31・豪華な住居と引き換えに
サンドラのお話しです。
「サンドラ様、お食事をお持ちしました。お願いですから、お部屋から出てきて下さい。無断で学園を退学し、あれから何日もお部屋に篭ったままでは……」
「うるさい! あっちへ行って!」
「聖女様……フレドリック殿下が面会を希望されております。この間お会いした時、殿下に対してもう会いたくないと申されたのですか? 殿下はすっかり食欲を無くし、体を壊してしまいました。どうか、殿下に対する発言を撤回して頂けませんか?」
「帰って、アーロン! もうフレドリックには会いたくないのよ! イーヴォ以外は全員下がりなさい!」
神殿の敷地内に建設された、絢爛豪華な聖女専用の住居はついに完成し、サンドラは行き場を無くして仮住まいしていた粗末な部屋から、火事で消失した実家が三つは入りそうな豪邸に居を移していた。
内部は王族の私室と同じかそれ以上かという豪華さで、サンドラの義母が買った高価な敷物の何十倍もの価値のある毛足の長い絨毯が敷き詰められた室内には、一人寝には大きすぎる天蓋付きベッドがポツンと置かれ、部屋の奥には、高価な分厚い一枚ガラスで仕切られた広いバスルームも作りつけられていた。
設備的にこの部屋に不自由があるとするならば、このバスルームくらいだろう。トイレも同じスペースに設置されており、用を足す姿すら監視され、サンドラには隠れる場所が一つも無いのだ。
囚人だって大事な部分が隠れるよう配慮されているというのに、そんな気遣いすらも無い。
この住居を建てる際、彼女のプライバシーを守る事は何一つ考えられておらず、隠れて男性と交わり聖女の力を失わせない為に、居住スペースはワンフロアで見通しが良く、常に監視する事を目的とした設計になっていた。
さらに神殿と同じ白い石で造られたこの建物の一部が三畳分ほど前に突き出ていて、外から来た者達が聖女に直接お願い事をするための、神社の拝殿のようなものが設けられていた。
外から来た者達は、突き出た屋根の下に付けられた小さな鐘を鳴らし、奥に居るサンドラを呼び出して、檻の様な扉の向こうに座る彼女に願いを伝える事が出来る様になっている。
サンドラの人権なんて完全に無視したシステムだ。
この豪華な住居を建てるために、多額の寄付金を出した貴族達は毎日引っ切り無しにその鐘を鳴らし、腰痛を治せだの、歯が痛いから痛みを消せだの、聖女という存在にいったい何を求めているのかという願い事をし続けていた。
サンドラはそのどれも叶えはしなかったが、高く良く響くその鐘の音にはいい加減うんざりしていた。
「聖女様、まだあの盲目の兵士の目を治した後遺症が続いているのですか? 聖女の力が回復しないと言って、もうふた月にもなりますが、あなたの力に期待する者達の不満が日に日に膨らんでおります。そろそろ二回目の奇跡を起こす事は出来ませんか?」
奇跡を起こせ、あれを治せ、これを治せって、みんな馬鹿なんじゃないの?
「私に無礼な事を言った巫女のせいで、折角回復した力が、また無くなってしまったのよ。まだまだ無理。イライラさせないでよ、イーヴォ」
「……あの者は、とても優秀な巫女でした。何が気に入らなかったのですか? 身の回りの世話をさせる為に、巫女の中で一番高位の者をお付けしたのですよ」
「ハァ? 神の声も聞けない巫女が高位ですって? この私に、不穏な黒い影がかかってるって言ったのよ! だから罰が当たったんでしょう? 無意識に力が出てしまったのよ。悪いのはあの女。私のせいじゃないわ。ちょっと綺麗だと思って調子に乗って、いい気味だわ」
私に向って、あなたは何者かと詰め寄ってきた、あの人形みたいに綺麗な女。丁度いいタイミングで病気になってくれて助かったわ。
私を近くで見るなり、不穏な影が全身を覆っているとか訳のわからない事を言い出した時は、目の焦点も合ってなかったし、頭のおかしい女だと思って、ちょっと怖かったけど。
「あなたが……聖女様、ですか? わたくしはイリナ、大神殿に仕える巫女を纏める役を与えられております。このたび、聖女様の身の回りの世話役として、わたくしの他に、ここに並ぶ者達が選ばれました。どうか、なんでもお申し付け下さい」
そこに並んでいたのは、素顔なのにハッとするほど綺麗な女達。聖職者たちは、神殿にこんな綺麗な女達を侍らせていたの? ブスが一人も居ないじゃない。権力を持ったおじさん達は、これだから嫌なのよ。いやらしい。どうせ巫女だなんて言っても、なんの力も持たない普通の女なんでしょ?
「あなた達も、神様の声を聞けるの?」
「いいえ、それが出来るのは極一部の神官のみでございます。私に出来るのは、目の前に居る人の持つ気を見る事。他の者達は、最高神官様の補佐として、祈りを神に伝える手伝いをする乙女達です。声は聞こえなくとも微力ながら霊力は持っているのです」
魔力は聞いた事あるけど、霊力って何? 神様と何か関係あるの? もしかして、神様に貰った力って事? 素顔のままでもこんなに綺麗なくせに、特別な力まで持ってるの? ずるいわ。
「あの……サンドラ様に自覚は無いかと思いますが、全身を覆う様に影が出ています。もしや心が曇っているのでは……」
「はあ?! 聖女に向って何言ってんの? 何が出てるって?」
「このままでは、いけません。心を落ち着かせてください。今御祓い致します。皆は下がって、ここを出た方がいいわ」
言われるままに若い巫女達が出ていくと、イリナという巫女は私に近付いてきて、何が見えているのか分からないけど、私自身を通り越して何かを見てた。
「あなたは本当は何者ですか? おかしいです。祓っても祓っても、内からにじみ出てきてしまう。本当に聖女様なのですか? 気の色が……」
そして私の体に付いた虫でも払うような仕草に腹が立って、やめてと叫んで突き飛ばしたら、泡を吹いてバッタリその場に倒れてしまった。
そのお陰で、私に逆らうと罰が当たるとか、祟られるなんて噂が出てしまったみたいだけど、それも聖女の力だって事にしてしまえば、この先奇跡を起こせなくなっても、その女のせいにしてしまえば大丈夫だわ。穢れた女に触られたせいで力が弱まったとでも言っておけば、私が咎められる事なんて絶対に無い。
ふふん、貴族に利用なんてされるもんか。こっちが利用してやる!
「それより、いい化粧品を持ってきてと何度言えば分かるの? 肌に合わなくて荒れてしまったじゃない」
「化粧品に頼らず、食事をきちんと召し上がれば治ると思いますが……」
私の自慢の美貌が、このひと月の間にどんどん衰えている。
子供の頃はどうして美しい両親に似なかったのかと神様を恨み、醜い姿に産んだ母さんを恨んだ。でも、母さんにはいつも言われていた。今でも十分可愛いけど、女の子は年頃になればみんな綺麗になれるから、あなたもきっと美人になれるって。
母さんの言葉は本当だった。母さんが病気で死んでしまった時は悲しかったけど、段々母さんに似てきて、周りからブスなんて言われなくなったわ。
それに、この5年で母さん以上の美人に成長した。他人を羨んだ事もあったけど、そんな必要全然無かったのよ。あの両親の間に生まれて、ブスになる訳がないもの。
でも、これはどういう事? 気のせいか、何だか少しずつ5年前の自分に戻り始めてるみたいじゃない? 老化が始まる年にはまだまだ早いわ! 食べ過ぎてるわけでも無いのに、くびれが無くなってお尻が弛んで来た気がするし、顔も何だかおかしいの。鼻が低くなってきたように感じるわ。
こんな顔で、フレドリックになんか会えるわけ無いじゃない。あの人は、綺麗な私が好きなんだから、顔もスタイルも崩れてしまったら、どうせ見向きもしなくなるわ。
顔を隠すベールと化粧で誤魔化して、なんとか学園には通っていたけど、もう限界だった。どうせ行っても勉強なんかしないんだし、辞めて清々したわ。
でも今度は、教会からの監視と貴族達のおねだりに、気がおかしくなりそう。
巫女の女の子達が怖がって世話係を辞めてくれて良かったわ。あんな綺麗な顔で側に居られたら、イライラしてしょうがない。
だから男性機能を無くした神官見習いの男の子たちが世話係になったけど、初めからそうして欲しかったわね。
それにしても、この肌のブツブツ。ここに来て、高級な化粧品を使い始めたのが悪かったのかしら。




