58・ズルイ質問
今度は召喚士? 私は魔道士でも、格闘家でも、召喚士でもない。ただの宿屋の女将です。
「えーっと……? 先ほど確認したように、私には魔力はありませんから、召喚士にはなれないのです……が……?」
私がそう言ったところで、エヴァンの背後を白い豚がふよふよと飛んで通り過ぎていくのが見えた。そしてその後ろに、レヴィと同じく妖精の羽を持つ、小さな丸っこいフォルムの白い虎、白い熊、白い鹿が続き、ちょっと遅れて、明らかに一体だけサイズ感のおかしい銀色の鬣を持つ白いライオンが、自分の存在をアピールするかのようにチラッと私を見て通り過ぎる。
私は見てはいけないものを見た気がして、咄嗟に目の焦点をエヴァンに合わせた。
「どうした? 私の後ろに何か?」
エヴァンは後ろを振り返り、周囲を確認したけれど、どうやら彼に妖精の姿は見えないらしい。私はホッとして、この場をなんとか誤魔化した。
「何でもありません。虫が飛んでいただけでした。それよりも、召喚だなんて、大昔の大魔道師が得意としたと本で読んだ事ならありますが、今の時代にそれが出来る人がいるとは聞いた事がありません。その大魔道師ですらも、ある日呼び出した魔獣を御する事が出来なくなり、危うく死にかけたと書いてありました。それに精霊や聖獣は、神話の中に出てくる幻の存在ではありませんか」
私はその本の内容を事実と思わず、ただの物語として読んでいたけれど、男性達の中には史実として受け止めて、本に残された大魔道師の活躍ぶりに憧れを抱いている人も多い。
魔力を持つ男性なら、一度は本に書かれた魔法陣を地面に書き写して、召喚術を試したのではないかしら。
「ああ、そうなのだが……犯人の男達全員が、気になる事を言ってきたものでな。やつらが言うには、隠れ家に向かう途中、薬で気を失わせたはずのあなたが突然目を覚まし、信じられない強さとスピードで自分達を倒してしまったと言うのだ。そしてそれぞれが気を失う寸前、ラナさんの背後に、大きくて銀色に輝く恐ろしい獣が重なって見えたのだそうだ。口裏を合わせた訳でも無く、同時にその事を口にしたので、あなたが召喚した聖獣ではないかと、殿下が……」
銀色に輝く獣と聞いて、私は今さっき見たものを思い出した。
今そちらを見る事は出来ないけれど、未だに視界の端に見えている、銀色に輝く鬣を持つ白いライオン。背中の羽はレヴィ達とは違い、鳥のような翼だった。
そして体は妖精達のような丸っこいフォルムではなく、大きさ的にも生後一ヶ月ほどのずんぐりとした子ライオンといった感じにも見えたが、立派な鬣を持っていたので、あれで大人という事なのだろう。
あのライオンはどこから来たのだろうか。私が昨日購入した花や木と一緒に付いて来た妖精なのか、それとも何か別の存在なのか、夜になったら人型に戻ったレヴィに聞いてみなくてはならない。
「え、殿下が……?」
「フレドリック殿下は、犯人達の話を聞くうちに、あなたに興味を持ってしまったようだ。しかし、あの方は気軽に下町へ来る事は無いので、心配しなくていい。本当は、あなたを王宮に呼び出すよう言われていたのだが、ラナさんは犯罪者という訳ではないのだから無理強いは出来ないと、それだけはお断りしておいた」
ナイス、エヴァン。それは助かったわ。以前のあなたなら、躊躇いもせず私を王宮へ連れて行ったでしょうね。
「そういえば、街道沿いの雑貨屋の店主だが、借金を返せない者達に犯罪行為をさせていた事がわかった。あの町に立ち寄った旅の女性がターゲットにされていて、何人かはすでに売られてしまっているようだ。あなたの事も、拉致した翌日には売るつもりだったと白状した。それにしても、一体誰があなたを救ったのだろうか。あの後周辺を見て回ったが、誰も居なかった。偶然通りかかる場所ではないというのに、不思議だな」
私はなんとなく、あの時に何が起こっていたのか予想がついた。
犯人の男性達が言っていたのは、きっと事実なのだろう。あのライオンが私を助けてくれたので間違い無さそうだ。
恐らく、あの時気を失った私の体に憑依でもして、格闘を繰り広げたのだろう。
そして犯人達は意識を失う寸前に、朦朧としながら私の体から抜け出るライオンの姿を一瞬だけ目撃してしまったのではないだろうか。植物の蔓で縛り上げられていたのは、妖精さん達がどこかで調達してきたものだったのかもしれない。
レヴィがこのタイミングで引き連れて来たのだから、あの虎と熊と鹿が蔓の調達係だったのでしょう。
「では、ラナさんに関しては、全て犯人達の嘘であるとわかったので、私はこれで失礼する。あの者達は、今までの余罪と、あなたも知る公爵令嬢を貶める片棒を担いだという罪で、厳罰に処される事になるだろう。それから、あの場で犯人の男の話を聞いてしまったと思うが、聖女に関する内容は、全て忘れてほしい。あれは知らない方が身のためだ。決して口外してはならない」
「ええ、承知しております」
エヴァンはずっと探してきた襲撃事件の犯人を捕まえる事が出来たというのに、どこか不満そうだ。証人が揃っていても、肝心のサンドラを断罪する事は出来ないのだから、それも仕方が無いのかもしれないけれど。
「ラナさん、またここへ食事しに来る事を許してはくれないだろうか。心が沈んでしまった時、あなたの作ったものを食べると元気になるのだ。前のように毎日は来ない。週に一度だけでも、月に一度でもいい……駄目か?」
シンとタキの様子を見てみれば、今はそれほど嫌な顔はしていなかった。別に私から言ったわけではないのだから、そんな事聞く必要なんて無いのに。
「もうここには来ないと仰ったのは、フィンドレイ様の方ではありませんか。ご自身で何も問題が無いと思うのでしたらどうぞ、お好きになさってください」
「わかった、ではまた」
エヴァンの表情はパッと明るくなり、会釈してそのまま宿を出て行った。
「怒った?」
シンとタキの方を見て、今のをどう思ったのか反応をみると、二人は少し呆れ顔をしていたけど、怒ってはいなかった。
「別に、オーナーが平気なら、まあ、いいんじゃないか?」
「そうだね、嫌な思いをしたのはラナさんなんだし、もう大丈夫っていうなら、僕は何も言わないよ。逆に、ああ言われてしまったら君は断れないよね。ちょっとズルイ質問だとは思ったけど」
「ああは言っていたけど、多分彼は滅多に来ないでしょう。ただのお客様の一人として、来店したら料理を出す。それだけよ」
失敗を悔いて、彼なりに行動しているとわかった事だし、もう同じ過ちは犯さないでほしいわ。あなたを信じる事はまだ出来そうにないけれど、信用を勝ち取りたければ、これからも頑張る事ね。
「ねえ、シン、タキ、ところで、さっきの見た? レヴィが連れていた妖精さん達」
「ああ、昨日連れて来た中にいたやつだろ」
「たくさん連れて来たって言ってたけど、僕にはさっき通ったあの四体しか見えないよ」
「四体じゃなくて、五体でしょ?」
シンとタキにはあのライオンは見えていなかったのかしら?




