22 ちょび髭総統訪日 山本五十六 -2
俺と山本次官は互いの随行員を車両から追い出した後、改めて会談を始めた。
国家元首が高位とはいえ、いち海軍提督とサシで向かい合う状況。
極めて異例な状況であった。
「いやー、総統閣下もお人が悪い。話す方はまだまだなどとご謙遜を。ほとんど完璧ではないですか?本当にどうやって習得されたか詳しくおききしたいところです」
そう、山本次官は笑いながら切り出す。
「時間が有り余っていただけですよ。詳しくお教えしても構いませんが・・・」
そう言って、俺は窓の外を流れゆく風景に目をやり、
「時間は有限ではないですかな?」
次官に本題に入るようにうながす。
(語学について触れられたくないってのが本音だけどな)
「それもそうですね。流石は実直なライヒの指導者でいらっしゃる。いくつかお聞きしたいことはございますが・・・」
そう言って、山本次官は言葉を切る。
どこまで話したものか流石に迷っているようだ。
だが、博打打ちらしくすぐに話す内容を固めて話し出した。
「独逸国は新型戦艦の建造を中止したいう確かな情報を我々帝国海軍も入手しております。一方で予定より小型化したものの航空母艦の建造は続けているともお聞きします。総統閣下も戦艦より航空機に有利性を感じておられるのではないでしょうか?」
(ふーん、取り敢えずはそれを訊いてくるか)
まずは、自らの航空主兵主義について語ることを選んだようだ。
「そうですな・・・。航空機と戦艦の進歩の早さの違いを考えると、その答えは自ずと出るのではないですかな?」
明言はさけつつ、俺はやんわりと航空主兵主義であることを伝える。
『ほう、それはそれは』とほくほく顔になる山本次官。
(だが、釘は刺しておかないとな)
「ですが、航空機で英米に優位性を保てるかは難しいところですぞ?アメリカ駐在歴のある次官でしたらご理解いただけるところだと思いますが」
そう俺が言うと、山本次官の顔が曇る。
「そこまでお考えになられておりましたか・・・。えぇ、それは小官も考えるところであります。デトロイトに代表される巨大自動車産業。そしてそれを動かすための裾野の広い産業界。これらは優秀な航空機エンジンを生む土台です。」
(ふむ、やはりそこまでは理解できるわな)
アメリカを生で見てきただけあり、その辺りの感覚は備わっているようだ。
「次官のおっしゃる通りだ。これからの主役となる航空機を支える自動車産業こそ貴国やライヒが英米、特にアメリカに対し出遅れている分野だ。それゆえにアメリカが航空機の有用性に早期に着目してしまうのは、貴国やライヒにとって望ましくないでしょうな。」
そこまで言うと、俺はじっと山本次官を見る。
「・・・だからこその独逸国の超戦艦建造計画ですか」
山本次官は自らの坊主頭を撫でながら、そう唸る。
(うまくリークできていたみたいだな)
俺はライヒの諜報部の仕事に満足を覚える。
俺は去年、早々にビスマルク級戦艦の建造を中止させたが、代わりに更なる大型戦艦の設計を命じていた。
42㎝砲9門搭載の基準排水量5万トン級の戦艦と、48㎝砲9門搭載の7万トン級戦艦だ。
それぞれ史実の大和型戦艦より一回り小ぶりなものと、一回り大柄のものとなるだろう。
単純に建造を中止しただけでは、他国も新型戦艦の建造を中止してしまうかもしれないので、ダミーで設計を命じたのだ。
(ぬか喜びをする大艦巨砲主義者の面々と、海軍設計部の方々には申し訳ないがな)
一応、建造の意思を他国に疑われないよう建造用ドックの拡張工事も予算計上してある。
(これも実態としてはブロック建造システムへの対応などに予算のほとんどを使うことになるがな)
ドックの拡張工事も行うには行うが非常にゆっくりとしたペースとなるだろう。
新型戦艦の設計開始や、ドックの拡張工事といったことは一応機密扱いとしている。
新型戦艦の計画・建造にあたり通常とるであろうレベルの防諜体制である。
(絶妙な防諜の穴を作るのには苦労したもんだ)
本当に防諜が完璧となってしまっては肝心の英米に情報が伝わらないし、ガバガバの防諜体制だと偽情報を疑われるだろう。
その絶妙なバランス作りに苦慮したものだ。
(だが、うまくいったようだな)
山本次官も建艦計画を本当のものと考えていたとみえる。
ブラフだと判断するまで、帝国海軍がその情報を入手していた事実を隠していたあたりがその証拠だろう。
(何が腹を割って話すだ!まぁ、ある種心強いが)
流石は博打打ち。
虚実からめていくのがやり口のようだ。
「その辺りのご判断はお任せするが、そちらも情報の取り扱い方には気を付けた方がよいですぞ」
言外に肯定しつつ、俺はそう返す。
ライヒが大艦巨砲主義を信奉しているフリをしても、日本が全力で空母整備にはしってしまえば効果がかなり薄くなってしまうだろう。
「いやぁ・・・。それは手厳しい」
自分の故郷や、好物の甘味まで調べ上げられている(と勘違いしている)山本次官としては苦笑いをするより他はない。
コンコン
不意にノックが響く。
「入れ」
山本次官が返事をする。
「失礼します!あと20分ほどで東京駅で到着致します!そのご報告であります!」
海軍の随行員が入ってきてそう告げる。
「分かった、さがってよし」
「・・・承知いたしました」
そろそろ俺との会話を終わらせようと入ってきたようだが、すげなく山本次官に追い返される。
(あと20分で東京駅ということは既に23区内なのか?)
俺は、前世では関西に住んでいたこともあり、東京には正直疎い。
それでもたまに新幹線で東京に行く機会がある時は、湾岸のタワマン群が見えたり、スカイツリーが近づいてきたりと『東京に近づいている』という実感が各種高層のランドマークから得れたものだ。
この時代そんなものはない。
いまいち東京に着いた実感がない。
そしてついついこんな言葉もらしてしまう。
「まだまだ田舎だな」
この時代のライヒの街並みは、前世で俺が持っていたライヒの街並みのイメージからそう乖離したものではなかった。
もともとライヒのみならず、ヨーロッパの都市に対して石造りなどを中心としたの近世の街並みというイメージがあったからだ。
それに対して、日本の街並みは良くも悪くも現代的なイメージだった。
コンクリートの高層マンションや、鉄骨造のオフィスビル等。
そんな前世のイメージを日本の街並みに対して持っていた俺は思わず思ったのだ。
『全然田舎じゃないか』と。
高速道路どころか舗装道路すらほとんどない。
駅前ビルなんてのも、本当の都心以外は存在しない。
自動車もほとんど見かけず、ちらほらバスやトラックが走っている程度だ。
人口は多いので都市の規模はそれなりだろうが、ヨーロッパの都市と比べても田舎に見えるというのが俺の今の正直な感想だった。
「恥ずかしながら、おっしゃる通りです」
俺のつぶやきを山本次官がひろう。
(ちょっと、流石にまずいか)
国家元首の立場とは言え、あまりに失礼な物言いだ。
俺はフォローの言葉を挟もうとする。
しかし、そんな俺に被せるように山本次官は言葉を続ける。
「この国は田舎です。おそらく独逸国よりも田舎です。だが、その独逸国すら英米、特にアメリカと比べると田舎でしょう。」
そこまで、言うと山本次官はこれまでにない真剣な目で俺をみる。
(なるほど、こっちが本当にききたいことか)
「総統閣下は、英米といかが対峙されるおつもりですか?」
山本五十六は最大の博打を放ってきた。




