72・病の巫女、イリナとの対面
まったく動揺を見せない私の態度に安堵してか、三人はそれ以上この件に口出しするのをやめてくれた。皆の事は信用しているけれど、フレッド様の事に関しては、何も話せないのだ。
私はチヨが用意してくれていた、まだ湯気の立つカップを持って彼らの側のテーブル席に座り、お茶を一口飲んだ。
何度教えてもチヨの淹れるお茶は濃くて苦い。
私は一息ついてから、タキ達に用件を尋ねた。
「それで? 何があったの?」
私の質問に、タキは真剣な表情で説明を始めた。
「ラナさんは、この近所に小さな教会があるのを知ってるよね?」
「ええ、さっきここに戻る途中、側を通ってきたわ」
「実は僕らが帰る時に、教会の前に人だかりができていたから、どうしたのか聞いてみたんだけど、どうやら、病気の巫女様が療養のために神殿からあの教会に移されてきたらしくてね。で、その巫女様が教会に入っていくところを見ていた人の話では、まともに一人で歩く事もできず、ガリガリに痩せて枯れ木のようだったって。それって、僕が弱っていた時と似ている気がするんだけど、どう思う?」
病気療養の為って、本気で療養させるつもりがあるなら、神殿の方が向いていそうなものだけど。
そんな理由では、巫女様は病気のせいで神殿では役に立たなくなったから、お払い箱にしたと言っているようなものだわ。フレッド様の話では、聖女と巫女様の間にトラブルがあったというし、サンドラの餌食になったという事で間違いが無さそうね。
「多分、タキと同じだと思うわ。聖女と巫女様との間で、何かあったのでしょうね。出来れば、その巫女様をここへ連れて来たいのだけど、きっと教会から連れ出すのは無理でしょう。だから、私が教会まで会いに行こうと思うの」
「おい、そんな事したら、オーナーに特別な力があるって他のヤツラにばれるんじゃねーのか?」
「そうね。そうならないように、しっかり変装するつもりよ。私に良い考えがあるの」
こんな時こそコスプレ衣装が役に立つってものよ。
ウィッグだってあるし、この世界ではまだ誰にも見せていない、とっておきの整形メイクを施せば、まず私だと気付かれる事はないでしょう。
真っ白なショートボブのウィッグに、インパクトの強いゴシックメイク。前世の私ほどではないにしても、受ける印象は随分変わると思うわ。
本当は、カラコンがあればもっと完璧に別人になれるんだけど……。どうにかして瞳の色を変える手段は無いものかしら。
「ちょっと待ってラナさん、まさか、一人で行くつもり?」
「一人ではないわ。もしものためにヴァイスを連れて行くつもりよ。私は一人旅をしているヒーラーとして、教会に立ち寄るの。まあ、まずは私の変身した姿を見てから判断してくれる?」
私はそう言って冷めたお茶を飲み干すと、皆に笑顔を向け、四十分待ってと言って自室に篭った。
私のプレイしていたゲームのヒーラーには、以前シンの家に行った時に着たノーマルタイプのスカートだけではなく、ゲームを進めるうちに入手できる装備で、素早さがアップするパンツスタイルがある。
私はどちらも作っていたので、雰囲気をガラリと変える為に、今回はパンツスタイルを選択した。それにショートボブのウィッグを被るので、とても中性的な雰囲気になる。
本当ならアルビノメイクと呼ばれる白いメイクにするところなのだけれど、困った事に、それだとスッピンの自分と大して変わらないという問題が発生してしまうのだ。
その状態でエレインを知る人に会ってしまえば、もしかしたらピンと来てしまうかもしれない。
メイクと着替えを済ませた私は、ヴァイスに協力してもらうために、一応事情を説明した。
(分かりました。お供いたします。あなたに何かあれば、問答無用でその場から連れ去りますが、よろしいですね?)
「問答無用でっていうのがちょっと怖いけれど、そうね、お願いするわ。でも行くのは教会なのだし、大丈夫だとは思うのだけど」
私はヴァイスを引き連れて、渾身のコスプレ姿を披露するため、食堂で待つ皆の元へ向かった。
せっかく作った衣装たちも、今までは中途半端にラナの普段着として着るだけだったけれど、こうしてウィッグとメイクで完璧にキャラクターを作ったのは、異世界に来てからこれが初めての事だった。
不謹慎なのは重々承知しているのです。
人助けをしに行く為とは分かっているけれど、正直言って、期待以上の出来栄えに、かなりテンションが上がってます。
ずっとこれをしたかったのに、そんな機会は一度も訪れなかったのだもの。
ドアを開けて、皆の前で軽くポーズを付けて立つと、チヨはちょっと頬を染めて照れたような反応を見せ、シンはポカンと口を開けたまま、上から下まで何度も見た後、何かブツブツ呟いていた。
タキも驚いてはいたけれど、やっぱり彼は表面をどんなに取り繕っても中身を見てしまうようで、シンほどの反応はしてくれなかった。
「凄いです! 本当にラナさんですか? 一瞬男の子かと思ってしまいました。カッコいいです!」
チヨは興奮気味に私の周りをくるくる回り、変身した姿を褒めてくれた。
「オーナー、だよな? ハハ、凄げーな、もうまったくの別人じゃねーか。そんなの誰も気付かねーよ」
「何だろう? いつもより輝きが増しているんだけど。心が解放されたのかな? うん、それなら心配なさそうだね。今から巫女様に会いに行くの?」
「早い方が良いでしょ? 巫女様が今、どんな状態なのか確認だけでもしたいもの。もしかしたら、ずっと聖女の近くに居たせいで、タキよりも早く進行しているかもしれないし。じゃ、ちょっと行ってくるわね」
私は旅人のマントのフードを深く被り、裏ではなく正面から外に出て、巫女様のいる教会へ小走りで向かった。
教会の前にはまだ少し人が集まっていて、滅多に見る事のできない巫女の姿をひと目見ようと、中には入らず窓から内部を覗き込んでいた。
「すみません、通してください」
少し低めのハスキーな声を出して、そこに居た人達を掻き分けてドアを開けた私は、そのまま教会の中に入っていった。
すると中は誰も居ないのかと思うほどシンと静まり返っていて、何だか少し嫌な予感がした。
「すみませーん、誰か居ませんか?」
私の声が届き、祭壇横の扉から、神父様が姿を見せた。
「はい、どうしました、旅のお方」
「あの、こちらに病に苦しむ巫女様が居ると聞いて来たのですが、会わせていただけませんか? 私はヒーラーです。もしかしたら、私に治せるかもしれません」
そう言って私はフードを脱いで顔を晒し、怪しいものではない事を示した。
「あなたは、治癒魔法を使えるという事ですか? しかし残念ながら、治癒魔法では効果はありませんでした」
「私が使えるのは、治癒魔法ではありませんが、とにかく巫女様が心配なので、お顔だけでも拝見させていただくことは出来ませんか? お願いします」
「……では、少しだけ。かなり弱っておられるので、そっと見守るだけにして下さい」
神父様は、先ほど出て来た扉の奥へ私を通してくれた。そこはラグの敷かれた普通の部屋で、奥のベッドに女性と思われる人の姿を確認した。
「巫女様に触れても宜しいでしょうか、たとえ無駄であろうとも、癒しをかけたいのです」
「ではお側へ行って、手を握って差し上げてください。きっとあなたの温もりが伝わるでしょう。病の進行が早く、もう話をする事も出来なくなってしまいました。これは一体何の病なのでしょう」
間近に見る巫女様は、やはりタキと同じ症状だった。骨と皮だけの枯れ木のような姿で、もう目を開ける力すら無さそうだ。
これは早急に手を打たなければ、この人はもうすぐサンドラに吸収されて命を落としてしまうだろう。
私には、まだ女神の光を十分に出す事は出来ないけれど、彼女の手を握り、一心に祈った。




