17 カルタヘナ奇襲 幕間-1
「そ、それは本当なのか・・・?」
そう問い返すスペイン共和政府大統領アサーニャの声は震えていた。
既に夕食も終わり、アサーニャは私邸で寛いでいたところだ。
スぺイン人にとって、夜の時間は極めてプライベートなものである。
その時間に仕事が紛れ込むのは異例な事であり、家令に来客を告げられた時から嫌な予感はしていた。
(だが、これほどの事とは、、、)
アサーニャは思わず目眩で倒れそうになり、咄嗟に椅子の肘置きを握りしめる。
「大統領、残念ながら事実です。取り急ぎ軍部には緘口令を布告しております」
首相と陸軍大臣を兼任するカバリェロがアサーニャに現実をつきつける。
そう言うカバリェロも顔は真っ青だ。
「・・・当たり前だ・・・。このことが知られるわけにはいかない・・・。特にソヴィエトにはだ」
(アリカンテが守れても、カルタヘナがやられては何の意味もないではないか!)
つい先刻、アサーニャはカバリェロから全くちがう報告を受けていた。
『ファシストどもがアリカンテに現れました。ソヴィエトの武器を狙っていたようですが、海に叩き返してやりました!』
そう語るカバリェロの顔は得意満面だった。
悪いこと続きの共和政府にとって久しぶりの朗報といえるので、無理もないことであった。
(もっともソヴィエトからの事前情報があったおかげだったがな)
流石はソヴィエトの情報網というべきか、かの国は独伊の不穏な動きを察知していたようだ。
具体的な目標は不明だが、どうも海からの奇襲作戦を準備しているらしいというところまで掴んでいたのだ。
そして、様々な候補があがったものの大体3つに可能性は絞られた。
・イタリア海軍の人間魚雷によるスペイン残存艦艇への攻撃
・港湾施設への爆破工作
・ソヴィエトの支援物資の奪取もしくは破壊
その中でも一番有力視されたのは『支援物資への攻撃』だった。
スペイン残存艦艇に攻撃を加えても共和政府に対する影響は限定される。
今回の内戦の主戦場はもっぱら陸であり、スペイン海軍を攻撃してもわりに合わない。
(そもそも戦果を敵が誇れるほど大した戦力はない・・・腹立たしいことだが)
港湾施設への攻撃も、内戦で貿易が低調な共和政府にとってさして痛くはない。
となると、最もありえそうなのが支援物資への攻撃だった。
特に、直近での支援物資には戦車が含まれており、これを失うのは共和政府にとってかなりの痛手となる可能性があったからだ。
そうした予想のなか、ソヴィエトの船が行き来をしていた港町アリカンテを攻撃地点と想定。
重点的な防衛体制をここ数週間とっていたのだ。
その甲斐もあり、アリカンテの防衛には首尾よく成功した。
ちんたらと小舟から上陸してくるイタリア兵は格好のカモだったようで、ほぼワンサイドゲームの結果だったらしい。
(だが、敵の本当の狙いは全く別だったわけだ・・・)
項垂れるカバリェロをみて、自嘲気味にアサーニャは思う。
敵はまさかのカルタヘナにきた。
スペインきっての海軍基地を擁するカルタヘナだ。
しかも、人間魚雷で軍艦を数隻攻撃するなんてケチなものではない。
数千人規模の上陸部隊を一気に送り込んできたのだ。
そしてあろうことか、秘密裡にマドリードから運び出してきた金準備を強奪。
いったいどうやったのかは未だに分からないが、その大半を持って行きやがったのだ。
それは全てあわせても100時間に満たない時間のあいだに敵はやり切ったというのだ。
(金の大半となると、数百トンだぞ?!いったいどうやって・・・)
アサーニャは軍事の専門家でもないし、物流の専門家でもない。
だが、敵がやり遂げたことが異常なことであることくらいはアサーニャも肌感として感じる。
(敵の手際に比べてわが軍は・・・)
敵はカルタヘナへの奇襲と時を同じくして空軍の活動を活発化。
街道や、駐屯地などを相次いで爆撃。
どうやら敵は新型戦闘機を投入してきたらしく、ソヴィエト義勇空軍は十分な阻止を行えなかったそうだ。
加えて、敵の潜入部隊が通信線を各所で切断。
通信や機動を阻害されたカルタヘナ駐留部隊は十分に機能することが出来なかった。
(そもそもの兵の質も違うだろうがな)
アサーニャはため息をつきそうになる。
共和派の兵士は味方から見ても余り質が高くない。
もともといた陸軍の大半は反乱軍についており、共和派の兵士は市民から徴用された練度不十分な者が多い。
それに対して、敵は信じられない程短時間で大兵力を上陸させてたと、現地駐留軍からは報告が上がってきている。
敵は数隻の船で上陸作戦を仕掛けてきた。
一度に上陸出来る数には限りがあるので、せいぜい数十人の小隊クラスから良くても中隊クラス2,3百人が初動の人数だと現地軍は錯綜する情報のなかで考えた。
この現地司令官の判断は普通に考えればさほど間違っていないはずだった。
実際、アリカンテに上陸してきたイタリア軍はそんな状況だったのだ。
混乱した状況の中、2日目には現地司令官は迎撃部隊を敵上陸地点に向かわせたのだが、そこで迎撃部隊は想定外の光景を目にしたらしい。
せいぜい中隊クラスだと思っていた敵は、明らかに中隊クラスを超えた戦力を投入している様子だった。
しかも、後から分かったことなのだが敵は戦車まで上陸させていたらしいのだ。
この状況下では現地司令官も十分な戦力を結集させて事に当たる他はないと判断。
3日目は敵勢力の把握に終始し、4日目から総攻撃にかかったのだ。
それでも十分敵の目的を阻めると現地駐留軍は判断していた。
敵の上陸地点からして、敵の目標は金の奪取なのは明らかだったが数百トンもの金を搬出するのはそれ相応の時間がかかると考えたからだ。
だが、4日目の総攻撃はイタリア海軍からの艦砲射撃で頓挫。
本来そんな海岸近くまで敵海軍が近寄れないように、沿岸砲が港にはある程度設置されたいたのだが、敵空軍の活動により破壊されてしまっていたのだ。
陸軍重砲中隊の全力射撃に匹敵する攻撃を、十分な野戦築城もなくもろにくらった反撃部隊は壊滅。
本来とどめの一撃で投入する予定だった、ソヴィエトの軍事顧問団から教練を受けた戦車部隊を4日目の夕方近くに投入したがまさかの惨敗。
5日目にしてようやく敵をスペインからたたき出す事に成功はした。
だが、金を保管していた洞窟を確認しに行った駐留軍司令部が目撃したのは悲惨な光景だった。
ズラッと金が入った木箱が並んでいた洞窟内の部屋はほとんどもぬけの殻となっていたのだ。
現地司令官は文字通り膝から崩れ落ちたらしい。
(・・・我々はもう終わりなのか?)
ふと、そんな弱気なことがアサーニャの脳裏をよぎる。
「緘口令はいいとして、これからいかがいたしましょうか?」
すっかり自信を無くした様子でカバリェロがいう。
(そんなもん私にきくな!)
と、言いたいところだがアサーニャに指示をしてくれる人間は残念ながらいない。
「ソヴィエトには隠し通すしかなかろう。いや、国内を含めた全世界にだ」
「し。しかし・・」
「金は8割弱もっていかれたらしいが、逆に言うと2割のこっている。これをチラ見せしながらだましだましいくしかあるまい」
ほとんど詐欺まがいな事をアサーニャは指示する。
気落ちするのはアサーニャも同じだが、もう引くことは出来ない。
今更、反乱軍と講和など不可能なのだ。
「で、ですが、それが同志スターリンにばれた暁には・・・」
そう言うとカバリェロは辺りを見回し声をひそめる。
「同志スターリンの手は長いというのがもっぱらの噂です」
遠回しにではあるが、暗殺の危険性があることをカバリェロから言われアサーリャは思わず唾を飲み込む。
(だが、後戻りもできまい!)
「同志カバリェロ。だが、ソヴィエトの武器が無ければ我々はスターリンの手を待つ間もなく、ファシストのフランコに吊るされることになるぞ」
そういってアサーニャはカバリェロを睨みつける。
「・・・ですね。分かりました。軍内の粛清も辞さず情報を統制します)
(あぁ、宜しく頼む)
カバリェロは短くうなづくと部屋を出ていった。
後には、一気に老け込んだ哀れな大統領が1人残されたのだった。




