55・もしかして方向音痴?
7/22後半部分に加筆しました。
「うう……」
地面に転がる犯人のうちの一人が、私達の話し声にピクリと反応し、うめき声をあげながら目を覚ました。そしてすぐに自分の現状を把握しようと、慌てて周囲に視線を走らせると、私と目が合ったところでピタッとその動きを止めた。
「あ……ひゃぁぁ……勘弁してくれ、もう悪い事はしません、あなた様に誓って、絶対に! だから命だけは! 命だけはお助け下さい!!」
「え……?」「はあ?」
ちょっと待って、その反応では、まるで私があなた達を半殺しの目にあわせたみたいに聞こえるじゃない。
シンも男のこの過剰な反応に戸惑い、怪訝な表情を浮かべている。
何を思ったのか犯人の男は、顔面蒼白で私を見上げ、突然命乞いを始めたのだ。私にはさっぱり意味がわからない。
エヴァンはその男の前にしゃがみ込み、髪を乱暴に鷲づかみにして、強引に自分の方を向かせた。
「夢でも見ていたのか? 命乞いをする相手を間違えている。俺の顔を忘れたか?」
うつ伏せで寝転がった状態から無理に顔を上げさせられた男は、苦しそうに顔を歪め、エヴァンの顔を睨み付けるようにジッと見た。
「お前達が、半年前にこの俺とサンドラを襲った犯人である事はわかっている。この、どこにでもいそうな、これといって特徴も無く、一見善良そうな容姿のお陰で、探し出すのにずいぶん苦労させられた。王都内から消えたかと思えば、自分達でまたここに戻ってくるとはな。あの後すぐ都を出て、つい最近まで、遠く離れた別の町に隠れ住んでいたのだろう?」
エヴァンの話を聞いて何かを思い出したのか、男は目をカッと見開いた。
「あ、あんた……! あん時のべらぼうに強い騎士か。クソ、あれで俺達は大怪我したってのに、報酬は約束の半分も貰えなかった。あの女、俺達を逃がす時に残りの金を渡しもせず、次の日も、約束した金の受け渡し場所には現れなかった。お陰で借金は返しきれずに、前より酷い生活をさせられてる! あんたと一緒に居た、あの美人のネエちゃん、あの女に会わせてくれ。あんたなら居所を知ってるだろ。あの女を探し出して、残りの金を払わせるために俺達は戻って来たんだ!」
エヴァン達が探していたのは、偶然にもこの男達だったのね。この人達が、サンドラを襲撃した犯人なの? こんな普通の人達では、エヴァン相手に何人束になってかかったとしても、返り討ちにされるに決まっているじゃない。
でも、この男の話だと、エヴァンと一緒に居た女性が依頼主という事になるけれど。それって、つまり襲撃事件はサンドラの自作自演だったという事よね? 自分で雇った男達に自分を襲わせて、それを私が指示したかのように偽装して、フレドリック殿下を煽ったのね。
捕らえられてしまえば、こうして簡単に口を割るような人達に依頼するだなんて、サンドラも詰めが甘いわ。
「そうか、お前達はあの後すぐに都を離れたのなら、あれが誰なのか、知るわけもないな。一応聞くが、お前達の持っていた指示書には、ある女性の名前が書かれていたが、あれが雇い主だったのか?」
エヴァンの質問に対して、男は当時の事を素直に話した。
「指示書……? ああ、あの封筒か。中の紙に何が書いてあったかなんて、見てもいないよ。俺達は渡された封筒を懐に忍ばせて、あの女を襲うよう言われただけだ。そういうのが好きな変わった癖のある女なのかと思った。報酬も良かったし、ちょっと期待して軽く引き受けたが、俺達はあの女に騙された。男が一緒にいるなんて聞いて無かったんだ。何がしたかったのか知らないが、俺達の依頼主なら、あんたが庇ったあのネエちゃんだよ」
エヴァンもすでにそれには気付いていたのだろう、男の話に驚く事もせず、ただ黙って頷いていた。
「お前達の探している女は、今は神殿に居る。聖女の話くらい、王都を離れていても噂で聞いた事はあるだろう? 依頼主はその聖女だ。報酬の残りが欲しくても、お前達平民には、もう顔を見る事も出来ないだろう」
エヴァンの話を聞いて、男は放心状態となってしまった。捕まる危険を冒してまで王都に戻り、なんとかサンドラを見つけ出して、残りの報酬を払わせるつもりでいたのだろう。だがこれでは、ただ捕まりに戻っただけである。
「俺は、その聖女の企みで、お前達が実行したあの襲撃事件の首謀者であるという冤罪をかけられてしまった、ある女性の汚名を雪ぐために、ずっとお前たちを探していた。もう、真実がわかっても聖女を断罪することは不可能かもしれないが、あれをきっかけに、家を追い出される事になってしまった罪の無い彼女が、いつでも帰ってくる事の出来る環境に戻さなければならないのだ」
エヴァン、あなたがどんなに頑張ろうとも、私はもうあの家に戻るつもりは無いのよ。
でも、エレイン・ノリスの汚名を雪いでくれるのは助かるわ。それは即ち、ノリス公爵家の為になるという事。私の至らなさで家族に迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないと思っていたから、私の代わりに、どうぞよろしくお願いします。本来なら、自分ですべき事なのでしょうけど、もうここに居ないはずの私には、手を出す事も出来ないの。
そもそも、あなたがサンドラの虚言に振り回されず、私の味方でいてくれたら……いいえ、終わった事をグチグチ考えるのは止めたはずでしょ。もしもあの時、なんて考えても、時間は元に戻らないのだから。
私は徐々に落ち着きを取り戻し、自力で立つ事が出来るようになった。実はこのやり取りをしている間も、私はシンに補助してもらって何とか立っていたのだけど、それももう必要無さそうだ。
「シン、ありがとう、もう大丈夫、自分で立てるわ」
「ん、そうか」
シンは腕を解いてくれたけれど、エヴァンを警戒してか、私の側にピッタリくっついて離れなかった。
「あの、フィンドレイ様、私達、もう帰らなくてはならないのですが、よろしいでしょうか? 何か話を聞きたいのでしたら、明日にでも宿の方へ足を運んで頂けたら、何でもお答えします。ですから、今日のところは、帰らせてください」
「あ、ああ、そうだな。あなたは被害者だ。家に帰って、ゆっくりするといい。では話は後日。できれば私が送って差し上げたいのだが、この男達の身柄を移さなくてはならないので、今、馬車を用意させます」
私達のために馬車を用意すると申し出たエヴァンは、すぐに近くにいた男性に指示を出そうとしたけれど、シンはその前にその申し出を断ってしまった。
「いや、貴族にそこまでさせるわけにいかない。そっちはそっちで手一杯だろう。行こう、オーナー。暗くなる前に戻らないと、チヨが心配する」
「しかし……」
「彼の言うとおり、フィンドレイ様のお手を煩わせるわけにはいきませんから、どうぞお構いなく。では、これにて失礼致します」
「そうか? では、気をつけてな」
私達はその場に居た全員にぺこりと頭を下げ、立ち去る事にした。
シンは先ほどたくさんの妖精を引き連れてここまで来たようだけれど、戻る道をわかっているのかしら?
「シン、妖精さんたちの案内で、私の居場所がわかったの?」
「そうだよ、ビックリしたぞ。ヤツ等の親玉だった雑貨屋の親父を縛ってから、オーナーを探しに行こうとしたら、いきなり大量の光に包まれたんだ。ついて来いって言ってる気がして、その光に追い立てられるみたいに路地を夢中で走ったら、本当にそこに居た。走ってる間は、お前の事が心配で、生きた心地がしなかった。本当に無事でよかったよ。もうあんなのは懲り懲りだ」
シンはそう言いながら、さり気なく私と手を繋いだ。
でも、どうやら少し躊躇してるようで、握る手に力は入っておらず、ふんわりと手と手が合わさっているだけの、何と言うか、前世で男子とフォークダンスをした時を髣髴とさせる握り方といった感じ。
ほんの少し前まで、しっかり抱き締めていたくせに、手を繋ぐのは照れくさいのかしら?
私の方からキュッと握ると、シンはそれに答えるように、力強く握り返してくれた。
「ふふ……」
「何笑ってんだよ?」
「あら? 私達、今どうやってあの袋小路を抜けたのかしら?」
シンと繋いだ手に気持ちが集中していた私は、何気なく彼に促されるままに歩いていたけれど、気付けばあの袋小路だと思っていた場所からは抜け出して、街道の賑やかさが伝わってくる辺りまで移動できていた。
「袋小路ってなんだ? 行き止まりの所もあったかもしれないが、スムーズにここまで来ただろ? もしかしてお前、一人で逃げようとして、迷ったのか?」
「え……何のこと? シンなら必ず探しに来ると思っていたから、黙ってその場で待っていたわよ」
「クックック、そうかよ。じゃあそういう事にしといてやるか。いいか、今度迷子になったら俺が見つけるまでジッとしていろよ。必ず見つけてやるから」
「はい……」
私は知らなかった。自分がこんなにも方向音痴だっただなんて。
前世では、電車や地下鉄の乗換えで何度も迷った事はあるけれど、でもそれは仕方が無いと思うの。だって複雑過ぎるんだもの。
私が散々迷った路地裏を、シンは経路を知ってるみたいにスイスイ歩いて、あっという間に街道まで出てしまった。
もしまた、さっきの場所にもう一度戻れと言われても、私には絶対に無理だと思った。
そういえば、前世でも似たような事があったっけ。
シンといると、不意に前世で仲の良かった男性を思い出す時がある。
成神 仁。二つ年上で会社の同僚だった人。背の高いスポーツマンで、出会った瞬間に親しみを覚えた不思議な人だった。私は彼を、「仁さん」と呼んでいた。
休日に二人で新しく出来た大型ショッピングモールに出掛けた時の事。
お世話になっている彼へのプレゼントを選ぶ為に一旦解散したのはいいけれど、集合場所に指定されたカフェに辿り着けず、携帯で連絡を取りながら迎えに来てもらったのだ。
それも一度や二度じゃない。
私は出掛ける先々で迷子になっては彼に見つけてもらっていたのである。
その時に言われた言葉が「今度迷子になったら俺が見つけるまでジッとしていろ」だった。
顔は全然違うけど、持っている空気が似ている気がする。
恋愛より趣味優先で誰とも付き合った事のなかった私が、友達から一歩踏み出したいと思った唯一の人。
でも結局、私は気持ちを伝える前に事故で死んだ。
あの時参加する予定だったイベントには仁さんも来る予定だったけれど、彼は待ち合わせ場所に来たんだったかしら?
事故のショックのせいなのか、その部分だけ記憶が曖昧になっている。
「どうした? 何か心配事でもあるのか?」
「え……?」
「さっきから黙って何か考えてるだろ」
「あ……ううん、さっきの場所に一人で戻れって言われてもきっと戻れないだろうなって」
シンは目を瞬き、真顔で呟く。
「どんな心配だよ」
「わかってるわよ、意味の無い心配だって事くらい」
私に前世の記憶があると言ったら、彼はどんな反応をするかしら。ただの空想だと笑われる? それとも面白がって話を聞いてくれるかしら?




