書記長と総統
ジュリアスの呟いた一言に、この会議室に集う者全員が注目し、視線を彼に手中させる。
「違うとは?」
「あんたはローエングリンとは違う。いや、それどころかあいつの何も分かってない。ローエングリンは今思い返しても、何を考えているのかよく分からない奴だった。でも、あいつには何か明確にやりたい事があったのは分かる」
「ほお。それは興味深いな。そのやりたい事とは何かね?」
ジュリアスはどう答えたものか悩まずにはいられなかった。
今のレナトゥスの口ぶりからして、彼等は皇帝の真実を知らないのだろうと感じた。
となると、彼が貴族勢力を一掃してヘルによる独裁政権を確立したのは、皇帝アドルフの支配体制を回復させるためだったという事も知らないに違いない。
それを考えると、レナトゥスの主張は表面上のローエングリンの行動だけを見たものとジュリアスには思えてならない。
少なくともローエングリンとレナトゥスが同一人物という事はありえない。そうジュリアスは確信した。
「さてな。ローエングリンは自分の本音を他人に話すような人じゃなかったからな」
そう思いながらジュリアスは心の中で、もしかしたらいつもローエングリンの傍にいたあの桃色髪の少女なら知っていたかもしれないなと思った。
しかし、彼女は爆弾テロ事件でローエングリンを庇って既に他界しているため、彼女に聞いてみる事は叶わないが。
「ただ少なくともあの人は、自分が民衆に希望の光を与えたなんて欠片も思っていなかったと思う。俺の知っているローエングリンは、むしろそんな事を言ったら鼻で笑うような奴だった。レナトゥス、お前の言葉はローエングリンのものというよりローエングリンの信奉者のもの、そのものだ。俺に言わせれば、お前は見様見真似でローエングリンを真似ただけ」
「く、貴様! それ以上、書記長を侮辱する事は許さんぞ!」
ガウェインが声を上げる。
その一方、レナトゥスは急に頭を押さえて苦しみ始めた。
「わ、私は、総統閣下の、そ、総統の……。違う! 私は、違う!」
「くそッ! こんな時に。書記長、落ち着いて下さい。あなたはネオヘルの指導者。総統の再来なのですぞ」
席を立ち上がって悶え苦しみながら後退りに下がるレナトゥスを、ガウェインは介抱するように両肩に手を添えてその場にゆっくりと座らせる。
その様を見たジュリアスとクリスティーナは、急な出来事に驚いて呆然と静観し、エディンバラ大公夫人は右手で口元を隠しながらほくそ笑んでいた。
「私は、誰だ? お前は誰だ? 私は、私は……」
「書記長閣下、落ち着かれよ。……書記長は気分が優れない様です。申し訳ありませんが1度、船の方へ戻らせて頂きたい」
「もし急を要するのであれば、ここには私の専属の医師がいます。彼に書記長閣下を診察させた方が早いかと思いますが、如何ですか?」
心配しているような口ぶりではあるが、エディンバラ大公夫人の口元はやや緩んでいた。
「いえ。お気遣いはありがたいのですが、船に薬もありますので」
そう言うと、ガウェインはレナトゥスを抱えて会議室を退出した。
ガウェインが出て行った扉が閉まった途端、これまでずっと堪えていたエディンバラ大公夫人は笑い声を上げる。
「ふふふふふッ! 思っていたものとは大きく違いましたが、実に面白いものを見せてもらいました。総統の再来。どうやら何か裏がありそうね」
「そのようですね。私達としても、そこは気になる所ですが、今はこの会談の続きをどうするか論ずるべきではありませんか?」
クリスティーナはそう言ってエディンバラ大公夫人とジュリアスの2人にそれぞれ視線を向ける。
「そうですね」
「ああ。分かってるよ。と言っても、続きをどうするかの主導権を握っているのは大公夫人の方だと思うがな」
レナトゥスの正体がもう少しで掴めそうだったのにと思いつつも、本人がいなくなってしまってはどうしようもない。
ひとまず個人的な感情には蓋をして、仕事に集中する事にしたジュリアス。
「ふふふ。そうは言っても、交渉相手の片方があの様ではねぇ。……ネオヘル側の出方を見ない事には何とも言い難いですね。ひとまず今日のところはお引き取り下さい」
「……止むを得ないですね」
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クラモンドの港に入港しているレナトゥスの旗艦サンクトペテルブルクに戻ったレナトゥスは艦内にいた医師団によって医療カプセルの中に収容されて眠りに着いていた。
当初は呼吸も荒く、汗も大量に欠いていたが、今はそれも落ち着いている。
レナトゥスを収容したカプセルは全体が白銀色のプレートで覆われており、一角に設けられた窓ガラスから中にいるレナトゥスの表情が外から確認できた。
普段はマスクで顔を隠したレナトゥスの素顔。今はそれが晒されているのだが、その顔はガラスの光の反射の関係でうまく見る事ができない。
「どういう事だ!? なぜ書記長の精神異常は起きたのだ?」
ガウェインは激しい怒声を上げた。
その怒気に晒された白衣を纏った科学者風の老人は、それに臆する事はなく淡々と返す。
「細かい事は詳しく検査しない事には何とも言えません。しかし考えられる可能性としては刷り込んだ人格データを揺さぶるような何かがあり、それによって人格が不安定になり、眠っていた本来の人格が表面化しようとして、精神に異常を来たしたのではないかと」
「貴様の技術は万全を期していると言ったではないか! このような大事な時に問題が起こしおって」
「人間の魂というのはそう都合良く弄れるものではないのですよ、元帥閣下。薬物や洗脳などありとあらゆる手を使って成功率を上げたとしても。肝心の人格転送技術そのものが今だ未確立の技術である以上は仕方ありません。その事は最初にお話したはずですが?」
「くぅ。……ではメンゲル博士。過ぎた話はこの際どうでも良いが、書記長は正常に戻るのか?」
「勿論、戻ります。ですが、それには少々時間が掛かります」
「そ、それは困る! エディンバラとの交渉が纏まらねば、エディンバラは共和国に味方するやもしれんのだぞ!」
「無理に起こしてはせっかく安定した人格データが崩壊して全てが振り出しに戻ってしまうやもしれませんぞ」
「……」
「これは悪魔の技術なのです。銀河連邦末期にある学者によって提唱されるも、非人道的と非難されて研究の一切を禁じられた代物。そんなものに手を出したのですから多少のリスクは覚悟しておいてもらいたいですな」
悪魔の技術。
メンゲルと呼ばれた老人がそう評した人格転送技術とは、平たく言えばある人間の魂と記憶をコピーして形成した人格データを、別の人間の脳に転送する事で、その人間の身体に疑似転生させるという技術である。
これが実現すれば、年老いた老人の人格データを作って若者の身体に転送する事を繰り返す事で疑似的な若返りも可能になる。
銀河連邦末期にこの理論は学会で発表されるも、他者の身体を乗っ取るという行為が非人道的として以後の研究開発の一切は禁止され、関連資料は全て政府が没収。この世から抹消された理論だった。
しかし、メンゲルは残った数少ない資料を掻き集めて独自に研究を繰り返し、300年以上もの時を超えて人格転送技術をどうにか完成させたのだ。
とはいえ、まだまだ未知の領域も多く、開発者であるメンゲル自身も把握できていない部分は多いというのが現状である。
「それを何とかするのがお前の仕事であろうが。これまでお前の研究費用に一体幾ら提供してやったと思っているのだ?その分の仕事はしてもらわなければな」
「……で、ですが、この案件は何かと注文が多過ぎるのです。人格データの転送先は誰でも担えるというわけではありません。身体の適合率が低ければ拒絶反応が出て、致命的な後遺症が残ったり、転送した人格が消滅してしまうのです。研究結果を見る限り、血筋の近い血縁者であればあるほど適合率は高くなる傾向にありますが、今回の人格データはかなり特殊ですから」
レナトゥスに埋め込まれている人格データは、ローエングリン自身の魂をコピーして作られたものではない。
ローエングリンと面識のある者から読み取った記憶、さらにテレビ中継に映ったローエングリンの映像など、ローエングリンの性格や癖、仕草などの情報を集められるだけ集めて、それを全てAIに読み込ませて製作した、言わば人工人格だった。
ただ、それが災いしてか、事前にメンゲルが用意した被験者10名にこの人工人格データを転送すると、その全員が凄まじい拒絶反応を示して精神が崩壊したり、最悪死去してしまうという結果となった。
「その話は何度も聞いた」
「では分かるでしょう。この被験体32号は、ローエングリン総統とまったく同じ背丈をして、人工人格データへの拒絶反応が最も少なかったのです。彼を逃しては総統閣下の復活はもはや望めませんぞ」
「……ネオヘルには、例え亡霊だとしても総統閣下が必要なのだ」
ネオヘル創設時、覇権争いに明け暮れるネオヘル上層部に愛想を尽かして表舞台から去った。
世間はガウェインをそう見ていた。
しかし、実際には彼はネオヘルを守るためにはローエングリンのような巨大な指導者が必要だと痛感し、表舞台から姿を消して覇権争いから身を退く事で、ネオヘル元帥の地位を得る一方、その権限を利用して総統の再来を生み出す研究をメンゲルに依頼していたのだ。
ローエングリン総統と同じ体格をした者にローエングリンを模した人格データを転送し、そして外見を整形手術で似せる事で、ローエングリンの完璧な複製を作り上げた。
先ほどの会談でジュリアスは、レナトゥスの事をローエングリンを見様見真似で真似ただけと評したが、それは正にその通りだった。
そして、レナトゥスの正体を知る者は、ネオヘル上層部ではガウェインただ一人だけ。




