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21・仕入れは私の仕事です。

チヨのお話しです。

 昨日、和の国から船が到着したと知らせが入り、私はラナさんに一言断って、港に来ています。

 仕入れは私の仕事です。

 実家からは味噌や醤油の他にも、今は様々な食材を仕入れていて、きちんと注文通りに届いているのか、検品して荷を引き取る為に、毎回出向いている訳です。もしも品質が悪かったり、頼んだよりも多かったりすれば、私は容赦なくその場で返品します。実家の商品でもダメなものはダメ。

 でも今日は特に問題無いみたいです。注文通りに商品が揃っている事を確認し、宿木亭で雇っている荷馬車に積んで、先に宿に向けて出発させました。


 今日はこの後、話題のお菓子を買いに町に行くんです。出かける時にラナさんに買ってきてと頼まれたんですけど、多分、私に息抜きをさせるのが目的なんだろうな、と思います。女の子に人気の可愛い服屋や雑貨店が並ぶ通りに、そのお菓子屋さんはあるらしいです。何か欲しい物があれば、買ってらっしゃい、と言ってお小遣いまで渡されました。

 私は仕事を早く済ませて、今すぐ町に行きたいのに、手代の佐吉に引きとめられています。

 実家の手代が船に乗って来るのはいつもの事だけど、私に何か言いたい事があるみたいです。

 

『チヨお嬢さん、旦那様から手紙を預かって来ました。鳴田屋の政市さんとの縁談は、あちらの都合で無くなりましたから、もう戻って来てはどうですか?』


 手代の佐吉の言葉に、私は首を横に振り、前回と同じ返事をします。私の事は放っておいて欲しいのに。


『初めは政市さんとの縁談が嫌で飛び出したけど、知っての通り、商売は順調だし、今は任された仕事にやりがいを感じてるの。だから私は帰るつもりはありません。両親にもそう伝えてください』


 手代の佐吉は懐から手紙を出し、それを私に手渡すと、頭を下げて船に乗り込みました。


「あ! 忘れてた」


 そういえば、両親と私との間に挟まれた佐吉に申し訳ないと思って、お詫びにおにぎりを持って来たのに、うっかり渡しそびれてしまった。次に来た時は、宿まで食事しに来てもらおう。どんな生活を送っているのか、実際に目で見て報告してもらった方が早いわよね。


 父はこの一年、食材などの仕入れに協力してくれているけど、母の方は女の子の幸せは結婚して子を産むことだと信じていて、私にも自分と同じく苦労の少ない人生を歩ませようとしています。

 知人も居ない外国で、私が一人で苦労してると思っているんです。素敵な仲間と楽しく過ごしていると手紙を書いても、私が意地になっていると勘違いして、どうにも信じられないみたいです。


 縁談相手の政市さんは10歳も年上の遊び人で、跡取りだというのに、花町での女遊びが激しく、家の事は親と弟に任せきりという、ろくでなし。私は絶対に嫌だと言って逃げ回り、父に頼んでうちの船に乗せてもらったのが一年前。

 父もあんな男に嫁がせるのは忍びなかった様で、断りにくい相手だけに、女だてらに大陸へ渡り、商売の勉強をしに行った、という事にして、まだ12歳の私との縁談は保留にしてもらいました。

 それとは関係なく、元々私にはやりたい事があるんです。味噌や醤油の美味しさを、この大陸に広めるのが小さい頃からの夢でした。

 実績を積んで、結果を出せば、母も諦めてくれるんじゃないかと思って、今、頑張っている最中なんです。戻ったところで、別の誰かに嫁がされてしまうだけだろうし。今ここを離れてしまったら、ラナさんを困らせてしまう。

 ラナさんとの出会いで掴んだ好機、こんな奇跡は二度と無いだろうし、有効に使わなければいけないって思ってます。

 初めて出会った時、とっても綺麗な人だと思って見ていれば、おにぎりを口いっぱいに頬張って、ボロボロと涙を流す変な人だった。でも本当は、あの派手な見た目とは違って、凄く親しみの持てる人なんです。知り合ったばかりのこんな子供と商売を始める大胆さには、正直驚いてしまったけど。



 港を離れて、頼まれていたお菓子を買いに店に向かう途中、前方から走って来た少年に体当たりされ、小さな私は弾かれるように壁に激突したのです。


「ひゃぁっ、痛ったー、何、今の?」

 

 その瞬間、大事に抱えていたお金の入った鞄が手から消えている事に気が付いて、咄嗟に大声で叫んでいました。


「泥棒ー!! その男の子、誰か捕まえて! 泥棒です!」


 少年は走りながら振り返り、私に向かって舌を出して見せ、余裕で逃げ去ろうとしましたが、彼の行く手には大きな男の人が立っていました。

 その人が少年の首根っこをガシッと掴んで持ち上げ、難なく私の鞄を取り返してくれたんです。

 暴れる少年の服からは、明らかに本人の物ではないお財布がいくつも落ちて余罪が発覚。

 ひったくりの少年は巡回中の兵士に引き渡され、暴れながらどこかへ連れて行かれてしまいました。気をつけていたつもりだけど、この辺りは宿の周辺と違って少々治安が悪いのかな。

 

「ありがとうございました! 助かりました。あー、良かった。そうだ、何かお礼を……」

「いや、大した事はしてない。それより、怪我をしたんじゃないのか?」


 私の事より、あなたの方が心配です。喧嘩でもしたんでしょうか? 顔が痣だらけで、口の端も切れているし、目も腫れているみたいです。きっと元はカッコいい人だと思うけど、男前が台無しですね。


「大丈夫です。お使いを頼まれているんで、行きますね」

「ああ、気をつけてな。どこまで行くんだ?」

「ジェノス通りの、ポロンってお菓子屋さんまでです」

「お前一人で、そんなところまで行くのか? 母親は一緒じゃないようだが、また引ったくりにでも遭ったら大変だ。俺が連れて行ってやろうか」


 私を小さな子供だと思ってるみたい。やっぱり何かお礼をしたいし、道もそんなに詳しいわけじゃないから、連れて行ってもらおうかな。

 ちょっと厳ついけど悪い人には見えないし、高級そうな服を着て、身形もきちんとしているから、この人はきっと貴族よね。普通に話しちゃってるけど、お高く留まってなくて、ちょっとだけ出会った頃のラナさんみたい。


「いいんですか? じゃあ、買ったお菓子をおすそ分けさせて下さい」

「フッ、別に、そんな気にすることじゃない。俺もそっちに行く用事があるんだ」


 そのお兄さんは、私より30センチ以上背が高くて、とっても逞しいから、騎士様かもしれない。顔は今、ぼこぼこだけど、綺麗に治ったらどんな顔かな。

 

 騎士様の後に付いてお菓子屋さんのある通りまで移動すると、そこは貴族と思われる女の子がたくさん歩いていて、華やかで、とってもいい匂いがした。

 ラナさんが作ってくれたワンピースは、この中に入っても見劣りしない物で、誰も私を変に思わないみたいです。


「ここだな、買い物が済んだら、家まで送ってやろう。それとも、どこかに馬車を待たせているのか?」

「ふふっ、歩いてきたんです。用事があるんですよね? ここまで送ってくれて、ありがとうございました。そうだ、これ」


 他の人に渡そうとした物で悪いと思いつつ、鞄に入っていたおにぎりの包みを差し出した。


「これは?」

「おにぎりです。元気になりますよ。怪我だって治っちゃうかもしれません。って言うのは冗談ですけど、元気になるのは本当です。親切にしてもらったし、何かお返ししないと気がすまない性分で。よかったら貰って下さい」


 騎士様は、包みを受け取って、ニカッと笑ってみせようとしたけど、傷が痛かったみたいです。笑顔を作るのに失敗して、眉を下げて苦笑いしました。

 

「珍しいものをありがとう、気をつけて帰るんだぞ」

「はい、さようなら」


 ラナさんに頼まれたお菓子は、何で色付けしたのか分からない、カラフルなクリームの乗った一口サイズのカップケーキで、店内は甘ーい匂いが充満していました。

 貴族のお嬢様にでも頼まれたのかな、と思われる男性客が、一生懸命選んでいる姿がなんとも微笑ましいです。


 ケーキを買って、近くの雑貨屋さんを覗いた私は、可愛い髪飾りを色違いで購入し、急いで宿に帰りました。髪飾りの一つはラナさんに、もう一つは自分で使うつもりです。


「只今帰りましたー! ラナさん、これ、すっごい色ですけど、美味しいんですか?」

「ふふっ、おかえり、チヨ。早かったのね、もっとゆっくり散策してきても良かったのに」

「あ、それより聞いて下さいよー。実は今日、引ったくりに遭いましてー、凄く素敵な騎士様に助けてもらったんです」


 引ったくりという言葉にラナさんは顔色を変えたけど、近くにいた男性に助けてもらったことや、親切に店まで送ってくれた事などを説明すると、少しホッとしてくれました。それでも心配したラナさんは、次からはシンに同行させると言って聞きません。町に寄らずに、荷馬車で行って帰って来るだけなら、全然大丈夫なのに。

 

 騎士様、おにぎり食べてくれたかな。

 あ……見ず知らずの女の子に貰った食べ物なんて、貴族の人は普通食べないか。

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