29 石原莞爾-1
「ライヒの言葉がお上手ですな、石原少将」
大使館の職員が言う通り、石原莞爾少将はかなり流暢に独逸語を操る。
若干の訛りはあるものの、ほぼ完璧。
ライヒへの留学・駐在経験があるとは言え、それだけではここまで上手くならないだろう。
(流石は恩賜の軍刀組といったところか)
石原莞爾といえば、歴史の授業では出てこないものの、この時代の日本を語るには欠かせない人物だ。
歴史文献によりその評価はまちまちであり、前世で俺がよく読んでいた仮想戦記においてもその扱いは様々だった。
ある戦記ではアジアの民での大連合を夢見た国士として。
別の戦記では戦前日本のシビリアンコントロールを決定的に破壊した策士として。
彼の描かれ方、捉えられ方は様々である。
だが、そんな様々な評価がある石原少将だが共通して言える点がある。
それは行動力と、その頭脳のキレだ。
良くも悪くも(俺的には悪くも悪くもだが)満洲国を勝手に立ち上げてしまうのだ。
尋常ではない行動力だし、バカではそんな大それた事をしても失敗してしまうだろう。
(そんな人物だから会うつもりはなかったんだがなぁ)
普通、サラリーマンを始めとして組織に属する人間はそれこそ良くも悪くもその行動の振れ幅はある程度予想がつく。
それは役人や軍人も普通は同様だ。
残念ながら目の前の石原少将は普通の人間ではない。
中央の統制とか上層部の意向なんていうものより自らの信念をとってしまう人間。
根っこの気質がサラリーマンの俺からするとなかなか理解が及ばないタイプの人間と言える。
(とは言え想像以上に首相がお飾りになってしまってる以上仕方ない・・・)
この時代の日本のシビリアンコントロールは麻痺している。
首相との会談が上滑りに終わった以上、俺は他の交渉者を見つける必要があったのだが、残念ながら石原少将はその相手として適性がある。
しかも、俺から声をかけると「内政干渉だ」とかなんとか騒ぎ立てる人間が出てきかねないが、幸か不幸か今回の場合はそれを考える必要も無くなったわけだ。
「いえいえ、総統閣下こそ日本語を流暢に話されるとお聞きしました。まさか独逸国の指導者が日本語を喋れるなんて、この莞爾。居ても立ってもいられず押し掛けてしまった次第でございます」
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、『いやぁ、申し訳ない』などと言いながら、ニコニコ笑う石原莞爾。
それを殺気だった目で見る俺の随行員達。
最初から歓迎ムードではなかった大使館の一室がさらに険悪な空気となる。
当たり前だが、石原少将がやったのはとんでもない横紙破りだ。
俺なんかは『あの石原莞爾ならそれくらいするかもな』なんて思ってしまっているが、『石原莞爾』を知らない者からするとほとんどキチガイの所業である。
(時間もないし、さっさと本題に入ってもらうか)
「陸軍の将軍が押しかけてくるなんて、世界を見渡しても前代未聞でしょうな。流石は満洲国建国の立役者だ」
「・・・日本語が本当にお上手ですね閣下。」
そこまで言うとやや顔色が変わる石原少将。
流石の胆力で笑顔はどうにか保っていたが、一瞬言葉に詰まっていた。
「安心したまえ、この場にいる随行員は皆日本語はわからない者ばかりだ。部屋に入る時に見たとは思うが、警護の兵もライヒから連れて来た者達だ。大使館の職員は全て遠ざけてある。君と私の会話が外部に漏れることはまずない」
そこまで言うと、俺は一口水を口に含む。
「石原少将。貴殿も立場のある人間だ。今回の貴殿の行動がいかに常識はずれかは理解しておられるはずだ。そこまでしてでも私と話したいことがあったのではないかね?私も満洲国の裏の立役者であり、日本の次期首相の進退を操らんとする貴殿だからこそ、非常識な振る舞いには目を瞑りこうして場を設けているのだ」
(さぁて、どう出る?)
この石原莞爾という男。
相手が目上だろうがなんだろうが、噛み付く時は噛み付く男。
ここまで高圧的に言うのは悪手な気がするが、『ここはいつものパワハラスタイルでいけ』と、俺の中のちょび髭の知識が囁く。
「あ、はっ、はっ。これはこれは、閣下手厳しい。この石原莞爾。降参でございます」
石原少将はたまらずといった雰囲気で笑い始めた。
「一体閣下の耳の良さはどうなっておられるのですか?その調子ですと次期陸軍大臣に宇垣大将が推されていると言うのもご存知なのですか?」
(こいつっ!やりやがったな!)
「少将。最初だから許そう。試すのはやめたまえ。宇垣大将が推されているのは陸軍大臣ではないだろう。」
「いやぁ、本当に全てご存知でしたか。大独逸国の総統閣下を試すような真似をして申し訳ございません!もし閣下がお命じになるのでしたら、この石原。腹を掻っ捌いて詫びさせていただきます」
「要らんそんなもの。だから上着を脱いで白装束なんぞにならずとも良い。」
この状況下でまさかの鎌掛けがきた。
しかもマジかどうかは分からないが、私服の下にちゃっかり白装束を着込んでいる。
『ジャパニーズハラキリ』を見せてくれと言いたくもなったが、床が汚れるだけでなんの得もないのでグッと堪える。
「寛大な処置ありがとうございます。どうやら閣下は帝国のこと、そして私自身の事をよくご存知のようであられる。であれば、単刀直入にお伺いする。貴国は日本を戦争に巻き込むおつもりか」
(ほう・・・。これはなかなか)
これまでのどこか浅い雰囲気が霧散し、満洲国の建国を策謀した陰謀家の顔に少将の顔が変わる。
ライヒにおいてきた三馬鹿トリオ(最近俺は勝手にそう呼んでいる)に匹敵するオーラになる。
「あぁ、勿論だとも。石原少将。私は共に次の戦争を勝ち切るためにはるばる日出ずる国まで来たのだ」
目には目を。
本音には本音を。
俺は賭けに出ることにした。




