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鉄の花嫁

 ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人が帝国元帥に叙された。そしてジュリアスは実戦部隊の総指揮官である統合艦隊司令長官に、トーマスは帝国軍の作戦指揮を統括する軍令部総長に、クリスティーナは帝国軍の軍政を司る軍事大臣にそれぞれ就任した。

 これ等の職を未成年者が就任した事例は、銀河帝国300年の歴史上でも存在しなかったため、3人は帝国軍の最年少人事記録を大きく更新した事になる。

 そして今後、帝国軍においてこの記録が破られる日は来ないだろうと誰もが思った。

 これで3人はバラバラの部署で働くわけだが、当面は一緒に行動する事が多かった。新たな三元帥マーシャル・ロードの誕生という事で情報省や軍の広報部が宣伝活動を行なうために駆り出された事や今後の貴族連合との戦いについてを皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーにて協議する事が多かったためだ。

 その事には3人とも安堵し、共にいられる一時を満喫した。


 今も軍事省庁舎の会議室にて会議を終えた3人は共に仕事の後の紅茶を飲んで一服していた。


「ふう。毎日忙しいけど、何だか想像してたのとは違うな」

 ティーカップに口を付けて紅茶を一口飲んだ後、トーマスがそう言った。


「そりゃいきなりマジで三元帥マーシャル・ロードの仕事をやれなんて事は無いだろう。流石に」


「しばらくはこういう状況が続くのも覚悟した方が良さそうですね」


 帝国元帥は、そのすぐ下の上級大将とは一線を画する地位だった。上級大将は特に定員が定められていないのに対して、帝国元帥は軍事大臣、軍令部総長、統合艦隊司令長官の3名に限定されている。

 しかし今は、帝国軍最高司令官代理のローエングリン公爵が特例として帝国元帥の地位にあり、今の銀河帝国には4人の帝国元帥が存在する。


 元帥にもなると、将官クラスが着用するマントも最高級で煌びやかな物を纏うのが一般的なのだが、ジュリアス達は無地の白いマントを纏っていた。

 元帥のくせに地味だと揶揄する者も少なからず存在したが、この白いマントは今は亡きネルソン提督が生前纏っていた物を模したものだった。志は今も亡き上官と共にあるという意思表示の意味も込めてクリスティーナが提案して、それに2人が同意したため、3人は御揃いのマントを纏っていた。



─────────────



 ジュリアス達が会議室で一服している中、ジュリアスの小姓ペイジであるネーナは軍事地区ミリタリー・エリアの一角に建つ統合艦隊司令部庁舎の司令長官室にいた。ジュリアスが片付け切れずに投げ出してしまった書類の山を1人で片付けていたのだ。

 そんなネーナの下にある来客が訪れた。

 ジュリアスの婚約者にして、亡きマーガレット・ネルソン提督の妹である銀髪の美少女パトリシア・ネルソンだ。

 ジュリアスに会いに来たのだが、将来の夫の奴隷であるネーナともこの機会に交流を深めていきたいと言い出してそのまま上がり込み、客間を占拠した。

「君も座ったらどうだ?」

 ネーナが用意した紅茶を一口飲んだ後、パトリシアは自身が座る高級ソファの横に立つネーナに言う。


「いいえ。私は奴隷ですので、ここで充分です」


 ネーナの返答は奴隷としては至極真っ当なものだった。しかし、それを聞いたパトリシアはやや不満そうにする。


「君に立っていられると私は首をずっと上げていなくてはいけないのだ。それに会話は対等の目線でしてこそ弾むものだぞ」


「は、はあ、ですが」

 これまでにもこのように気を遣ってくれる人は何人かいた。だがその度にジュリアスが「ネーナはこう見えて頑固だから、そのくらいで諦めてくれ」と間に入ってくれたので、いつもならここで話は終わるのだが、今日はそのジュリアスがいない。

 ネーナはどうしていいのか分からなくなった。ここで相手の行為に甘えては奴隷の名が廃り、主人であるジュリアスの面目まで潰してしまう。かと言ってこのまま断固拒否を続ければパトリシアの機嫌を損ねかねない雰囲気をネーナは感じ取ったのだ。


「君はシザーランド元帥の奴隷だろ。私がシザーランド元帥と結婚したら、君は私の所有物にもなるわけだ。今の内から命令を聞いてもバチは当たらないと思うが?」


「……わ、分かりました」


 パトリシアに丸め込まれてネーナは、彼女とテーブルを挟んで向かいにあるソファに恐る恐る腰掛ける。


「さて。これで話がしやすくなったな。では色々と君の主人の話を聞かせてもらおうか」

 そう言うとパトリシアはジュリアスについて色々な質問をした。それは趣味や好きな食べ物、だったりと他愛のない内容ばかりであったが、ネーナはそれに1つ1つちゃんと答えていく。


「趣味はとくにこれというのはあまり無いようですけど、身体を動かしたり、後はご友人のトーマスさんやクリスティーナさんと一緒にいるのは好きみたいです」


「元帥は基本何でも食べますね。家にいる時はいつも私が料理を作っていましたけど、嫌いな物があると聞いた事は1度も無いです。本当に何でも美味しそうに食べてくれます」


 ネーナはジュリアスの事をとても楽しそうに話した。その様子からもネーナが如何にジュリアスを慕っているかが窺える。

 しかし、そう考えた途端、パトリシアは急に意地悪な質問をしたくなった。

「君から見て、シザーランド元帥の悪い所は何だと思う?」


 パトリシアの問いを強いた瞬間、ネーナは一瞬だけ唖然としたが、すぐに口を開いて質問に答える。

「元帥は私には勿体無いくらい素晴らしいご主人様です。悪いところなんてありません!」


 ネーナの真剣な表情が面白かったのか、パトリシアは小さく笑う。

「ふふふ。そうムキになるな。だが、では質問を変えようか。その素晴らしいご主人様からあえて、あくまであえて1つ上げるとすれば何だ?」


「え?あ、あえて、ですか? ……元帥はとても朝が弱い方ですので、朝起こす時がすごく大変、というところでしょうか。……あ! でも、元帥の寝顔はまるで天使のようで、あの笑顔を見ると今日も1日頑張ろうという気持ちになりますので、まったく苦には感じていません!!」


「ふはは! そうかそうか。シザーランド元帥は寝坊助なのか。いや、良い事を聞いたぞ」


「い、いえ、寝坊助というわけでは! ただ、ほんの少し朝に弱いだけです!」

 懸命に主人の面子を守ろうとするネーナ。


 その健気な姿にパトリシアは思わず笑ってしまいそうになる。

「いやいや。別に非難するつもりは無いよ。17歳で帝国元帥にまで上り詰めた帝国軍の英雄の妻というのも悪くないが、そういうちょっと抜けてる一面も持った男の妻の方が毎日が楽しそうではないか。君もそう何じゃないのかい?」


「え? そ、そうですね。元帥と一緒にいるといつも楽しいです」


「ふふ。ならば良い事ではないか。君は良い主人に恵まれ、私は良い夫に恵まれた、という話だよ」


「はい! その通りですね!」


 それからもパトリシアはジュリアスについて様々な質問をし、ネーナはそれを楽しそうに答える。そんなやり取りは数時間にも渡って繰り広げられるのだった。



─────────────



 夕刻、パトリシアは「非常に有意義な時間をありがとう」と感謝の意をネーナに示し、結局ジュリアスが帰宅する前に司令本部庁舎を後にした。

 しかし、彼女が向かったのはネルソン邸ではなく、皇帝地区インペリアル・エリアの中心に位置するアヴァロン宮殿の敷地内に建つ総統官邸ヴィルヘルム宮だった。

 パトリシアはローエングリンに面会を求めに来たのだが、面役の予約どころか事前の連絡すらしていなかったので、ボルマン少佐に危うく門前払いを受けそうになるも、ローエングリンは二つ返事で面会を了承した。


 応接室に通され、ローエングリンとの対面を果たすと、パトリシアは早速ローエングリンから「今日は一体どのようなご用件かな?」と当然の質問を受ける事になる。


「身内の恥を晒すようだが当家は今、苦しい立場に立たされている」


「当然だな」

 帝国屈指の独裁者としてローエングリンに対して尊大な振る舞いをしながら、しかも敬語すら使わないパトリシアの態度に、ローエングリンは無関心だった。

 いくら貴族の令嬢とはいえ、相手はまだ14歳の少女。まして当主の姉を失っていきなり貴族社会の表舞台に引っ張り出された上、ローエングリン自身の改革によって特権や権益などが奪い取られたのだ。例えるなら、裸一貫で舞台に立つ事を強要されたようなもの。自身に対して多少失礼な態度を取るのも反抗期の年頃を思えば可愛いものだとローエングリンは考えた。


「亡き姉上や歴代の当主達が戦場で武勲を立てた事で恩賞として頂戴した数々の財宝類。我がネルソン子爵家で最も価値ある遺産と言えるだろう。これを狙って困窮した親類達がハイエナの如く群がってきていてな。小娘1人では対応し切れずにいる」

 自分の事だというのに、まるで他人事のように話すパトリシア。



「それで私にどうしろと言うのだ? 私の力でそのハイエナどもを黙らせろと言うのか?」


「そんな事をしても無意味だろう。総統閣下に睨まれたら、今度は別の手を打つだろうからな」


「ではどうして欲しいのかはっきりと言え。私には小娘の腹を探る趣味は無い」

 パトリシアが何の考えも無しにここへ来たとは思えない。そう考えたローエングリンは、彼女がどんな要求をするのか興味があった。


「当家の遺産全てを総統閣下に管理・運営してもらいたい」


 遺産を狙う輩も、その遺産が総統の懐にあれば手の出しようがないだろう。

 しかし、この申し出の裏にはもう1つの思惑がある事をローエングリンは瞬時に理解した。パトリシアは家の遺産をローエングリンに言わば人質として提供したのである。

 パトリシア自身の判断なのか、誰かの入れ知恵なのかは不明だが、パトリシアは旧貴族にとって生き辛くなったこの新時代を、旧貴族のプライドを売り渡す事で乗り切ろうとしたのだ。


「私に遺産の管理と運営を、か。大胆な事を言う。他所にそれを頼むのなら、婚約者のシザーランド元帥に頼む方がよほど道理に適っていると思うが」


「我が夫に、遺産管理などという繊細な作業ができるとは思えんし、親類縁者も相手がシザーランド元帥ともなれば遠慮なしに遺産の提供を求めるだろう」


「シザーランド元帥は夫として頼りにならないとでも言いたいのか?」


「そうは言わん。それに私はあの男を気に入っている。総統閣下と亡き姉上には良き縁を結ばせて頂いたと感謝しているくらいだよ」


「そう思ってもらえたのなら私としても幸いだ。……ネルソン子爵家の遺産の管理については私は構わん。だが、あなたには何か別の思惑がある見たが、どうだ? 先ほども言ったが、私に小娘の腹の内を探るような気は無い。要求があるならあるで、単刀直入に言いたまえ」


 人の心を見透かすような赤と青の異なる瞳に見つめられ、パトリシアは一瞬背筋が凍るような思いがした。しかし、ここで総統を相手に弱みを見せるわけにはいかないと必死に平静を余襲う。

「……ではお言葉に甘えて。我が夫の事をくれぐれも宜しくお願いしたい。あれは頭は切れるが、根っこはまだまだお子様という感じだからな。婚約者としては心配でならん。それに私の夫となる男が中途半端な地位にいる者だなどというのは私の誇りが許さないのでね」


「なるほど。家の財産を人質に差し出して夫の栄達を望む、か。中々の良妻ではないか」


「そういう言い方は止めてくれ。私はただ婚約者として成すべきと思った事をしているに過ぎん」


 パトリシアの言葉にローエングリンは小さく笑みを浮かべる。

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