった。


「ああ。ちょっとやりたいことがある。始業時間前はどこからも電話がかかってこないから、仕事が捗るんだ。早朝出社、やり始めるとなかなかいいよ」


 相澤はそう言うと、玄関へと向かう。

 ちょうど居合わせたことだしと、陽茉莉は玄関まで見送りに行った。靴紐を結び終えた相澤は、そこに立つ陽茉莉の顔を見て怪訝な顔をする。


「どうした?」

「まだ時間があるから、お見送りをしようかと思いまして」


陽茉莉が見送りにくるとは夢にも思っていなかったようで、相澤の目が僅かに見開く。そして、少し照れたようなはにかんだ笑顔を浮かべた。


「ありがとう」


 ドアノブに手をかけようとした相澤が、ふと何かを思いだしたように振り返った。


「そうだ。忘れないうちに伝えておく。今日の夜は夕食いらない。ちょっと用事があって遅くなる」

「そうなんですか? わかりました。悠翔君と一緒に食べておきます」

「助かる」

「行ってらっしゃい! また後で」


 ドアを開いた相澤の背中に、陽茉莉は明るく声をかける。

 相澤は振り返ると、口の端を上げて片手を振った。





 陽茉莉はその後ろ姿を見送った後、悠翔を起こしに行く。

 子供部屋に行くと、ベッドの上で子犬の姿になって丸くなる悠翔の姿があった。


「悠翔君、朝だよー」


 首の辺りをもしゃもしゃとくすぐると、薄らと子犬がまぶたを開ける。


「学校行く時間だよ」

「学校? もうそんな時間?」


 ポンッと悠翔が人間の姿に変わり、腕で寝ぼけまなこをごしごしと擦る。

 この摩訶不思議な変化も、段々と慣れて違和感を抱かなくなってきた。


 豆知識として知ったことだが、悠翔や相澤は狼の姿に変わるとき、洋服も一緒に消える。そして人間に戻るときは最後に着ていた服を着た姿に戻るようだ。


「お兄ちゃんは?」

「もう行っちゃったよ」

「えー」


 悠翔は不満げに頬を膨らませる。


「残念だったね。今朝はお姉ちゃんが、ハムサンド作ってあげる」

「本当? やったー」


 悠翔は途端に表情を明るくする。


 うん、うん。ハムサンドは美味しいよね。

 ちなみに、ハムだけじゃなくてレタスとチーズも入れるのが陽茉莉流である。


「うん、本当。だから、起きようか?」

「うん!」


 悠翔はにこっと笑って立ち上がる。


(可愛い!)


 朝からなんて癒やされる!


 そして、ふと先ほど見送った相澤の表情が思い浮かぶ。陽茉莉が見送ったときに、驚いたように目を瞠り、次いで照れたように笑った。

 兄弟だけあり、どことなく相澤と悠翔は笑った表情が似ている。


(あんなことで照れるなんて、ちょっと意外……)


 朝、美女に見送られることなんて日常茶飯事。なーんてイメージだったけれど、これまでの女性の影のなさから判断しても、実際は違いそうだ。


(なんか、可愛いじゃないか!)


 陽茉莉はサンドイッチを作りながらふふっと笑みを漏らす。


「お姉ちゃん、なんか楽しそう」

「そうかな?」


 不思議そうな顔でこちらを見上げる悠翔になんでもないと笑いかけると、陽茉莉は作りたてのサンドイッチをお皿に盛り付けた。


(それにしても──)


 陽茉莉は悠翔と向かい合ってサンドイッチを頬張りながら考える。

 今朝の相澤は、陽茉莉のよく知る相澤だった。

 爽やかで、きちっとしている。


(昨日の夜のはなんだったのかな……)


 まるで別人のように、ちょっと意地悪でいつもと雰囲気が違った。

(飲み会のとき、あんな感じだったかなぁ?)

 お酒のせいかと考えて、飲み会のときはどうだっただろうかと考える。


 けれど、記憶が曖昧でよく思い出せなかった。




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