16 朗報と凶報-4
「承知いたしました。では腹立たしいことではありますがフランス政府と妥協点を探る交渉に努めます」
どこかホッとした顔でノイラート大臣が言った。
会議のメンツを見るす軍民問わずホッとした顔が目立つ。
「あぁ、頼んだぞ、大臣。だが、同時に3軍の動員は開始する。それも派手にな」
外交という場において武力というのは経済力や同盟国といった要素と同様、重要なカードとなる。
『戦争も辞さない』という姿勢を示すことはそれだけでも相手へ相当のプレッシャーを与える。
「わかりました。そのあたりの機微をうまく活用させて頂きます」
『ですが、くれぐれもやり過ぎはいけませんぞ』と念を押しながらも大臣は軍の動員に同意した。
強硬姿勢のフランスに対抗し、軍の動員ないし動員の準備をするがあくまで外交的な解決を目指すという方針を俺は皆に伝えたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3日後 総統官邸にて
「・・・本気ですか?」
ブロンベルク陸軍大臣は困惑気味にそう言った。
大臣の他の二人も困惑が先にたつ表情を浮かべていた。
「あぁ、本気だとも大臣。ライヒは9月を目処にフランスに宣戦布告する。そしてフランスの体制が整う前に一気にポーランドを撃破する」
俺は前回の協議の話をひっくり返す話をブロンベルク大臣に伝える。
俺は『軍の動員に関する詳細な打ち合わせ』と称し、陸軍のトップ3人衆を呼び出していた。
「しかし、それではノイラート大臣もシャハト大臣も納得しないのではありませぬか?」
朝令暮改を彷彿とさせる方針転換に大臣は戸惑いを隠せないようだった。
「シャハト大臣には昨日個別で伝えてある。ノイラート大臣にはあえて伝えていない。リアリティをもってフランス政府とは交渉して欲しいからな」
『シャハト大臣にはあくまで可能性』といったテンションでしか伝えていないが、そのことはあえて伏せる。
(まぁ、我ながら凄いこと言ってるがな)
協議とは組織の合意形成を作る場である。
その協議の場での話をひっくり返す。
普通なら有り得ない。
普通ならあり得ないが、それを出来てしまうのが独裁者たる俺だ。
「うーむ、しかしですな総統閣下。まだ我が軍は万全とは言えませぬ。確かに総統閣下直々に開発を指示された各種兵器は出揃いつつありますが、いずれも量産開始か先行量産開始をしたところですぞ。やはり来年夏以降の開戦が望ましいかと思いますが」
「それは私も分かっている。なにも今年中にフランスを攻めろと言っているのではない。まずは後背の脅威を今年中に撃滅。しかるのち、来年の夏にフランスを叩き降伏に追い込む。なに、大丈夫だ。絶対そうなる」
そう俺はまるで昨日の天気の話をするように大臣に告げる。
俺のあまりの自信に溢れる様子に大臣の反応が一拍ほど遅れる。
「フランスを叩く・・・ですか。閣下、ポーランドを今年中に降伏させる事は十分可能てすが、フランスは腐っても陸軍大国ですぞ。フランスを一年で降伏に追い込むまだは陸軍は責任をもてませんぞ」
『マジノ線もありますしな』とこれまで黙っていたフリッチュ陸軍総司令官も口を挟む。
(当然の懸念だな)
押しも押されもせぬ陸軍大国であり、鉄壁のマジノ線を備えるフランスを攻略するのは困難極まる、ましてや一年で攻略などほぼ不可能というのがこの当時の当たり前の認識だ。
「責任・・・ね。いいだろう。もし来年の年末にフランスが健在であれば諸君らは今度こそクーデターでもなんでもして私の首をとりたまえ」
『ここまで言わせたんだ。つべこべ言わず指示に従え』と、陸軍トップ3人に俺は最大限に圧をかけた。
『そんな無茶な』と呟きベック参謀総長は俯く。
クーデター未遂を見逃された経緯もあり、ベック参謀総長は今年に入ってから俺に対してトーンダウンしていた。
「まぁ、それにだ。私もなにもめくらで言っているのではない。万が一の時はライヒの為に人柱になる覚悟はあるが、私とて死にたい訳ではない。大丈夫だ。海の向こうの超大国がこのタイミングで敵にまわらない限り我々は勝利する」
「・・・承知致しました。陸軍は総統閣下の指示を最大限実現させて頂きます」
不承不承といった声色ではあったが、ブロンベルク大臣も同意した。
「頼んだぞ諸君。パッと見では本気に見えるが、よく見るとブラフだと奴らに思わせる絶妙な運用をしてくれ」
「閣下、結構無茶なことを言われているご自覚はありますか?」
「あるとも。だが必要なことだ。宜しくたのむ」
--------------------------------------
ドイツ政府はフランス政府の要求を正式に拒否。
『フランスの恫喝に対抗する為』と称し、軍の動員を開始したのだった。




