奇遇だな
携帯のカメラに集中していた俺は、突然の肩たたきにびくぅっと跳ね上がりそうになる。
さらに声が出そうになるのをなんとかこらえながら振り向くと、すぐ近くに堂々と仁王立ちする人の姿があった。
「奇遇だな泰地。何をしてるんだこんなところで」
「お、お前かよなんだよ、びっくりさせんな」
よくよく見れば見慣れた顔……舞依だった。なぜこんなところにこいつが……。
しかしお巡りさんとかにちょっといいかなされたわけではなかったので、とりあえずはほっと胸をなでおろす。
が、改めて舞依の出で立ちに視線を落として、俺はもう一度ぎょっとする。
一体どこで売っているのか、舞依は謎の中華風の模様のついたヒラヒラの黒いワンピースに、黒いニーハイ、カチューシャというゴスロリメイドの出来損ないっぽいよくわからん格好をしている。
そして一丁前に化粧をしているのかわからないが、下手なのかやたら唇だけ赤い。血の滴る肉を食らった後感がある。
本格的にかわいい路線で行きたいのかなんだか知らないが、一体どこに向かってんだコイツ……。
普段のジャージの印象と相まって破滅的に似合っていない。
思いっきりうわぁ……という顔をしてやって、
「何その服……」
「そ、そんなに見られたら恥ずかしいだろう」
「見られてなくても恥ずかしいと思え。何やってんだよそんな格好で……」
「い、いやまあ、特に何というわけではないのだが……かるく散歩をね」
「お前……意味もなくそんな格好でウロウロしてて、完全にテスト捨てただろ」
そう言うと舞依は若干挙動不審な表情から、何か思い出したかのように嫌そうな顔をして、
「それは……この前弥月に勉強を見てもらったのだが、ちょっと間違えると弥月に『はぁ……』とこれみよがしにため息をつかれたり、『えっ信じられない』というような顔をして固まったりするんだ。これ中学でとっくに習ってるはずなんだけど……とチクチクいびってきて、とにかく厳しいんだ」
何かその光景が目に浮かぶようである。
舞依の言い草は決して大げさではない。
「そうなんだよ、あいつほんと容赦ないから。死にたくなるからね、やっぱり勉強なんてするもんじゃないな」
「そうそう」
コイツと意気投合したのははじめてかもしれん。
お互い頷きあっていると、舞依が携帯を持つ俺の手元を指さしてきて、
「しかし泰地、それ……さすがに盗撮はマズイと思うぞ」
「ち、違うわ人聞きの悪い……。これには複雑な事情があってだな……」
「なんだそれは、気になるぞ気になる」
舞依は何かと首を突っ込みたがるが、ここでいちいち話している余裕はない。
というか余裕があってもコイツに話さん。
正直目立つのでさっさとどこかに行ってほしいのだが……。
ちらっとベンチの方を確認すると、「あーん」とかやってやがるのかキャッキャキャッキャと賑やかな声が聞こえてくる。
「ちょうどいい、あの二人が何を喋っているかちょっと聞いてきてくれ」
我ながら名案を思いついた。
俺だとラノベに面が割れているからうかつに近づけないが、舞依なら大丈夫だろう。
まあこの格好だと普通に警戒されるかもしれないが……。
「いいぞ、泰地の頼みとあらばお安い御用だ」
舞依は胸を張ってそう答えると、石碑の陰から身を躍らせ、ずんずんと恭一たちのいるベンチに近づいていく。
そして何を思ったか、そのまま正面切ってベンチの前で立ち止まり、
「君たち、なにを喋っているんだ?」
あっ、バカだ。忘れてた、バカなんだった。
なぜかこっちがすごく恥ずかしくなって見ていられなくなり、思わずしゃがみこんで隠れていると、のっしのっしと舞依が戻ってきた。
「あの……なんですか? と言われてしまったのだが」
「そりゃ見知らぬ相手にいきなりそんな事言われたらそうなるわな」
しかも変なコスプレもどきの格好したやつに。
「ひどいじゃないか泰地。これでは私が変な女だと思われたじゃないか」
「それは間違ってはいないけどもね。できればあの、通行人を装って盗み聞きしてきてほしかったんだけど……いやごめん。お前に頼んだ俺がバカだった。言葉が足らなかった。もういいから、おとなしくしていてくれないか。というかもうどこか遠くに行ってくれ」
「そんなつれないこと言わないでくれ。次はうまくやるからもう一回チャンスを……」
「いやもう無理無理、もうめっちゃ怪しまれてるから」
お願いしますもう勘弁してください、と俺が舞依と押し問答をしていると、急に若い男の巻き舌ボイスが辺りに響き渡った。
「んだオラァ!? なんだっつんだよぉ!?」
一体何事かと声の方に視線を送ると、無駄に後ろ髪の長いいかにもヤンキーした連中数名にラノベが絡まれているではないか。
平和な公園内に、突如として張り詰めた空気が漂いだす。
ヤンキーの一人が今にもラノベの胸ぐらを掴みかかりそうな勢いで、さらにまくしたてていく。
「ナメってんかゴラァ!? ブチ殺すぞ!?」
「す、す、すみません! な、なにか、気に障ったのなら……」
「何か気に障ったじゃねえんだよオラァ!!」
ラノベが必死になだめようとするが、全く聞く耳持たない。
なんて横暴な。まともな会話が通じる相手じゃなさそうだ。
「ヒョロッそうなガキが! こんなとこでイチャイチャしてんじゃねえぞ!?」
ほんとおっしゃるとおりなんだよなあ。
やっちゃってくださいもう。
「見ろ泰地」
舞依がわくわくしたような顔を俺に向けてくる。
そしてどういうわけか、今にも俺が飛んでいって悪者を蹴散らすのだろうみたいな感じを出してくるので、
「いや行かねえよ? 俺そういうキャラじゃないでしょ? 見せたことあった? 胸に7つの傷跡がある男じゃねえから」
「泰地のことはわかっているぞ、口ではそう言うけどもだ」
口では言うけども体は感じちゃうくやしいとかもない。
なんならヤンキーのほうに加わろうかと思ってるぐらいだから。
しかしここでラノベがボコられたりしたら、また杏子がめんどくさいことになりそうだし。
というかせっかく尻尾を掴みかけたのに、うやむやになってしまう。
まったくしょうがねえな……まあいいや、いざとなったら舞依を盾にして逃げよう。
そう決めた俺は、物陰を出てラノベに凄んでいるヤンキーたちの前に出ていった。




