32 チェコの戦車-2
「そうですね、Ⅱ号戦車とサイズは同様ですが、主砲口径は大きく正面装甲も強力です。Ⅳ号戦車ほどではありませんが、有力な戦力になると思います」
グデーリアン将軍がそう評価するのは、チェコスロバキアがもともと自軍用に開発したLt38軽戦車だ。
9.5トンほどの軽戦車であり、Ⅱ号戦車とほぼサイズは変わらないが、主砲は37mm砲を装備し20mm機関砲を装備していたⅡ号戦車よりも対戦車能力は優れていた。
「わたしも同意見です。III号戦車の生産が遅れている今、生産の継続を希望します」
「そうか、分かった。差配は任せる。経済省と打ち合わせして進めるように」
マンシュタイン将軍がLt38の特徴や、生産体制について細かく報告をした上で『生産継続希望』の要望を出してきた。
LT38は二人用の小型砲塔を採用していたり、リベット打ちの装甲板を採用していたりと必ずしも満足できる性能ではなかったが、戦車不足の装甲師団の一角を担うには合格点の戦車であった。
俺は史実通りの対応を求める二人の将軍の要望に対し特に何もコメントせず彼らの好きな通りにさせることにした。
だが、この場にいるMr .電撃戦は相変わらず一言多い。
「ただⅣ号とⅢ号の配備を急いでくださいね。Lt38も所詮は軽戦車です」
(分かっとるわ! そんなこと!)
「分かっていると言っている!さっさと経済省に行ってこい!」
あまりにしつこいグデーリアンに素で癇癪をおこした俺は、二人の将軍を部屋から追い出そうとしたが、ふと思い出してマンシュタインに話しかけた。
「マンシュタイン将軍。ベック参謀長の誘いに乗らなかったのは賢明な判断だったな。」
「・・・」
絶句するマンシュタイン。
「いや、いいのだ将軍。誘いに乗らなかった以上君を問い詰めるつもりもないし、結果的に何も実行しなかったベック将軍に何かをするつもりもない。だが、私の目と耳は良く、腕は長いことをよく覚えているように」
「・・・承知致しました」
表情を一気に固くしたマンシュタイン将軍は訝しい顔色を浮かべるグデーリアン将軍の背中を押して部屋から出ていったのだった。
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「マンシュタイン。閣下のあれはどういう意味だ?」
総統官邸から参謀本部に戻る途中、グデーリアンが声を潜めて尋ねてきた。
「・・・お前のところにはこの話はいかなかったのだな。つまり、まぁこういうことだ」
マンシュタインはちょび髭総統がズデーテン併合を画策するにあたり、上司であるベック参謀総長から『集団辞職による積極的な抗議』を持ちかけられていた。
『もし、英仏がズデーテン併合を許さず、ちょび髭総統が開戦を決断したら高級将校が一斉辞職することで戦争の勃発を阻止しよう』という発想だった。
『プロイセン軍人は政府に反逆しない』という元来のポリシーからくるマンシュタインの反対と、これは後から聞いた話だがベック参謀総長自身が総統閣下直々に『開戦はしない』と断言されたことから立ち消えとなった話ではあった。
「・・・一体閣下の情報網はどうなっているんだ」
それを聞いたグデーリアンも思わず絶句する。
「あぁ、参謀本部にも閣下のシンパは多い。迂闊な行動は気を付けないとな」
「そうだな。ま、と言っても別に不満がそんなにあるわけではないがな」
深刻な空気になりかけたが、肩をすくめながらグデーリアンが言う。
「確かにその通りだな」
グデーリアンに合わせ、マンシュタインも努めて明るくそう言う。
『耳と目がよく、手が長い』と自ら言ってる人物の陰口など、言うものじゃない。
(不満がないのも事実だけどな)
総統閣下に不満を抱く者は陸軍の中にはほぼいない。
タイピストとの結婚を遠回しではあるが反対されたブロンベルク元帥などは総統閣下への不満を時折口にしているようだが、親子どころか孫ほど歳が離れた女性との結婚をよく思う人間はそういない。
むしろ『総統閣下もちゃんと常識を弁えておられる』と大多数の将校から好意的に受け止められていた。
先日の『水晶の夜』の後始末も喝采をもって将校たちに受け入れられた。
末端の兵士は別として、将校、特にユンカー階級出身の高級将校にとって『水晶の夜』はただの暴動事件でしかない。
ユダヤ人に対する考え方は個人差があるが、『暴動事件には厳しく対処すべき』という考え方は高級将校の中では共通していた。
その点、『対ユダヤ人であろうがなんだろうが、勝手な暴力は国家への反逆』として厳しく対処したちょび髭総統の姿勢は軍将校のほぼ全員が支持するところだ。
であるからこそマンシュタインの上司ベック参謀総長も辞表の提出を思いとどまったのだ。
『開戦はしない』との言葉をちょび髭総統から直々に聞いていたとはいえ、『最近のちょび髭総統の対外姿勢は強硬的で独断的過ぎる』という考えを持っていたベック参謀総長はズデーテン併合を見届けたら元々は辞表を提出する予定をしていたのだ。
だが、極右的な姿勢を徐々に修正しているちょび髭総統の動きを見て引き続き職務を全うする方向に考えを改めたらしい。
(まぁ、ベック参謀総長も総統閣下から呼び出されて肝を冷やしていたけどな)
『一斉辞職』という手を講じようとしていたことを正面から指摘されたそうだ。
『参謀総長が画策したことは国家への反逆であり次は無い』ということをハッキリと告げられたらしく、総統官邸から戻ってきた参謀総長はまるでお通夜を3つ立て続けに参加したような様子だった。
「だが、マンシュタイン。総統閣下は本当に方針転換されたのだろうか?」
グデーリアンがぽつりと呟く。
「どういうことだ?」
マンシュタインはグデーリアンの意図を図りかね、問い返した。
「ダンツィヒの問題を棚上げにしたりと総統閣下は融和路線に転換したように表向きは見える」
「あぁ、そうだな」
対外強硬路線の修正は、『戦える軍になるまで当分かかる』という陸軍の見解にも合致したもので陸軍総司令部も総統閣下の方針修正を歓迎していた。
「だがな、どうにも俺には閣下は実は全く方針転換をしてないように思えるんだ。」
グデーリアンの語るところによると、奴は総統閣下から経済省と協力して戦車の量産体制拡大の研究を命じられたらしい。
驚くべき点の一つはその数だ。
Ⅳ号戦車とⅢ号戦車を年間2000両づつ。
それに加えトラックを年間2万台、ハーフトラックを年間1万台。
そして目下開発中のⅡ号戦車とLt38の後継車両を年間4000台。
これだけの数の生産ペースを5年は維持できる体制を研究・計画せよということなのだ。
『総統閣下は一体どんな規模の戦争を想定しているのか』と、指示を受けて恐ろしくなったとグデーリアンは声をひそめて言った。
そして総統閣下からの指示の恐ろしい点はまだある。
それは『フランス及び低地地方の生産力を生かせる場合の生産計画の研究』というところだ。
『これは仮定の場合だぞ、あくまで』と笑いながら総統閣下は仰っていたが、その目は真剣だったそうだ。
「一体閣下はどことどんな規模の戦争を想定されているのだ・・・」
マンシュタインは本日2度目の絶句をする。
ライヒの仮想敵はあくまでフランスだ。
そういう意味ではフランスに勝利した後のことなど考える必要がないはずなのだ。
ないはずなのにその検討を閣下は指示されている。
「あぁ、そうなんだエーリッヒ。だから俺はどうしても思えんのだ。総統閣下が戦争を避け通すとはな。」
そう語るグデーリアンの顔には、決意と畏れと興奮が入り混じった表情が浮かべられていたのであった。




