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61・色々教えて、レヴィエント様

 私が仕事を終えて部屋に戻ると、扉を開けた瞬間、思わず部屋を間違えてしまったかと思うほど、室内はセンス良く模様替えされていた。

 昨日買い集めた観葉植物や鉢植えの花などは、暇を見て置き場所を決めようと思い、シンが用意してくれた棚にまとめて寄せて置いたのだけど、いつのまにか、それらは全て部屋のあちこちに配置されていた。天井からは、元々あったフックにそれぞれプランターが吊り下げられていて、そこからワイヤープランツやアイビーが垂れ下がっている。今まで用途がわからなかった壁のフックにも、麻紐を付けたプランターが吊り下げられていた。

 大きめの観葉植物も部屋のデッドスペースをその緑が鮮やかに彩り、満遍なく部屋全体に植物が配置され、味気なかった私の部屋は、お洒落なカフェか、雑貨屋さんの様になっていた。


「これ、レヴィエントがやったの?」


 レヴィは豚の姿ではなく、神々しい元の姿で私のベッドに横たわっていた。その周りには、虎と熊と鹿の妖精たちが侍り、ベッドの前の子ライオンは、私が来るのを待っていたかのように、尻尾をパタンパタンと床に打ち付けてドアの方を向いてお座りしていた。

 私の声を聞き、気だるげに上半身を起こしたレヴィエントは、片肘をついてかなりくつろいだポーズで私を見た。


「ああ、やっと来たか。待ちくたびれたぞ。どうだ? 我が友が居た頃を再現したのだが、居心地が良いだろう。まったくそなたの部屋は酷いものだった。これで我等もくつろぐ事が出来る」


 これにはもう、恐れ入りましたと言うしかない。何代にも渡って使い込まれた古い木製のテーブルセットや棚などが、アンティークの家具と呼びたくなるほどお洒落なものに見えるから不思議だ。

 天井にあったフックの使い道を、洗濯物を干すロープを渡すための物だと思っていた事は内緒にしておこう。


「とっても素敵な部屋になったわ。ありがとう」

「うむ。で、わたしに聞きたいというのは、そなたの歌の事か?」

「ええ。私の歌には、植物の成長を促す効果があるの?」


 レヴィエントはくつろいだ姿勢のまま手招きして、まずは寝室の入り口に立っていた私をベッド脇の丸椅子に座らせた。

 それから、赤い瞳で私をジッと見つめながら、女神の力について話し始めた。


「ライナテミスは水と豊穣の女神である事は知っているな。そなたはその女神の力を、微力ながらその魂と共にその身に宿しているのだ。植物への影響はそのためだ。今までも同じような事はあっただろう? 何を今さら……?」

「今までも……?」


 ああ、もしかして私が子供の頃に歌う事を禁じられた理由は、そこにもあったという事? ところ構わず大きな声で歌っていた私の周囲では、今日ほどではないにしても、植物が不自然に成長していたのかもしれないわ。

 きっと家族でその事に気付いていたのは、おじい様だけだった。

 私には魔力は無いと証明されていたけれど、植物を育てる不思議な力を持っていると知られたら、普通の生活を送る事はできなかったでしょう。

 知られていれば私は今頃、神殿の巫女として俗世を離れ、時に飢餓に苦しむ土地へ赴き、歌を歌って枯れた畑の作物を育て、干上がった川の水を復活させる事を強要されていた事だろう。

 決してその行動自体は悪い事ではないけれど、その力を持つ私を利用しようとする人達によって自由は奪われ、今の幸せを知らずに過ごしていたかもしれないと思ったら、急に怖くなってしまった。


「おじい様に、感謝しなくては……。厳しい躾の本当の意味を、今やっと理解したわ。私が歌う事を制限して、出来る限り普通の生活を送らせてくれていたのね。嫌々受けた殿下との婚約も、考えようによっては身を守る手段として有効だった。王族の仲間入りを果たせば、万が一私の持つ能力を知られても、それを無闇に利用される事は無くなる。災害が起きたときには、王太子妃として自分の意思で行動し、多くの民を救う事も出来たのだわ」


 レヴィエントは私の呟きを聞き、首をかしげた。


「そなた、その力を民のために使う事を当然と思っているのか?」

「ええ、勿論。ライナテミスの力を持っているというなら、水を操る事も出来るし、病気や怪我に苦しむ人に女神の癒しを与えることも出来るもの。……あ、そういうことなのね。おにぎりに限らず、水を使う料理には女神の癒しの力が働いて、無意識に回復効果が付与されていたのだわ」


 自分の身に何が起きていたのか、これでやっと理解できた。タキの言っていた事はほとんど正解だったのだ。何も意識しなくても人を癒す力が溢れてしまうのは仕方がないけれど、歌を歌う事は我慢した方が良さそうね。

 どうしても歌いたくなった時は、私には取って置きの手段がある。この生活を手放したくないのなら、宿屋のラナだとバレなければ良いのだもの。


「なるほど。今、この国には聖女と呼ばれる者がいると聞いたが、その者よりも、そなたの方がよほど聖女の名に相応しいな」

「ふふ、妖精さんでも冗談を言うのね」


 妖精さんまでサンドラの事を知っているとは思わなかったわ。


「冗談ではないぞ。ここに来た妖精の中には、その聖女が生まれた時の魂の輝きに引き寄せられ、幼少期まで側で見守っていた者がいるのだ。が、残念な事に、元は徳を積んだ素晴らしい魂の持ち主だったというのに、聖女は物心付く頃には強い嫉妬心や欲望に支配され、その魂は穢れてしまったそうだ。さらにそれを餌に生きる禍々しい怪物までもが体内に入り込んでしまったと聞いている」

「何それ? 気持ち悪いわ。でも、ちょっと待って、その話だと、彼女は本物の聖女だったという事なの?」


 私はサンドラが奇跡を起こしたと聞いた時も、まだ彼女を聖女だとは思っていなかった。最高神官様が予言した手前、期限内に聖女という存在が必要だったから、彼女をそのまま受け入れたのだと思ったのだけど、私に対する仕打ちを考えると、どうしても彼女が聖なる存在だとは感じられない。


「真っ直ぐに育てば、聖女としての力が目覚め、正しき道を進めただろうに、その娘は子供のうちにその資格を失い、何の力も持たない、ただの俗物に成り下がっているという。それどころか、その後無自覚に体内に飼っている者の力を使い、他人から欲しいものを盗んでいる可能性もある」

「欲しい物を盗むって、何を……?」

「聖女が体内に飼っているのは、恐らく妖精界から追放された元妖精だろう。追放された今はもう、姿も保てず消えてしまっているはずなのだが、自分と波長の合う人間の、強い嫉妬心や欲望を糧に生きながらえていたのだな。その者は、他人から盗めるものなら何でも盗んでいた。能力や生命力、そして容姿までも」


 盗むって、物ではなく、この世界では形の無いそんなものを盗る事が可能なの?

 前世で読んだ何かには、妖精は邪悪な存在と書かれていたっけ。

 初めて見たのがレヴィだから、妖精は皆善良な存在だと勝手に思い込んでいたけれど、実はそうではないのね。皆それぞれに違った個性を持ち、良い子も悪い子も居て当たり前だわ。

 まだ彼らをよく知らないけれど、ただ可愛いだけの、動物の姿をした妖精という訳ではなさそうだわ。


「その元妖精とは、今はもう名も無い我が兄弟。愚かな彼は、悪戯の限度を越えてしまった」

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