56・あなたの事が、知りたい
西門前から辻馬車を拾うと、行きの時と同じく、路面状態の悪い区間では、シンがシートベルトの役割をしてくれて、私達は無事、中央広場に到着した。
私は今日一日で、彼がどれほど過保護であるのかが、よーくわかった。タキに心配が無くなった分、私の事を気に掛けてくれるようになったのではないかしら?
シンのエスコートで馬車を降りようとしたところで、私は今日の大事な目的の一つをすっかり忘れている事に気が付いた。
「あ! もう、あんな事になったせいで、大事な事を忘れてるじゃない」
「なんだ? 何か買い忘れか?」
「ううん、違うの。いえ、違わないかもしれないけれど……」
御者に料金を支払い、宿に向かって歩き出したところで、私は直接シンに質問する事にした。
今日二人で出かけた時に、日頃の感謝の気持ちを込めて、何か彼にプレゼントしたかったのに、彼が何を喜ぶのか、料理を振る舞う以外で何かできる事はないか、いくら考えても思いつかなかったのだ。
シンの味の好みは熟知しているけれど、どんな色が好きかとか、何か趣味があるのかさえ、知らなかった。
「ねえ、シンの好きな色は何色?」
「何だよ? 藪から棒に」
シンはキョトンとして私を見た。
まあ、そうなるわよね。質問の意図がわからないのだから。
それでもシンは、私の目を見て笑いながら答えてくれた。
「あー、そうだな、藍色とか、ブルー系が好みだな」
「ふむふむ、好きな色はブルー系か、じゃあ、何か趣味はある? 料理以外で好きな事って何?」
「フッ、マジ何だよ急に? そんなに俺の事が知りたいのか?」
立て続けに質問する私に対し、シンは少し冗談めかして質問を返してきた。
私は彼の意図に気付かずに、今思っている通りの事を素直に答えた。
「ええ、あなたの事を、もっとよく知りたいわ」
私の答えを聞くなり、シンは耳から頬まで赤く染まり、彼はその言葉の真意を探るように、ジッと私の目を見つめてきた。
私はシンと見つめ合いながら、自分が何かおかしな事を言ってしまったのかと、自分の言った言葉の意味を考えてみた。
「あ! 違う! 今のはそういう意味じゃないわよ? あなたに何かプレゼントしたくて、純粋に好みを知りたかっただけ。変な言い方をしてごめんなさい」
私も自分の言った言葉の意味を理解して、恥ずかしさで赤くなった顔を手で覆い隠した。
ああ、もう、恋愛経験の無さがこんな所で……。「あなたの事をもっと知りたい」なんて、「あなたの事が好き」と言ったのと同じ事だわ。シンは私が自分に好意を持っていると仄めかしたのだと思って、すごく戸惑っているじゃないの。
「ああ……だよな。ビックリさせんなよ紛らわしい。何で急にプレゼントしたいなんて考えたんだ?」
「私、シンにはいつも助けられてばかりでしょう? だから、何かお返しがしたかったの。本当は今日、市場で一緒に選ぶつもりだったのに、あんな事に巻き込まれたせいで、結局何も買えなかったわ」
ちょっとしょぼくれた顔をした私を見て、シンは慰めるように言葉をかけてくれた。
「欲しい物は無い。俺はやりたいようにやってるだけで、見返りなんか求めてないんだよ。それに、お前はしてもらうばかりだと思っているようだが、そうでもないだろ。お前が気付いてないだけで、俺だってお前からたくさんもらってる。そんなのお互い様だって」
シンは私の頭をポンポン、と軽く撫でて、照れくさそうに笑った。
宿に到着してみれば、ケビンのところで購入した花が所狭しと裏庭に並べられていて、その周りを小さな光が飛び回っていた。
「これは、お前一人じゃ大変だな。部屋に入れるなら、手伝ってやるよ。ついでに倉庫から使えそうな棚も探してくる」
「あ、ありがとう、シン。その前に、お茶にしましょう。疲れたでしょ? 勿論夕飯も食べていってね」
私達はお茶を飲んで休憩し、鉢植えをすべて部屋に運び入れると、私の部屋にはたくさんの妖精さんが飛び回った。
今日の出来事を話すために、夕飯にはタキも呼んで、チヨと四人で食事をする事にした。
明日、エヴァンが学校帰りにここへ来る事になっている。シンは勿論知っているけれど、チヨとタキにも事情を説明しておかなくては、エヴァンが突然食堂に現れたら、二人は追い返してしまいそうだ。




