16 鋼鉄のカブトムシ
(ん?思ったよりでかいな?)
そのトラックを見た第一感想がそれだった。
俺はポルシェ博士からようやくビートルと、その派生型で頼んでいたトラックが出来上がったとの報告を受けベルリン郊外の陸軍基地に視察に来ていた。
目の前には4台車両が並べられている。
うち1台は前回の視察でもみた、おなじみのカブトムシだ。
つるんとしたフォルムが非常に愛らしい。
ちなみに俺が前回ビートルと呼んだことで、まだ非公式ながらも皆がこの試作車をビートルと呼んでいるそうだ。
どうやらビートルは史実とは違い(史実ではKdfワーゲンと呼ばれていた)この名前で最初から登場する事になりそうだ。
もう一台は屋根がなく、角ばったフォルムの軍用ビートルだ。
こちらもネットで前世みたキューベルワーゲンとまんま同じ形をしている。
残る2台はトラック型で、どちらもキャブオーバー型の車体をしている。
片方はビートルと基本のフレームを共有しているようだが、もう片方はホイールベースがビートルよりも短い。
横幅は目の前のトラックの方が広いしタイヤもでかいが、前世の軽トラとサイズ的にはこの短い方の印象が被る。
「ほう、これがビートルのトラック型ですか。積載能力はどれくらいですかな?」
同行していたシャハト大臣が尋ねる。
たかだか自動車の試作型の視察に経済大臣と国家元首が出張ってくるのは大袈裟に見えるかもしれないが、この自動車にはそれくらいライヒの期待がかかっているのだ。
(まぁ、シャハト大臣は期待というよりお目付けと言った方が正しいかもしれんがな)
試作型がようやく最終形というところまで煮詰まってきたという段階だが、すでに工場建設に必要な工作機械の発注を済ませている。
それどころか工場の設計図すら完成していないのに来月には造成工事を開始する予定なのだ。
ここまで先走って手配しているのは勿論今後の国際情勢を見据えてのことだが、普通に考えたらあまりにも性急な行動である。
一般の民間企業ではあり得ない判断だろう。
(いや、そうとも言えんか)
前世で俺が勤めていたのは所謂大企業で何もかもが稟議稟議でこんな事業の進め方はあり得なかったが、息子が勤めていたワンマン不動産会社ではよくあったそうだ。
(多分、息子の会社の経理部長もシャハト大臣と同じ気持ちだったんだろうな)
時代と場所は変われど独裁者の周囲の人間の心労は絶えないものだろう。
「積載能力はタイプによりますが最大で1トンです。」
そう言うポルシェ博士の顔には複雑な表情が浮かんでいる。
(ふーん、さてはまだ納得いってないな。話を振ってやるか)
「どうした博士。不満そうな顔だな」
「い、いえ」
「なんだ、はっきり言いたまえ。今日でどのタイプを生産するか決定してしまうのだ。言いたいことがあるならハッキリと言いたまえ」
口ごもる博士に俺は畳み掛ける。
「・・・では遠慮なく言わせていただきますが、なぜエンジンを鉄製にするのですか!可能な限り車体を軽量にするべくこれまでやってきたのです!予定通りアルミ合金でいかせてください!」
(まぁ、その件だよな)
ビートル1。
そして史実でも生産されるその派生型タイプ2シリーズ。
これらは優れた懸架方式や軽量な車体と信頼性の高いエンジンで戦後の小型自動車業界を席巻したが、とんでもない落とし穴があった。
エンジンがアルミ合金性なのだ。
いや、エンジンだけではない。
トランスミッションもサスペンションもアルミ合金が使用されている。
これを知った時、俺は震えた。
そしてちょび髭総統が世界大戦を全く予想していなかったことを確信した。
一体どこの誰が世界大戦を予期しているのに戦略物資を大量に使う民生車両を生産すると言うのだ。
平時なら単純にコストの問題なだけなのでアルミ合金を多用したとしても商品として成り立つ。
エンジン重量を抑えた分、燃費の向上が図れたり、同じエンジン出力やサスペンションで高速巡航を可能にしたりとコスト上昇を打ち消すだけのメリットがあれば良い。
だが、戦時は違う。
アルミは鉄以上の戦略物資となる。
万単位で航空機を生産するのだ。
アルミはいくらあっても足りないくらいだ。
いくらビートルやその派生型のキューベルワーゲンなどが便利だからといって、アルミ合金を大量に使用するのは戦時経済にとって無視できないマイナスとなってしまう。
「ポルシェ博士。君の言いたいことは分かる。アルミ合金製のエンジンを採用したいのは私もやまやまだ。だがアルミは輸入せねばならん。輸出用のビートルには使用して構わんが、国内向けビートルやその他の派生型は鉄で作りたまえ」
「・・・それでは100キロでの高速巡行ができません。80キロ程度がサスペンション的にも限界となってしまいます」
めちゃくちゃ不満そうな顔でポルシェ博士がそう告げる。
(いや、まぁこの時代にこんな安価な車で80キロ巡航はたいしたものなんだがな)
ポルシェ博士はとても不満そうだが、十分である。
車両重量が750㎏から850㎏に増えるが、民生車両としては十分な機動力を備えている。
「そんな顔をするな博士。アルミ合金の使用がプラスなのは私も理解している。時期をみてアルミ合金の使用も許可する。それでキューベルワーゲンやトラックの選定具合はどうなのだ?軍とも打ち合わせはしているのだろう?」
「それについては閣下が事前に懸念されていた通り、ビートルのエンジンとシャーシではややパワー不足ですね。若干スケールアップした1300CCのエンジンの採用が希望されてます」
『アルミ合金製だったら1000CCで十分なんですけどね』とボソッと言いながら博士はそう答えた。
(いや、どんだけ根に持ってんねん・・・)
この博士の様子にはとなりのシャハト大臣もあきれてしまっている。
「そうか。まぁ、仕方ないか。それでなんでトラックは2タイプあるのだ?」
「あぁ、それはですね、1000CCエンジンだとビートルと同じサイズだと民生用でも出力不足なのですよ。最大積載量を750㎏にしシャーシを短縮したバージョンを作りました。」
『トラックだとシャーシやサスペンションも強化する必要がありましたので』と付け加えながら博士はそう答える。
(フーン、なるほど)
俺は手元の諸元表に改めて目を落とす。
民生用ビートル
車両重量 850㎏ エンジン 1000CC 24hp
軍用ビートル(キューベルワーゲン)
車両重量 860㎏ エンジン 1300CC 31hp
ビートルT(トラック仕様)
車両重量 860㎏ エンジン 1300CC 31hp
最大積載量 1000kg
ビートルT-Kurz(短シャーシトラック仕様)
車両重量 750㎏ エンジン 1000CC 24hp
最大積載量 750㎏
「ほう、短シャーシのトラックは車両重量がかなり軽いですね。強度は大丈夫なのですか?」
シャハト大臣も諸元表に目と通していたようで、ポルシェ博士に問いかける。
「問題ありません。1m近くシャーシを短縮したのです。最大積載量を守っている限りは問題が生じません」
そうポルシェ博士ははっきりと言い切る。
「これだけ安価なトラックであれば需要は多そうですね。」
『ビートルより売れるかもしれませんな』と満足気にうなずいている。
この時代、ライヒではというかアメリカ以外では乗用車よりもトラックやバスといった商用車の方が市場が大きい。
『ビートルよりもトラックの方が売れそう』とシャハト大臣が考えるのも無理はなかった。
ちなみそんなシャハト大臣をポルシェ博士はかなりイラっとした顔で見ている。
『市民でも手の届く車でモータリゼーションを!』と考えているポルシェ博士からすると、シャハト大臣の考え方はロマンがなく、近視眼的に思えるのだろう。
「ふむ、どのモデルも素晴らしい。早速生産の打ち合わせをしよう。依頼してはいなかったがこの短シャーシのモデルも量産をしよう。いいな大臣?」
「そうですな。この短シャーシモデルは素晴らしいと私は思います。このトラックが1台あるだけで助かる農家や工場はライヒ中に数多くあるでしょうな」
乗用車の生産は『独裁者のお遊び』とでも言いたげに乗り気ではあまりなかった大臣も、小型トラックの生産にはかなり乗り気になってくれたようだ。
なにせ7000万ドルもの費用をつぎ込むことになるのだ。
これは工場だけでなく、工場に勤務する労働者の社宅をや発電所などといった大量のインフラ整備を行うからこそここまでの費用がかかるのだが、いずれにしてもとんでもない費用なのは間違いない。
「分かりました。一応ざっくりとではありますが工場図面もありますので、部屋に場所を移しましょう」
そう言ってポルシェ博士は建物の方に俺たちを案内しようとしたが、『あ、そういえば』と言って短シャーシのトラックを指差してこう言った。
「短シャーシ、短シャーシとは呼びにくいでしょう。われわれはKurzトラックの頭文字をとってKトラックと呼んでおります」
(そうきたか・・・)
俺は『ほうケイトラックですか。それは呼びやすいですね』と呑気に頷くシャハト大臣を横目に思わず生ぬるい笑み浮かべてしまうのだった。




