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43・私にしか見えない何か

 宿も食堂も、経営は順調で、私は忙しくはあるけれど、充実した毎日を過ごしている。早いものでここに住み始めてから、半年が過ぎていた。

 連泊中のリアム様は、あれからさらに半年分の宿泊代金を前払い済みで、彼に関してはもう、この宿に住んでいると言っても過言ではない。

 これは、セレブが定住せずにホテル住まいをするような感覚なのだろうか。

 うちではそうするメリットのあるサービスは提供していないのだけど。

 部屋を掃除して、タオルとシーツを取り替えるくらいの事しかしていない。

 今のところ、宿泊客への特典があるとすれば、毎朝簡単な朝食が付く事と、前日のうちに予約があればお弁当を作るという事くらいだろうか。

 


 そして最近、宿に泊まりに来るお客様に、ちょっとした変化が現れ始めていた。


「いやー、知り合いに聞いて来たんだが、この宿に泊まると長年苦しんできた体の痛みが消えるっていうのは本当なんだな。半信半疑だったが、無理してここまで旅をして来た甲斐があったよ。食堂の料理は最高に美味いし、なんと言っても女将が美人だ。腰痛が再発したら、また来るよ」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています」

 

 怪我の後遺症などで痛みが残っていた人が泊まった際、翌日のチェックアウトの時にこんな事を言われる様になった。


「ラナさん、またですよ。先月からこれで何人目ですかね。以前お泊りになったお客様からの紹介で、わざわざ遠くからこの宿に泊まるために王都に来る人も居るんですよ。もしかして、お料理に付与される回復効果が上がったんでしょうか?」


 チヨの言い方だと、何だかまるでゲームみたいね。それって、私の料理スキルがレベルアップしたって事? じゃあ、私が作らなくても効果は出るのだから、私がリーダーで、パーティ全体がリーダーの特性を発動している状態なのかしら。マジックポイントが何パーセントアップとか、攻撃力アップって言うのとは違うけど、きっとそんな感じなんでしょうね。

 

「ふふっ、それはどうなのか分からないけど、お泊りのお客様にしか言われた事がないわよ?」

「ああー、ですよねー。じゃあ何なんですかね……? 部屋に特別な何かがあるわけでも無いんですけど」


 本当に不思議だ。これがタキの言う女神様の力なのだとしたら、どうして私にそんな力があるのかも分からない。


「まあでも、こうして口づてでこの宿の評判が広まるのは喜ばしい事です。ただ、部屋数が少ないのが残念ですね。ラナさんがオーナーになる前は、ほとんどが空室で、私しか居ない時もありましたけど、今はなかなか泊れないレアな宿になっちゃいましたもんね」

「そうね。折角来て頂いても、他の宿に紹介する方が多いものね」

「さっきのお客様なんて、一度来て予約をして、やっと泊れたんですよ? もっと大きな宿屋なら良かったですね」


 それは私も考えていた。この建物の購入を決めた時は、私とチヨで切り盛りするなら丁度いい規模だと思ったけれど、予想以上の人気店となってしまった今は、ちょっと手狭に感じてしまう。

 ここを離れて別の建物を購入するにしても、先立つものがないのでは話にならないわね。この建物なんて、いくらにもならないでしょうし。そもそも買い手が付くとも思えないわ。


 ずっと気になっているのだけど、先ほどから、私の目の前を小さな何かが飛び回っている。


「ねえ、チヨ。さっきから何か虫みたいなものが飛んでない? ぼんやり光る何かが空中を飛び回っているのだけど……」

「そうですか? 何も飛んでませんよ? ラナさん、働きすぎで目が疲れてるのかもしれませんね」

「ううん、そうじゃなくて……」


 チヨには見えていないのね。弱い光だけど、間違いなく何かの生き物だと思われるものが一匹浮遊しているのが見えているのに。 

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