12 半導体の産声
1937年 9月 秘密都市 エウリカブルグ
「・・・成功だ!信号増幅が確認出来たぞ!」
「やったか」
「これまでになく安定しているぞ、高周波特性も段違いだ!」
「こ、こんな小型の装置で・・・。しかもなんなのだこの低電力は?!」
「それだけじゃない、発熱も少ない・・・」
「時代が・・・時代が動くぞ!」
コードが何本も刺さったゲルマニウムの薄板を囲んで皆が歓声を上げる。
(まさか、まさかこんな早くに実現できるとはな・・・)
私、オスカー=ハイルはローレンツ社の社員だ。
ドイツ南西部のフランス国境にほど近い町で生まれ、今はエウリカブルグで先端電子技術の開発をしている。
(正確には既に元社員なのかもしれないが・・)
エウリカブルグに来てからはあまりローレンツ社の社員という気がしない。
(いや、そもそもほとんど社員としての意識は元々なかったけどな)
というのも私がローレンツ社に就職したのは、エウリカブルグに放り込まれるつい数週間前でしかないのだ。
ローレンツ社に来る前は私は英国きっての電子機器メーカーで働いていたのだが、ライヒ本国からの強い要請によりローレンツ社に転職することになったのだ。
(ライヒ本国からの要請に浮かれていたあの頃の自分は能天気だった・・・)
そんな事をふと思う。
別に、好きなだけ研究ができて待遇にも恵まれる今の環境にそこまで不満があるわけではないのが、本国から派遣された政府の人間たちの、下にも置かない対応に単純に舞い上がっていた自分は能天気すぎたと今更ながら少し呆れてしまう。
ライヒ本国の要請というのは、思ったよりもはるかに上層部から直接の要請と聞いたのは、転職してからすぐのことだった。
その時点で不吉な予感はしたのだ。
そんな不吉な予感はちょび髭総統からの呼び出しからのエウリカブルグ直行という連続パンチですぐに現実のものとなった。
ちなみに一応会社からは『シーメンスやGEMAなど他社の技術者に技術を渡すな。むしろ奪ってこい!』と命じられていた。
だが、実際そんなことをするのは不可能だった。
いや、正確にいうと技術を奪うのは簡単だった。
一切の技術の秘匿が許されなかったからだ。
エウリカブルグでは全ての情報の公開が義務付けられている。
各社が技術を秘匿する為に特許申請すら行っていなかった技術に関しても、公開を義務付けられているのだ。
ただし、それだけでは技術を公開した会社・個人が不利益を被るだけとなってしまうので、そこをフォローする仕組みも制度設計されている。
それはエウリカブルグ独自の特許制度だ。
公開された技術はエウリカブルグ独自の特許制度に紐づけられ、その技術を使用した割合ごとに使用した会社・個人からパテント料が支払われる仕組みとなっている。
ちなみにエウリカブルグの特許制度は、ライヒの一般の特許制度とは紐づいていない為、ライヒ内でエウリカブルグで開発した技術をもとに生産した商品を販売する場合はエウリカブルグ当局の許可を取らなければならない。
その辺りは二度手間になるし、『技術を使用した割合』の算定は揉めるもとになっている。
エウリカブルグがスタートして半年も経っていないのに特許裁判所が既に設立されたほどだ。
(だが、研究がはかどるのは間違いないけどな)
真っ先にエウリカブルグに放り込まれた俺たち電子産業組に続き、3か月程前からはダイムラーやユンカースといった航空機エンジンメーカーもエウリカブルグにやってきた。
なんでもちょび髭総統から直々に共同開発を命じられたそうだ。
生産ラインの都合もあるので、完全な共同開発の中止は総統閣下もしぶしぶ認められたそうだが、それぞれ核心となる技術の互いへの公開を命令されたらしい。
それでも『秘密保持がどうだのこうだの』といってゴネたらしいが、それは結果として彼ら自身の首を絞める事になった。
というのも業を煮やした総統閣下が彼らをまとめてエウリカブルグに放り込んだのだ。
風の噂によると開発は順調らしい。
(まぁ、研究がはかどるのも無理はないんだけどな)
ここエウリカブルグには世界中の文献が集められ、工作機械なども最先端のものが設置されている。
外貨不足のライヒでは入手が困難な外国の資材も、当局に申請すればやすやすと入手できてしまうのだ。
そんな訳で、私が研究する半導体も目覚ましい進捗をとげることができた。
理論としては思いついていた電界効果トランジスタとバイポーラ型トランジスタの試作に成功したのだ。
その理由の1つはまさしくエウリカブルグの環境故だ。
私も半導体分野の第一人者という自覚はあったが、それでも30歳そこそこの人間に与えられる予算・権限としては破格のものだ。
(たが、悔しいがそれだけではここまでの成功はなかった・・・)
私がこんなにもすぐにも理論上の存在でしかなかったトランジスタの製造に成功したのには理由がある。
それはエウリカブルグ特許の存在だ。
エウリカブルグ特許制度の仕組みを知らされた私達技術者一同は、イヤイヤ各自の研究成果などを共有する事になった。
私も特許にのせる理論を書き連ねながら、何気なしに特許一覧を見ていたのだが、ある論文の一群が私の目を引いたのだ。
その論文は『高純度ゲルマニウム精製法』『拡散ドーピング法』『PN接合基礎理論』を筆頭に、トランジスタ製造に欠かせない一群の基礎理論及び工学理論だったのだ。
私を筆頭に先端電子技術に詳しい者は皆絶句した。
いや、認めよう。
最初はそれらの論文を全く私達は信じていなかった。
信じるにはそれらの論文は非常に稚拙な出来だったのだ。
構成が悪く、肝心な細かい理論や検証実験などはすっ飛ばし、ほとんど結論だけが記された論文達。
『一体どこの素人が書いたんだ』口に出してとバカにする者もいた程だ。
だが、モノは試しと検証実験を行ううちに皆の顔色が変わっていった。
細かい理論や手順が間違っている箇所はあったのだが、概ね全て論文の記す通りとなったのだ。
そしてその成果が今日の実験の成功という形で、我々の目の前に示されたのだ。
「これは、、、大変な事になったな」
私は思わず呟く。
「あぁ、その通りだオスカー。これは真空管の終わりの始まりだ」
震え声で同意してくるのはテレフケン社の社員だ。
(あぁ、彼らからしたら複雑な気持ちか、、、)
彼らは高周波真空管製造の第一人者だ。
つまり、真空管製造と研究に莫大な投資をしてきた。
だが、これからは半導体という全く新しい分野でスタートを切らないといけないのだ。
これまで真空管に費やしてきた時間的、金銭的投資を想像すると気の毒に思わずにはいられない。
「あぁ、俺たちの目の前のこれが量産されたら電子産業界は一変するな」
そう俺が言うと、周りの技術者が『あぁ』とか『違いない』なとど言って、みな頷く。
真空管と違い、俺たちの目の前にあるトランジスタは遥かに小型軽量かつ低電力で衝撃に強い。
この魔法のような部品を使えばありとあらゆる電機製品が様変わりするに違いない。
例えば近い将来、弁当箱サイズの持ち運び出来るラジオすら作れるようになる、というか既に試作品の図面を書いてる技術者すらいるほどだ。
(だが、これが終わりでは・・・ない)
浮かれている技術者もいる一方で、俺みたいに顔を強張らせている技術者もいる。
エウリカブルグ特許一覧には他にも電子技術関連の論文一群があった。
『シリコンウエハー切削法』『集積回路基礎理論』『発光ダイオード基礎理論』『太陽光パネル基礎理論』、極め付けは『機械言語基礎理論』だ。
『発光ダイオード』や『太陽光パネル基礎理論』は嫌に論文のレベルが高かったのに対し、『機械言語基礎理論』はかなり抽象的な物だった。
(だが、それでも十分な衝撃だ)
『機械言語基礎理論』にはこれからの半導体技術の進歩が導く未来が記されていた。
(コンピューター・・・か。こんな機械がもし本当に実現できるなら・・・)
今の半導体技術からすると想像の域を出ない機械。
だが、すでに検証済みの論文も最初はそう思ったのだ。だからこそもしかしたらと思ってしまう。
「しかし・・・NAKAJIMA MASARUとは一体誰なのだ」
ぼそっとある科学者が呟くと、その場は沈黙に包まれる。
エウリカブルグの特許一覧に載っていた、その論文達は全て同一の著者の名が記されていた。
ライヒでは聞き慣れない名前。
エウリカブルグの科学者でその名を知らぬものはいないが、誰一人として知らぬ人物。
「・・・日本にはNAKAJIMAという名前の航空機メーカーがあると聞くが」
「いや、航空機メーカーがここまでの電子技術を持っているのはおかしい」
「あぁ、その通りだ。しかもいくら最近ライヒと仲がいいとはいえ、こんな最先端技術を外に出さんだろ」
「では、一体なんだというのだ!この論文群は!ほとんど未来予知に等しいぞ!」
気が短い科学者が声を荒げるが、荒げたところで誰も答えなど持っていない。
「・・・何はともあれ、我々の目の前には一つの道が示されている。ところどころ途切れている道だが間違いなく道標となっている。それを全力で進もうではないか」
あまり柄ではないが、私がそう言うと『そうだな』『まぁ、確かに』などと言って皆実験に戻る。
(NAKAJIMA MASARUか・・・いつかきっと追いつく)
私は手元の論文の著者名欄を睨み、そう息巻くのだった。




