14 1937年 年の瀬
(今年もあっという間だったな)
俺は自室でホッと一息入れながらそう思う。
給仕の者が気を利かせて用意してくれていたウィーナーコーヒーが体にしみる。
大晦日の今日、俺は毎年総統官邸で開催される恒例の年越しパーティーに出席していた。
ちなみにいつもは朝までどんちゃん騒ぎだったらしいが、中身が俺に変わってからは日付が変わる前にお開きとしている。
ヒムラー、ゲッベルス、ゲーリングをはじめとし、ライヒ高官ももう慣れたもので、12時前には皆いそいそと身支度をしていた。
今年前半の外遊は勿論だが、ライヒに戻ってからもかなり騒がしかった。
陸海空(ライヒ的な感覚で言うと陸空海だが)の各種新兵器の視察や、ビートル1や試作コンテナヤードの視察を行ったり、ギャーギャーうるさいスペインの外交官にも渋々あってやったりと、軍事、内政、外交とほぼ休み間もなく動き続けた。
昨年は国内で色々と種をまき、今年の前半の国外で色々と種をまいた。
いくつか進展はあった一方で、思うように進まないこともあった。
喜ばしいニュースは極東と親愛なるドゥーチェからもたらされた。
大慶油田とテンパロッサ油田が無事発見されたそうだ。
親愛なるドゥーチェからも喜び勇んだ電報が届いたほどだ。
俺がチラッと伝えたリビア油田の捜索も国をあげて行うらしい。
そして極東では史実においては流産するはずの宇垣内閣が成立。
石原莞爾がかなり暗躍したそうだ。
ちなみにその暗躍の中身はライヒ諜報部と本人からの手紙である程度判明している。
(いやな文通相手をもったものだ・・・)
石原莞爾からの手紙を思い出して俺は思わず一人で苦笑いを浮かべてしまう。
日本での会談から奴は定期的に手紙を寄越してくるようになった。
普通は俺の手元に直接手紙が来るようなことはないのだが、俺の秘書室は奴を『総統閣下のお知り合い』と分類したようで、簡単なチェックを受けるだけで普通に俺の手元に届いる。
(奴のことだから俺とのパイプを最大限手札として使っているんだろうな)
俺は数万キロ離れた場所にいるあの強かな男の事に複雑な気持ちで思いを巡らす。
『ちょび髭総統と個人的にパイプがある』というのはかなり強力な手札となり、奴の陸軍と政府内での影響力拡大に貢献しているのは間違いないだろう。
(と、いっても悪い事ばかりでもないが)
石原莞爾と宇垣大将が手を組んだことで、日本国内はとりあえずそれなりにまとまったようだ。
そして取り敢えず統制を取り戻した日本は盧溝橋事件をなんとか無難にくぐり抜けたそうだ。
(盧溝橋事件がおこった事にも驚きだったんだがな)
西安事件を阻止し、国共合作が成らなかったことで盧溝橋事件は起きないと思っていたのだが、史実通り今年の7月に盧溝橋事件は起きた。
だが史実と違ったのは、日本側が現地部隊の手綱をまがりなりにも握れていたことと、中華民国側も日本と事を構えるのを(今は)良しとしない蒋介石が主導権を握っていたことで、なんとか事件の拡大は防げたらしい。
そしてその事件での嬉しい誤算は、その事件を仕掛けた共産党の工作員を捕えることが出来た点だ。
全面衝突を避けたい日中両国はこの事実をフル活用した。
互いに、『漁夫の利を得ようとする共産党』というプロパガンダを一斉に打ったのだ。
勿論、共産党は否定し『日帝とその犬の茶番劇』と反論したものの、その反論を両国は完全に無視している。
(まぁ、本当に工作員を捕えたのかはあやしいがな・・・)
もしかしたら適当な共産党の人間を工作員としてでっち上げたのかもしれないが、結果として日中関係はやや雪解けをしているそうだ。
反対に上手くいってないこともある。
一つはテンパロッサ油田だ。
見つかったのは見つかったが、かなり深いところにあるようでイタリアの技術では産業ベースでの採掘が難しいらしい。
親愛なるドゥーチェからは『ライヒの技術でなんとかなりませんか?』と悲嘆にくれた電報が先の電報からしばらく後に届いた。
(これについては残念ながらなぁ・・・)
基礎技術力が高いライヒの事だから時間を掛ければ深い油田からも原油を採掘する事は出来るだろう。
だが、残念ながらライヒ内には石油掘削会社がない。
勢力圏に油田がないから当たり前だ。
そしてこれは工作機械と違いなかなか他国も協力してくれない事が予想される。
なぜなら金の問題ではないからだ。
今の時代、石油利権と技術はセブンシスターズと言われる7大石油会社が独占している。
完全な談合状態であり、その談合を乱す動きに関しては容赦がない。
かなりの譲歩(利権をそれなりの割合渡すなど)をしないと協力は得られないだろう。
(根気よくノウハウを蓄積するしかないな・・・)
後世では採掘出来ているのだ。
特にリビア油田は20世紀中盤には商業化されている。
そのうちなんとかなるのは間違いない。
(だが問題はやはり時間がない事なんだよな)
2つ目の問題は、外遊から帰ってきた際にもシャハト大臣、クロージク大臣と話していたことだが、やはりこのままではライヒ経済の軟着陸は難しいとのことだ。
現時点で既に30億ドルにものぼるMEFO手形を発行している。
これはGDPの30%に匹敵する。
金融工学が発達し、世界的に資本の蓄積が進んだ後世であれば難なく吸収できる範囲ではあるが、今の時代は全く資本が足りていない。
第1次大戦で欧州各国は資本がすっからかんになるまで戦ったが、そのなかでもライヒは本当にすっからかんになった。
だからこそMEFO手形でサイレント国家債務を形成したのだが、手形の償還期限が来年には到来する。
同じ金額の支出でも兵器ではなく、生産設備に投資をシフトさせたりスペインから金を強奪したりとやれるだけやってみたが、結局は行き詰った。
石油に一縷の望みをかけたが、どうあがいても来年には間に合わない。
(平穏なのは今年まで・・・か)
来年からは拡張政策をとることになる。
(どうにか、どうにか来年の拡張で収めることが出来れば・・・)
そんな事をぐるぐる考えながら、俺はぬるくなったコーヒーをすするのだった。




