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79・笑顔の裏に静かな怒り

 エヴァンの家に向かう途中、シンはやたらと溜息を吐き、タキはそんな兄を心配する素振りも見せず、ただ黙ってその様子を観察していた。そして私の近くにススッと移動して来たかと思うと、小さな声で質問してきた。


「ラナさん、昨夜は兄さんを部屋に残して何をしてたの? この、体力だけは人並み以上にある兄さんが、かなりぐったりした状態で帰ってきたんだけど」

「タキ、やめとけ。その件には口を挟まない方がいい」


 小声で話していたのに、シンはそれを聞き逃さなかった。


「気になるなら、タキも参加する? シンには、これからしばらくは毎日居残りしてもらう事にしたの。どうせだし、二人いっぺんに面倒を見てもいいわよ?」


 私は穏やかに微笑んでタキに答えたのに、何故かタキは身震いして、プルプルと小刻みに顔を横に振った。


「……いや、遠慮しとくよ。何でかな、今一瞬だけ、凄く怖く感じたんだけど」

「タキ、良い判断だ。俺は昨夜、オーナーのもう一つの顔を見た。つーか、あれを小さい頃から叩き込まれてたなんて、信じらんねーわ。貴族なんて子供の頃からお気楽に暮らしてるんだろう、くらいに考えてたけど、考え直す。ちょっと尊敬するわ。うちの親もかなり厳しいと思ってたけど、全然生温かったんだな」


 そう、貴族って意外と大変なのよ。ただ偉そうに踏ん反り返っているだけが貴族ではないの。逆にそんな人達は、きちんとした躾をされていないのだと思うわ。

 それにしても、シンがタキと同程度の礼儀作法を身につけていたのには驚いたわ。なぜ出来るのにやらないのよって、つい取り乱してしまったじゃない。

 きっとご両親が生きていた頃は、シンもこんなではなかったのでしょうね。病のタキを抱えて、親代わりをしつつ働きにも出て、社会の荒波にもまれて、周りの人間に舐められないようにするうちに、今のシンが出来上がったのだと思う。

 途中まではタキと一緒に平民学校にも通っていたようだし、教養が無いという事でもないのよね。

 それでもまだ完璧ではないから、王族を相手に出来るくらいまでみっちり叩き込むけれど、多分シンとタキは、私に何かを隠している。

 昨夜の時点で、ご両親が亡くなるまでは学校に通っていたと話してくれたけれど、核心に触れる事は何も語ってはくれなかった。

 私が素性を明らかにしたタイミングでも打ち明けてくれなかったと言う事は、彼らの隠しているものは、聞いてはいけないものなのだろう。

 私は二人の事ならなんでも受け止める覚悟はあるけれど、今はまだ、彼らに話す気が無いのなら、このままそっとしておくしかないわよね。

 


 シンの案内で、途中色々な抜け道を通って来た私達は、徒歩だったにも関わらず、以前ケビンの馬車で来た時と変わらないタイムで、目的地である貴族街に到着する事が出来た。


「やっぱり抜け道って便利ね。シン、いつ私に抜け道を教えてくれるのかしら? 教えてくれるって、約束したわよね?」

「やっぱ駄目。どこかに行きたかったら、俺に言え。オーナーは間違い無く迷うだろ。今通って来た道、覚えてるか?」


 うーん、まったく覚えられなかったわ。大体、ここまで来るのに同じような通路をいくつ通り抜けてきたと思っているのよ。 


「……えーっと?」


 ちょっと古いかもしれないけれど、私はテヘッ、と笑って誤魔化した。


「フン、可愛く誤魔化したって駄目なんだよ。オーナーは、もしもの時の為に、宿から俺達の家までの最短ルートだけ覚えとけば良いんだ」

「ラナさんて、もしかして方向音痴なの? どの方向に向って歩いているのかさえ分かっていれば、そこまで迷わないと思うけど。それで良く抜け道を覚えたいなんて言い出したね」

「だろ?」


 もう何よ、二人して。私だって馬鹿じゃないんだから、何度も使えば覚えるわよ。

 ……多分。


 そしてゆっくりと歩いて門の近くまで来ると、タイミング良く、馬車の音が聞こえてきた。


「あれ? 馬車の音がしない?」

「彼の馬車かしら?」


 その音はどんどん大きくなって来て、馬車は門の前まで来ると一旦停車し、門が開くのを待って、また走り始めた。

 乗っている御者を見れば、良く知るエヴァン専属の御者だった。


「あ、この馬車だわ。御者さん、待ってください! 止まって!」


 馬車が門を出てから右折して、私達の前を素通りしてそのまま行ってしまうかと思ったその時、窓からエヴァンが顔を出した。


「ラナさん!? おい、馬車を止めろ!」 


 エヴァンは内側から御者に停車の合図を出し、馬車を止めてくれた。そして従者を待たずに自分でドアを開けて外に出ると、少し嬉しそうな顔をして私の前にやってきた。


「ラナさん! どうしたのですか、こんな所まで?」

「おはようございます、フィンドレイ様。馬車をお止めくださり、ありがとうございます。相談したい事があって参りました」

「あ、ああ、おはよう。私に相談、ですか? こんな時間に来ると言う事は、何か重大なトラブルでも?」


 エヴァンは嬉しそうに緩んでいた表情から一変し、状況を判断してか、その表情は、一瞬にして真剣なものに変わった。こんな時間に、何の用も無ければ来る筈も無い人物が三人揃って来ているのだ。おかしいと思うのが普通だろう。

 

「困った事になりました。フレドリック殿下が、宿まで私に会いにきたのです」

「何? 殿下が? それは……すまない。どこで情報を得たのだ。まったくあの方は……我々が教えないから、別の人間を使ったか。で、何か無体な事をされたりは?」


 私はその質問に対して、首を横に振って答えると、エヴァンは分かりやすく安堵の息を吐いた。


「ハァー、そうか、それは良かった」


 安堵の溜息を漏らすエヴァンに対して、シンは私の隣にピタリとついて発言した。


「良くありません。王子はその時、運悪く居合わせたうちの宿泊客に興味を持ち、一緒に食事をしないか、と声をかけていました。その方は断っていましたが、会いに来たはずのオーナーが留守だった為に、王子はまた来ると仰っていました。ですからあなたに、止めていただきたいのです」


 シンは昨夜の成果を発揮し、感情を抑えて、エヴァンに対して礼儀正しく話す事に成功した。今度は、睨み付けるような事もしていない。


「殿下がそんな事を……参ったな。それは本当に迷惑をかけてしまった。と言う事は、殿下はまだラナさんに会っていないのだな。よしわかった、必ず殿下を説得しよう。私はもう学校へ行かなければならないのだ。送って行けなくてすまないな」


 馬車から降りてきた従者に軽く咳払いされ、私達の相手をできる時間はもう無いのだと感じ取り、そこで会話は終了した。


「いいえ、お忙しい朝にお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。今頼れるのは、私達にはフィンドレイ様しかおらず、つい甘えてしまいました。では、どうぞよろしくお願いいたします。あ、これ、相談に乗っていただいたお礼です」


 私はまだ少し温かいおにぎりの包みをエヴァンに渡し、ニッコリと笑ってみせた。

 本当は私、昨日から結構怒ってます。

 お陰でリアム様にはあらぬ疑いをかけられたし、今後あのコスプレ姿では外に出られなくなってしまうところだった。

 殿下ご本人にも腹が立つけれど、側近であるあなた方にも怒りを覚えているのよ。殿下を管理するのは側近であるあなた方の仕事でしょう。あの方を野放しにするのは止めてと声を大にして言いたいわ。

 万が一目を付けられたりでもしたら、サンドラの為に平民になっても構わないとまで言い切る思い込みの強さだもの、絶対に面倒な事になってしまうに決まっている。

 お願いだから、もうこれ以上私を煩わせるのは止めてちょうだい。


 でも私は、そんな感情を持っているなんて微塵も感じさせない笑顔を向けて、気分良く彼を学園に送り出した。ここはあえて親しみを込めて、家名ではなく名を呼ばせてもらうわね。


「いってらっしゃいませ、()()()()様。食堂にいらっしゃるのをお待ちしております」


 エヴァンはピクリと反応し、嬉しそうに微笑み返してきた。


「ああ、行ってくる。殿下の事は必ず引き止めるから、心配無用だ。ではまた、食堂で」


 私達は三人同時に頭を下げて、彼の馬車を見送った。


「さあ、帰りましょう。彼はやってくれるわ。私はもう一度、巫女様に会って神殿内にサンドラの被害者が居るかどうか確認してくるわね」

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