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211・宝を隠した犯人

「封印? なあそれ、俺にも見せてくれ」

「ええ、どうぞ」


 私が場所を譲ると、シンはそこにしゃがんで石碑の観察を始めた。

 木漏れ日がシンの背中を照らす。

 仮にこれが目的の物だったとして、私達はどうしたらいいのだろう。

 学園では身の安全の為、封印と書かれたものには軽はずみに触れてはならないと習った。

 封印魔法には様々なタイプがあり、間違った解呪法による事故の記録が数多く残されているからだ。

 私がウィルにかけられた記憶封じも封印魔法の一つだけれど、それも条件を満たさず無理に解呪すれば精神に影響を及ぼす可能性があった。

 幸いな事に、かけられた魔法が弱かったのか、それとも私の体質のせいか、魔法は数日で解けたが特に後遺症も無く――

 あれ? 本当にそうかしら?

 改めて考えると、あの時の感情の昂ぶり方は異常だった。

 無断で記憶を消されたのは確かに悲しく腹立たしかった。けれど、憤りで力の暴走を引き起こすほどだろうか? 

 幼さゆえ感情の抑えがきかなったのだとしても、それ以前にも手の付けられない癇癪を起した事は何度もあったし、赤ん坊の頃には火が付いたように泣いて皆を困らせたという話も聞いた。

 それでも家の誰もが私を恐れておらず、能力についての説明が一切無いのだから、力の暴走に近い現象は一度も無かったという事。

 もし一度でもあれば、私は小さい頃に感情をコントロールする訓練を受けているはずだ。

 あの暴走が、条件外で魔法が解けてしまった影響によるものだとすれば、なんだか腑に落ちる。

 ぼんやりと森を眺めながらそんな事を考えていると、視界の端でシンが動いた。

 反射的に目を向けると、彼は落ちていた小枝で溝の苔を掻き出そうとしていた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 驚いてシンの肩を掴むと、シンは手を止めて私を見上げた。


「ねえ、封印と書かれているし、下手に触らない方がいいのではない?」


 シンは石碑に視線を向けて一瞬考えた後、私に視線を戻した。


「とりあえず、書かれている内容を見ない事には何も始まらないぞ? いいのか?」

「そうだけど……これが単に目印としての役割だけなら問題ないわ。でももし魔法で封印されていたら? 過去の事例では、間違った解呪方法で魔法の障壁が現れて数十メートル弾き飛ばされた人もいるって話だし……」

「ああ、そういう心配か。大丈夫だ、この石からは魔力を感じない。それにライラなら誰かに頼んでまで他人を攻撃するような魔法を仕掛けないさ」


 シンはそう答えて石碑の掃除を始めた。

 言われてみると宝物を隠したのはライラ本人だろうし、危険は無さそうだ。

 あ、でも全文を読めと言われたらどうしよう。

 古書がスラスラ読めるレベルになるにはあと一年学ぶ必要があったのだけど、学園を中退させられた私は古代語の知識が初級程度しかない。

 文字、文法、簡単な単語。

 だからもし文字が露わになれば読めると期待されているならば、非常に困る。

 しかし無情にも着々と石碑は綺麗になっていく。

 私は焦りつつ、知っている単語がそこにないか確認した。

 おそらくは「封印解くべからず」のような言葉が刻まれているのだろうけど、前後の歯抜けになった部分にどの文字が入るかで意味がガラリと変わってしまう。

 これはかなりの難題だ。


 数分後、シンが最後の仕上げに魔法で石の表面を綺麗に洗い流すと、文字の全貌が明らかになった。

 幸いにもそれほど長い文章ではなかった。

 これを紙に模写して古代語がわかる誰かに解読してもらう? でも誰に? 

 私が思い悩んでいると、隣のシンから不満そうな声が聞こえてきた。


「あーあ……こいつは予想より状態が悪いな。コウフク……サマタゲ……シ……、アン……ト」

「シン、古代語がわかるの?」

「ん? ああ、前世で魔法を習う時に覚えたからな。古代文字なんて普段見る事が無いから忘れてると思ったけど、案外覚えてるもんだな」

「あ! 前世の記憶ね!」

 

 そうだ、私が習ってもいない和国語の読み書きができるのも、日本人だった頃の記憶があるおかげ。

 シンも前世を思い出したから、魔法に関する知識があって当然だ。

 

「あー良かった。これを紙に書き写して誰かに解読を頼まなきゃいけないかと心配していたの」

「――?」


 私の言葉にシンは首を傾げた。

 「古代語で封印と書かれている」と言ったのは私だ。当然、読めると思ったのだろう。


「古代語は初級までしか学べてないの。ねえ、何て書いてあるかわかりそう?」

「……ところどころ文字の彫りが浅くて正確にはわからないが、一つ断言できる事がある」

「何?」

「この下にライラの宝物が埋められてる」

「本当!? なぜわかったの?」

「埋めた奴の名が記されてた」

「ライラ?」

「いいや、アントン・レイガー……」


 聞いた事のない名前なのに、言いようのない嫌悪感がこみ上げ、全身に鳥肌が立った。


「誰?」

「ライラの……夫だった男だ」


 シンは石碑に掘られた下段の文字列を睨みつけ、憎々し気に言った。


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