38 I shall return
「では諸君。頼んだぞ」
俺は日本に残留することになる随行員達を激励する。
ライヒから連れてきた随行員達の半分ほどはそのまま本国に帰るが、残りは日本にもうしばらくの間残留することになる。
農林10号を持って帰る予定の食糧省の職員や、マグネトロン関係の技術提供を受けるべく国防軍から派遣された技官や(半ば無理やり)連れてこられた電機メーカーの技術者などだ。
勿論一方的に技術提供を受けるだけでは取引とは言えないので、工作機械メーカーの技術者も何名か日本に居残ることになる。
そして彼らを護衛する国防省と親衛隊の人間も一定数が残留組に加わる。
(親衛隊を嫌そうな顔で見ていたな・・・)
俺個人は国防省の人間だけで良いと思っていたのだが、ヒムラーから『是非親衛隊も使って欲しい』との要請があったのだ。
勿論独裁者権限で断ることも出来たが、それをすると親衛隊軽視、ちょび髭党軽視と捉えられかねない。
自分の目が十分に届かないところに親衛隊を送るのはかなり気が引けたが、渋々同意したのだ。
(日本の過激派とシナジー効果を生み出さなければいいが・・・)
『頼むから大人しくしておいてくれよ』と俺は心の中で祈りながら帰りの船に乗り込む。
残留組としてそこそこの人数を日本に置いていくものの、俺は3週間近くにも及んだ訪日スケジュールをこなし日本を離れようとしていた。
3週間というと長いようだが、政府首脳や陸海軍の重鎮と会談し(陸軍の将校の一人は押しかけだが)、果ては天皇陛下とも会食をしたりと過密スケジュールの中で動いていたからかあっという間に過ぎた印象だ。
横浜に降り立った俺は、東京、箱根、京都、大阪と順次滞在していき最終的に帰国便の出発地の神戸に辿り着いている。
ちなみに押しかけ将校こと石原莞爾は神戸にもひょっこり顔を出した。
『いやぁ、当分閣下とお会いすることもないと考えると最後に一目と思いましてな!』と奴は土産の日本酒片手に来て言いたいことだけ言ってそそくさと東京にとんぼ返りしていった。
(暇なのかあいつは)
フットワークの軽さに俺だけでなくライヒの面々はやや半眼となってしまうのも無理がないところだろう。
陸軍将校のことを思い出した俺は、その不敵な笑みを振り払うように船の舷側から神戸の街並みをゆっくりと見回す。
神戸タワーもモザイクも何もない、未来の神戸とは似ても似つかない町。
埋め立て地が存在しないので俺が記憶する神戸よりはるかに海と山が近い。
だが、六甲山はおおむね前世のままだし、遠く麓に臨む洋館群はおそらく戦後に観光地として賑わう異人館街だろう。
(久しぶりの日本だった。またなんとしても来たいものだ)
これからライヒも世界も忙しくなる。
今後しばらくは来ることは叶わないだろう。
そして史実と同じ結末となってしまったらこれが祖国との別れとなってしまう。
(ここからが正念場だな)
ライヒに帰ったら昨年末に指示した諸々が一定程度成果が出てきているはずだ。
それを踏まえて諸々の施策を打っていく必要がある。
そして史実でのライヒの対外拡張が顕著になるのもこれからだ。
特に来年1938年になると雪崩のように対外拡張の道を歩みだす。
(可能であれば阻止したいが・・・)
一度傾いた歴史の天秤をもとに戻すのは難しい。
史実と同様の国際情勢となってしまったとしても、ライヒが戦い抜けるよう各所に手を加えていくのが当面の俺の役割だろう。
汽笛をならしながら次第に船は岸を遠ざかる。
俺は遠ざかる祖国をながめながら、帰国してからの動きに思いを巡らすのだった。




