18 カルタヘナ奇襲 幕間-2 ノイラート大臣
(ようやくライヒも春めいてきた)
ノイラートは窓の外を見てふと思う。
ヨーロッパ中部に位置する我がライヒは、大西洋沿いのフランスや地中海沿いのイタリアと違い冬は長く厳しい。
そんなライヒにも4月ともなると春が訪れる。
秋に葉が落ち、すっかり幹と枝だけになっていた木々にもようやく新芽が顔をだしてきた。
魑魅魍魎にも似た食えない人間が跋扈する外交畑で長年飯を食ってきたノイラートですら、やや心躍るような気持ちになる素晴らしい季節。
(そんな季節だというのに・・・)
ノイラートはうんざりとして、目の前の会談相手をみる。
「ですから、何度も申し上げている通り、あれらは我がスペインに属する金です!早急に返還頂きたい!」
そう口から泡を飛ばして力説するのは、スペインの外交官だ。
スペインと一口に言っても、内戦中の彼らは2つの政府を持っているが、勿論目の前にいるのは反乱軍政府の外交官である。
本来、フランコ将軍が直談判しに来るつもりだったらしいが、内戦も盛りのこの時期にスペインを離れるのは難しかったようだ。
(しかし総統閣下の作戦が本当に当たるとはな)
長年外交畑にいたノイラートも、今回の事は流石に驚きを隠せない。
ノイラートは一応事前に今回の作戦の事を知らされてた。
3月からちょび髭総統は外遊に出ているのだが、ライヒを出発する直前にノイラートは総統に呼び出され今回の作戦のこと告げられた。
(何が、『スペイン外交官の相手はよろしく!』だ!!)
中世ならまだしも、この現代において他国の金準備を軍隊で強奪するなど、まさに前代未聞。
『頼みますから敵に多数のライヒの捕虜を取られる事態だけはやめてください』
既に部隊はライヒを発ったということで、作戦自体を止められない以上、そう嫌味を言うのがノイラートの精一杯であった。
(まさか、まさか成功するとは・・・)
今回の作戦はイタリア軍との共同作戦ということで、奪取した金はイタリアと分け合う事になる。
奪取した金はスペインの金準備の7割以上に相当するということで、イタリアと分け合ってもライヒの手元に3億ドル相当の金が残る事になる。
ライヒ前年度の歳入の10%にも匹敵する金額となる。
そして、何よりも大事なのはこれが金だということ。
外国債券や通貨と違い、金はそれそのものが価値をもつ。
債券は債権の振り出し人が覚悟を持てば、交換を拒むこともできるが、(とんでもなく経済は混乱するだろうが)金はそうはいかない。
溶かしてインゴットにしてしまえば、少しロンダリングするだけでどこから入手した金かなど分からなくなる。
いくら諸外国が非難したとて、金に名前が書いているわけじゃない。
そのまま海外との貿易にしようする事ができるだろう。
このことは外貨不足にあえぐライヒが一息つけることに他ならない。
だからこそ総統閣下は作戦を実施したのだろうが、『そんな博打みたいな作戦が到底成功するわけがない』とノイラートは考えていたのだ。
細かい詳細はノイラートのもとまで上がってきていないが、総統閣下肝入りで創設したSS(特殊作戦梯団)が作戦を実施・成功させたらしい。
(リッベントロップの自慢げな顔と言ったらもう・・・)
『総統閣下は天才です!大臣にもようやくそれが分かったのでは?!』
またしてもロンドンからライヒに戻って来ていたリッベントロップがひどく自慢げに語っていたのをふと思い出す。
(貴様は何もしておらんだろう!)
ロンドンでなんの成果も上ていないくせに、まるで自分ごとのようにちょび髭総統を自慢するリッベントロップはノイラートからするとひどく滑稽に思えた。
(だが、総統閣下は何かをもっている)
外交畑をずっと歩み様々な人間を見てきたノイラートにとっても、今回の総統閣下のやり口は異様に映った。
聞けば部隊の新設のみならず、今回の作戦に使用した機材の多くも総統閣下直々の指令で作成したものだというのだ。
それもなんと、ベルリンオリンピック直後の時期にはすでに指令を出していたというのだ。
(恐ろしい・・・)
どこからかスペインの金がマドリードから移される情報を入手し、場所を特定。
そしてそこを襲撃するのに最適な機材・部隊を作成・訓練し、作戦を実施・成功させる。
どこか神ががり的な所すら感じる手際の良さだ。
そこに外務大臣にまで上り詰めたノイラートをして、恐怖すら感じさせる。
(もしや閣下が語った今後の展望や、未来予想はことごとくが実現するものなのか・・・?)
先日の総統閣下との会談で、ノイラートは今後の外交政策に関して多くのことをちょび髭総統と語った。
語ったというよりも、ちょび髭総統が示す今後の展望・未来予想図に対しノイラートが質疑を行い総統閣下がそれに答えるという内容だったが。
その時は総統閣下の持つ独特なカリスマと口調で押し切られたものの、その場を離れ冷静になると『いささか飛躍しすぎだ』と思い直しもした。
(だが、こんな突飛な作戦が図に当たるとなると・・・)
ノイラートですら総統閣下の語る未来にいよいよ現実味を感じてしまう。
「大臣!ノイラート大臣!」
物思いにふけっていたノイラートは現実に引き戻される。
あれからもしばらくキャンキャン言っていたスペインの外交官が担当者では埒が明かないとみて、直接話しかけてきたようだ。
(いずれにせよ、面倒な役目を押し付けられたものだ)
カンカンに怒っている目の前の外交官の姿に、改めてため息をつきたくなる。
が、そこはぐっとこらえて、ノイラートは目の前の今にも火を噴きそうになっている外交官に言葉の冷や水を浴びせてやる。
「そうはおっしゃりますがな、どこかに証拠はありますかな?カルタヘナ・・・でしたかな?共和政府側が支配していると聞き及んでおりますが、フランコ将軍は我らが知らぬ間にそこまで兵をすすめておられたのですかな?」
『もし、そうだったら失敬、失敬』
そんな事をうそぶいてみる。
「大臣!ごまかさないで頂きたい!」
「ごまかすもなにも、自分の懐に入ってもいないものが盗まれた盗まれたと騒ぎ立てられてもライヒとしても困ってしまいますな」
「っ!!!」
いよいよ、スペイン外交官が噴火しそうになる。
(これぐらいの煽りで噴火とは青いな)
「という建て前ではあるが、やり方次第では考えないこともない」
そうノイラートは切り出す。
いくらライヒがSSの今回の作戦を秘匿したところで限界がある。
これだけの作戦と戦果を完全に秘匿するのは不可能だ。
フランコ派にも既に伝わっているのがその証拠だ。
(だが、どれだけの金を奪取したかはわかるまい)
スペインの金は共和政府がフランスやソヴィエトに既に持ち出しを開始していた。
それがどれだけの量持ち出されたかを、フランコ派が知るすべはない。
そして元の量が分からない以上、どれだけ奪取したかなど分かる訳もないのだ。
「やり方ですか?」
憤懣やるかたない様子で外交官が口をひらく。
「そうだ、これまでフランコ将軍にライヒは多くの支援をしているが、支払いは何一つない。」
外交官が口を開きかけるが、ノイラートはそれを制止する。
「いや、勿論後日支払いにしたことは覚えているとも。ライヒも支払う力も無いのに請求される辛さはよくしっている」
『いやぁ、本当にツライツライ』とそこまで言って、一度コーヒーを口に含み、唇を湿らす。
「だが、支払い能力があるなら別だと思うが違うかね?」
そう言って、外交官をみると『やはりそうなるのか』と暗い顔をしているのが見えた。
「なに、フランコ将軍が積極的に動いてくれる限り格安価格で義勇軍の派遣を続けよう」
言外に『これまでみたいなノラリクラリをしたら分かっているな?』と圧を込める。
これまでは、義勇軍を派兵した費用を回収するにはフランコ派に勝ってもらう必要があったが、金のおかげでそうでもなくなったのだ。
勿論、共和派に勝ってなんぞ貰いたくはないが、最悪今なら手を引いても金銭的には損がなかったレベルで抑えることが出来るだろう。
そもそもライヒもイタリアもスペインと国境を接してすらいないのだ。
(フランコ将軍も食えない男だが愚かではない。その辺りの状況の変化は既に分かっているだろう)
ライヒとイタリアの影響力を抑えるべく、ノラリクラリと敵を満足に攻撃しなかったフランコ将軍も諦めて本腰を入れることになるだろう。
(まぁ、この外交官はきつく叱られることになるだろうがな)
満足な成果をあげることも出来ず、本国に戻ることになりそうな目の前の若い外交官にノイラートは憐れみを覚えるのだった。
すいません、スペイン編が長いことは筆者も分かっております。
筆がのって、引き際を見失いました笑
次話でおわりです。
日曜からはちょび髭と皆様に再会していただけますので・・・
もう少しだけお待ちください!




