21 併合
「いやぁ、閣下。これはまさに快挙です!ライヒ中、いや全ドイツ民族が沸きかえっていますぞ!」
そう言うゲッベルスの声はひどく興奮している。
「しかし・・・未だに信じられません。イタリアは兎も角として英仏までもがオーストリア併合を許容するとは・・・」
ノイラート大臣が驚きを隠せずに言う。
「だから言ったではないか大臣。総統閣下のご指導は常に正しいと」
『オーストリア市民も大歓迎しているそうですぞ』と謎のドヤ顔でヒムラーがそう言う。
「ヒムラー、それは言い過ぎだ。まぁ、だが大臣。オーストリアの件は私なりの確信があった。これでズデーテン地方の併合が大臣にも現地味を帯びてきたのではないかな?」
俺は今回のアンシュルスを経て、ますますちょび髭信者具合が増したヒムラーをたしなめつつ、ノイラート大臣にそう話しかける。
アンシュルスは史実通り成功した。
残念ながら第2装甲師団のグダグダ具合も史実通りとなってしまったが・・・
ベルリンからウィーンまで S S自動車化師団と共に一気に駆け抜け、オーストリアのラジオ局で勝利宣言を行った。
※しれっと前世で下宿した建物を訪れたり、ホテルザッハーにて本場のザッハトルテを食べたのはまた別の話である。
それからライヒが真っ先に行ったのは、オーストリアの財務・経済状況の確認だった。
(これも想定内になってしまったがな)
事前にシャハトが見積もっていた通り、オーストリアを併合してもライヒ経済を軟着陸させるには足りなかった。
やはり事前に考えていた通り、ズデーテンの併合までは最低限でもやる必要がありそうだ。
それでもこのアンシュルスでライヒが得たものは大きい。
ライヒはオーストリア併合で1割の人口とステアー社を筆頭とした軍需産業とライヒほど減ってはいない外貨準備を手に入れた。
だが、俺個人としてはもっと大きなものをアンシュルスを通して手に入れたのだ。
それは確固たる指導力だ。
昨年のスペインの黄金奪取に加え、今回のアンシュルスで俺の指導力はちょび髭党の枠を超え、ライヒのあらゆる層に拡大した。
特に、軍に対して大きく拡大をすることになった。
スペインの件は一般市民には伏せられているが、究極的な意味であれだけの軍事作戦の秘密を完全に保持するのは困難というか不可能に近い。
作戦の実施から1年が経過し徐々にではあるが軍の将校には広まりつつあった矢先に、今回の電撃的な隣国オーストリアの併合である。
俺への期待と信頼は飛躍的に高まったのだ。
それにより、史実で行ったブロンベルク大臣やフリッチュ総司令官の排除を行わずとも史実に近いレベルで軍への影響力を担保できている。
これは経済省や外務省などに対しても同じことが言え、シャハト大臣やノイラート大臣も時折俺の指導に注文を付けながらも俺の内閣に留まり続けてくれている。
ちょび髭党原理主義者以外からの支持も順調に拡大していると言えるだろう。
(だからこそ手をつけることができることがある)
俺は独裁者ではあるが、神ではない。
俺の権力の源であるちょび髭党が掲げてきた理想とかけ離れた事は出来ない。
だからこそ史実ほど苛烈ではないにせ、未だにユダヤ人差別と排斥はライヒ内で続いている。
本来、俺が目指したい国の姿と大きく異なってしまっているのが、残念ながら今のライヒな訳である。
今のライヒで俺が変えたいことは色々とあるが、今回のアンシュルスがいいきっかけになることが一つある。
「ヒムラー、オーストリア併合後の統治体制だがある程度の自治権は残す。そのつもりでいたまえ」
「閣下?それは一体どういうことでしょうか?」
ヒムラーが戸惑った声を上げる。
賛成・反対以前の問題として、俺の発言が予想外すぎてその意図を理解できないでいるようだ。
「それはだなヒムラー、これまでちょび髭党が推し進めていた同一化政策を部分的に見直すということだ」
「「「え???」」」
三馬鹿トリオから驚きの声が上がる。
その場にいたノイラート大臣からも息を呑む音がするほどだ。
(まぁ、その反応も無理はないよな)
ちょび髭党の政治指針というとユダヤ人排斥が真っ先によく挙げられるが、同一化政策もちょび髭党の一大指針だったりもする。
これはライヒはプロイセンやバイエルンといった幾つものドイツ系の諸国が合邦でできていることに端を発する指針だ。
合邦した結果、それぞれの諸国はライヒ内の各州に再編されたが、元々が別々の国であったため、それぞれの州の独自性は強いままであった。
その中でも元々プロイセンを構成していた州はライヒの源流であるという意識からか特に独自性が強く、中央政府の統制に時には反抗することもあったほどだ。
政治思想も結構州によりばらつきがあり、プロイセンでは比較的共産主義者の力が強かったりもしていた。
そういった各州のよく言えばバラエティ豊かな状態、悪く言えばバラバラな状態を無理矢理でも修正しようとしたのがちょび髭党だ。
『ライヒとは、ドイツ民族とはこうあるべき』という形を厳しく定め、それに向かって全市民を同一化させていこうとしたのだ。
ある意味、この同一化の思想こそが国家社会主義の根本にあるものと言えるだろう。
だが、俺からすると流石にやりすぎに映る。
未来の個人主義が横行しすぎた世の中が正しいとは思わないが、国家社会主義もかなりの無理筋だ。
ライヒが今の領土で収まり続ける未来であるならばなんとかなるかも知れないが、史実通りライヒの占領地域が拡大するのであれば各地域にある程度の独自性を許容する懐の大きさがライヒには必要となると俺は考えている。
取らぬ狸の皮算用のようなものでもあるが、布石は予め打っておく必要があるだろう。
「過度な個人主義や中央政府への反抗を許す訳ではないが、ライヒが拡大をする中で完全な同一化を試みるのは無理があるだろう。であれば枝葉末節に関しては各州の考え方に任せ、本当の芯となる価値観だけを徹底的に同一化させるべきだ」
『中央政府に集約した幾つかの機関は地方に戻すことも検討する』と付け加えながら俺は彼らにそう告げた。
「それは警察権限も各州に戻すということでしょうか?」
ヒムラーが慎重に尋ねてくる。
ゲシュタポを率いる立場にあるヒムラーからすると気になる点なのだろう。
「その通りだヒムラー」
「閣下!それはいくらなんでも」
ヒムラーの血相が変わる。
せっかく各州、特に激しい抵抗を示したプロイセン州の警察権限を掌握した所なのに、それを再び返すというのは納得いかないといった様子だ。
「最後まできけヒムラー。それに関してはこういう構想を持っている。かくかくしかじか」
俺は具体的な制度設計をレクチャーするのだった。
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ライヒのオーストリア進駐は、ライヒのオーストリア併合という形で幕をおろした。
当初はライヒ内においても、オーストリアの自治州という特別な括りでしばらくは留め置くという構想もあったが、オーストリア市民が予想外以上に好意的であったこともあり併合という形となった。
その際、オーストリアの知識層はライヒによる強引な同一化を恐れ、亡命を検討した者も数多くいたというが彼らの予想は意外な形で裏切られることとなる。
ライヒはオーストリアを2つの州に分割し併合したことで、国の形自体は残さなかったものの多くの法律関係(特に民法など)はそのままの形で進むこととなった。
また、警察権もそのまま各州に残される形となり、結果としてユダヤ人の取締りなどはライヒ本国と比較し格段にゆるいままとなったのだ。
この変革はオーストリアだけでなく、ライヒ本国の各州にその年中に適応されることになり、各州の手元に数年ぶりに警察権が戻ることになり、驚きの声と共に各地方からは歓迎されることになった。
ただし、全州横断の捜査権を持つ組織としてゲシュタポが正式に設定され、中央政府が各州に及ぼす警察権は事実上保持された。
経済面に関しても、中央政府に納税される国税制度はライヒ本国と同様のものとなり中央政府の国庫に組み入れられたものの、地方税にあたる分に関してはそのままの形が維持された。
この比較的穏便な形でのオーストリア併合はと同一化政策の緩和はオーストリア市民、そして一部のちょび髭党原理主義者以外のライヒ本国市民からも歓迎され、多くの知識層の亡命を思いとどまらせるのと同時に、その後のライヒの各地域の併合政策や占領政策にも大きな影響を与えることになったのだった。




