18・ルークお兄様からの手紙
届いた荷物は、いつものアルフォードからの定期便だった。シンに頼んで部屋に運んでおいてもらい、仕事が終わってからゆっくり中身を見る事にした。
私が家を出る半年前から、アルフォードのおばあ様からの荷物はノリスのお屋敷にではなく、毎回ここに届けてもらっている。荷物の中身は、主にメイク道具などの消耗品。
しかし今回は、私がリクエストしたアルフォードの布も同梱されていた。なんと最近、向こうでは伸縮性のある布を作れるようになり、私はそれを知るなりすぐにお願いして、おばあ様に送ってもらったのだ。
これでちゃんとしたショーツやらTシャツやら、今まで欲しくても作る事すら出来なかった物が色々と作れる様になる。私はワクワクしながら箱の中身を取り出して、その品質を確かめた。
「ああ、懐かしい。この柔らかさ、久しぶりの手触りだわ。こうなってくると、デニムも欲しいなぁ……」
女の子でもズボンを穿いてよかった前世が酷く懐かしい。私はテーブルに置いていた手紙に手を伸ばし、封を開けた。すると封筒の中には、もう一通別の手紙が入っていた。
「あら、やけに分厚いと思ったら、私宛にアルフォードに届いたルークお兄様の手紙も一緒に送って下さったのね」
私はおばあ様の手紙に目を通した後、ルークの手紙を読み始めた。それは便箋10枚にも渡る、私が去った後の事を書いた、報告書のような手紙だった。
兄は私が国を離れたと思っているので、サンドラに聖女の力が現れた事や、それを祝う祭りが開催された事、その祭りの期間中に、フレドリックとサンドラの恋物語が、実際よりかなり美化された形で今人気の劇団により三日間上演された事など、すでに私の耳に入っている情報を詳しく書いてくれていた。
「ふふ、もう知っているけれど、ありがとう、お兄様」
芝居の内容を詳しく知らせないのは、名前が変えられているとは言え、私が悪者扱いされているからでしょう? でもね、貴族側はどうか知らないけれど、意外と民は冷静にその芝居を観ていたみたいよ。
午前は平民、午後は貴族というように分けたらしいが、その芝居を観てから食事をしに来た客達の話では、開演前、身形のいい女の子数人が何やら周囲にも聞こえる声で気になる話をしていたらしい。近くで聞いていた数人が、身振り手振りを加えてその会話を再現してみせてくれた。
「このお芝居で悪役にされているご令嬢は、実際には何もしていなかったのですってね」
「まあ、本当に?」
「その方と同じ学園に在籍して居た友人にお聞きしたから、本当なのでしょ」
「では、これは作り話なの? 私、これで観るのは二度目なのだけど、素敵な恋物語だと思って観ていたわ」
「浮気話を甘くコーティングして、美談に仕上げただけではない? 多分実際の所は、退場させられたご令嬢に誰かが罪を擦り付けたのよ」
「下手な事は言えませんけど、その誰かって、最終的に思い通りになった人を見ればすぐに分かってしまいますわね」
「お可哀想に、婚約者を取られたあげく、そのご令嬢は立場を無くし、家を出されてしまったとか」
「まあ、それなのに、聖女様は平然として殿下の隣に立ち、幸せそうに民に手を振っているの?」
「何だか釈然としないわね。殿下の元婚約者を悪役に仕立て上げて、民にそう印象付けようとしているとしか思えませんわ」
何となく私は、その会話をしていたのは友人のマリア達ではないかと思ってしまった。もしくは、他校に通う彼女達の友人か。そんなグループが、芝居を観に集まった民衆の中に何組か紛れ込んで居たらしいのだ。
ともかく、そのお陰で芝居の中身を鵜呑みにする人はそれほど居らず、逆にサンドラと王子に不信感を抱かせるきっかけを与えただけとなったようだ。
手紙の最後には、先日エヴァンが彼の父親と一緒にノリス公爵家に謝罪しに来たと書かれていた。
「ええ?! おじい様が激怒? お兄様やお父様ならわかるけれど、嘘でしょ……」
門の前で謝罪させて欲しいと頼み込むエヴァンとおじ様をルークが怒って追い返そうとしていると、外出していたおじい様が帰って来てしまったのだそう。門の前で馬車を降りたおじい様は、エヴァンの顔を見るなり鬼の形相で拳を振り上げ、よくも孫娘に暴力を振るったなと言って、思い切り殴り飛ばしたと書いてある。
エヴァンは無抵抗のまま殴られ続け、ルークは呆然としてそれをただ見ていたらしい。普段のおじい様ならば、そんな状況にあった場合、間違いなく感情を表さず、相手を静かに見据えて冷たく帰れと言うだけだと思う。
「何がどうして……おじい様が私のためにそんな事をするなんて、ありえないわ。しかも素手? 杖ではなくて?」
ルークの手紙には、おじい様が何を考えているのか、まったく理解できないと書かれていて、本当に感情的に手が出てしまったようで、周囲の者達が止めるのも聞かず、自分がフラフラになるまで殴った後、謝罪など受け入れる気は無いと言って、二人を追い返したというのだ。
まるで私を想って激怒したように聞こえるけれど、単純にうちを裏切ったエヴァンに腹が立ったのかしら? お兄様ではないけれど、本当に理解出来ないわ。私を追い出した時も、何だか様子が変だったわね。おじい様に何か心境の変化があって、もしも考え方が変わったのなら、まだ幼いエイミーが私達のような躾けをされずに成長してくれる事を心から願うわ。




