投げっぱなしブーメラン
それから俺は授業の休み時間になるたびに、『あらら? もしかして弥月ちゃんまだ怒ってるのかな?』『まあちょっと昨日は言い過ぎたかなっていう可能性もなきにしもあらずかな』『え? もう怒ってないですかそうですか』『怒っちゃいやん』『ごめんね? ジュースおごるからゆるして』とひたすら弥月にメッセージを送り続けたが、一向にして返信がない。というか既読すらつかない。
しびれを切らした俺は四時限前の休み時間に『わかった、こうなったら昼休みに直接会って話そう。いつもの屋上階段前で待つ』と送り、今現在階段前でこうして詫びジュースであるおしるこ缶を用意して満を持して弥月が来るのを待ち構える。
が、来ない。おかげでこちらは飯を食い終わってしまったわけだが、そしておしるこもすっかりぬるくなってしまったわけだがどうしたものか。
「ぐぬぅ……」
俺が今一度携帯を確認しようとしたその矢先、たったった、と足音がしてぬっと人影が姿を現した。
やっと来たかと立ち上がろうとすると、弥月とは似ても似つかない元気いっぱいの声があたりに響く。
「おっ、本当にいた」
「なぜお前が来る」
舞依は相変わらずの活気みなぎるらんらんの瞳でこちらを見上げながら、必要以上にでかい声で言う。
「泰地の姿がどこにも見当たらないので弥月に聞いたら、ここじゃないかと言われてな」
あの野郎あっさり売りやがったな……俺の最後の砦を。
しかしどうして弥月は来ないんだ。うかつに舞依に尋ねると面倒になりそうだったので、俺が弥月を待っていることはとりあえず伏せる。
舞依は当然のように俺の隣に腰掛けるなり、
「ところで私が携帯で連絡してもいつも反応がないのはなぜだ?」
「まあちょっと電波がね」
「そうか、電波か……」
毎度なぜか電波で押し切れる。
きっとアホだから仕組みをよくわかっていない。
「……で、何の用?」
「用というか、好きな人と一緒にいたいというのは自然なことではないかな」
またいけしゃあしゃあとそんなことを。
しかも自分で言っといて一丁前に恥ずかしそうにしているが、舞依が言うとカラッカラでどうも湿っぽさがない。
「しかし例によってフェアではないので、弥月も誘ったのだがな。何か忙しいらしい」
「何か?」
「ラブレターの断りの返事を考えるのが大変だそうだ」
「なんじゃそりゃ」
あまりよく知らない相手から一通もらったらしく、断りの文面を必死こいて考えているらしい。
そんなもん直接相手に一言いえば済む話だろと思うが、面と向かって断るのが苦手だからそっと手紙を渡すだけにしたいという。
「ムダに丁寧で優しい返事で断りを入れて、それでさらに惚れられてしまうとかなんとか。過去にそんなようなことがあったらしいが」
「アホだな、自業自得としか言いようがない」
「そんな言い方はないだろう。そもそもこんな状況になっているのだって、もとを辿れば泰地が……」
「いやどう考えてもお前が変な噂流したせいだろ」
本日のお前が言うなパターン。
この都合の悪いことはすっかり忘れてしまう精神構造は羨ましくもある。
「ん? そうだったか? 私はよかれと思って……まさかこんなことになるとは思ってもみなかったからな。こんな時、困っている彼女を助ける白馬の王子が現れればいいのだが」
「なんで俺の顔を見て言う」
「近くにあったから見ただけだが」
そりゃそうだ。マジ強えんだわこいつ。
舞依は顔色一つ変えずに一呼吸おくと、急に声を弾ませて話題を変える。
「それはそうと泰地、今週の土日はヒマかな?」
「超忙しい」
「かねてからの憧れであった遊園地デートというものをしてみたいのだが」
「行ってらっしゃい」
「まあ嫌なら近場の運動公園で一緒に体を動かそうか。また朝迎えに行くからな」
全然会話が成立していないが、それで決まりだな、と舞依は勝手にその話を終わりにしようとする。
……って待て待て待て。
「何ていうかな、舞依一人とだけなにかするって言うと、それはお前の理論でいうとフェアじゃないだろ? うん、そうだそうだ」
「なるほど一理ある。それでは弥月と静凪も誘おう」
そうくるかーそうかー。
とんでもないヤブヘビ……でもよくよく考えればコイツと二人きりよりはいくぶんマシか。
最悪静凪を押し付けて遊ばせて逃げりゃいいわけだし。
「では二人にも話を通しておこう。しかし今日の弥月は、朝からいつにもまして陰気臭かったが何かあったのか」
「いや別に……何かっていうか、ねえ?」
「なるほど、私との話より弥月のことが気になって仕方ないわけだ」
バカみたいなおっぱいしてる割には察しがいい。
やはり腐っても女子であるからして、勘が鋭いとかそういうことなのか。
ならばと開き直って聞いてみる。
「今日どういう感じだった? 携帯とか見てなかった?」
「いや、弥月を四六時中見張っているわけではないのでわからないが……返事がないとかそういうことか?」
「返事がないっつーっかなんつーかね……」
そもそも読まれていないと言うか。
よくわからんのだが、これはもしかしてブロックされてるとかそういうことなのかね。
「こんなとこでうじうじしていないで、気になるなら直接会いに行って話せばいいじゃないか。なにやら弥月にははっきり物を言えといろいろ文句をつけているらしいし」
「俺はブーメランは投げっぱなしにする主義だからな」
「それはもはやブーメランではないだろう。まったく、そんな事ばかり言っていると本気で嫌われるぞ」
「俺は去るもの追わずの精神だから痛くも痒くないね」
「そんなだからあまり友だちがいないんじゃないか? というか友だちらしき人物を見たことがないのだが」
ぐう、的確にえぐってきやがるこの女……。
「と、友達ぐらいいるもん! 舞依のバカ! もう知らない!」
「わかったわかった悪かった。まあ私は泰地のそういうク……素直なところは嫌いじゃないぞ。ヘンに飾らないところもな。じゃあ少し弥月の様子を見てくるから、ちょっと待っていてくれ」
舞依はさらっと俺の頭を撫でて階段を降りていった。
今こいつクズって言いかけなかったか? それにまるで俺を駄々をこねている子供のように扱いやがって。
そして俺が貧乏ゆすりをしながら待つこと数分。
控えめな足音がして、何者かが階段を登ってきた。肩までかかる黒髪が光に当たってきらきらと輝く。今度こそ弥月だった。
「……え?」
ってなぜに弥月がやってくる。今更になって携帯のメッセージを見たのか?
代わりに舞依の姿は見当たらず、入れ違いになったのかも知れない。
弥月は陰気臭いどころか意外にも足取り軽く俺のいる段の手前まで登ってくると、立ち止まって後ろで手を組み俺の顔を見上げるようにしながら、あろうことかニコっと笑いかけてきた。




